2004年 3月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです  

わたしの勝手なものさしで好い人悪い人をつくっている
 
   おおよそ三尺三寸。とはどのくらいの長さか今どきの子供たちにはわからないだろうな。かくいう私も学校で習った長さや重さの単位は尺貫法ではなく、メー トルにキログラムであります。ちなみに私は、六尺一寸・十九貫です。もともと一メートルという長さは、地球の子午線の四〇〇〇万分の一と規定され、それに 基づいてつくられたメートル原器による長さの単位なのだそうであります。一メートルは世界中どこもおなじ長さになるのであります。もし世界共通の度量衡 (長さ、容積、重さ)がなかったならば正確に比べることができないのであります。私がアメリカに行って「体重は何キロですか」とたずねられ「十九貫です」 と答えても理解してもらえません。おなじ単位を使って比較しなければ共通の認識はできないのであります。だれかがあなたの背丈について「あなたは背が高い ですね」とたずねました。さてあなたはどう思い何を感じますか。背が高い人は「ハイそうですね」とでも答えられるのではないでしょうか。反対に背の低い人 は「イイエ違います」とでも答えられるのでありましょう。では、いま身長の高い低いの判断基準(ものさし)をあなたは何にして考えましたか。自分の頭の中 に身長の高い低いを決める判断基準(ものさし)が確実にあるはずです。また、その基準も何と比較するかによってもさまざまに変わるものでありましょう。 ジャイアント馬場と比べるのか、幼稚園児と比べるのか私のものさしは私の都合でのびたりちぢんだりするものなのであります。いまは高さの判断基準(ものさ し)の話をしましたが、私のまわりにいる人々への判断基準(ものさし)はもっともっと私の都合が見事に反映されているのであります。この判断基準(ものさ し)は対する人によってかわるものです。わがままを許せる人に対してはいい人悪い人のものさしは目盛りの間隔が大きく、普段からあまり好きではない人には その目盛りは間隔がせまくなり少しいい人だなと思い始めてもちょっとしたことですぐに気に入らない悪い人になってしまうのです。同じ人に対してでも私のそ の時々の都合でいかようにでも変わるのであります。お恥ずかしいことですが、わたしのものさしはパンツのゴムのようにその時々の都合で目盛りが伸び縮みし てきちんと定まった測り方ができないお粗末なものしか持ち合わせてないにもかかわらず、自分の都合最優先主義者であることを認めないから困るんですね。絶 対に認めたくないんです。なんまんだぶ