2003年
10月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです
最近の小学生は見ていてかわいそうに思えるぐらい忙しそうだ。それは友達と遊ぶことが忙しくて大変なのではないのであります。あっちの習い事、こっちの習い事、スポーツ少年団にそろばん塾、小学校も高学年になると進学塾に通ってしっかり勉強しなければならないとか、とにかく忙しいようであります。(うちの子はそんなにまでは忙しくないにしても、そこそこ疲れた顔をしていることもありますが・・・)元気に外で遊んでばかりいてはいてはいけないような雰囲気になってきている今日この頃ようであります。子供には申訳ないけれども私はいい時代に生まれたのかもしれない、いやきっとそうだと思ってしまいます。学校以外の場所で勉強などした覚えはこれっぽっちもないのであります。(自慢にはなりませんが)毎日遊んでいました。今日はどこで遊ぼうか、明日は何をして遊ぼうか。友達の家にもよく遊びに行ったものです。今月のカレンダーの言葉をよんだ時ふと思い出したことがある。『○○ちゃんの家にいったらちゃんと挨拶するんよ、迷惑かけるんじゃけんね。』と言われていたような記憶がある。はなからおまえは迷惑ばかりかけているのだからちゃんとお礼を言えるようになりなさいということなのであります。今日の世間一般的な送りだし方ではこんな風になるんではないだろうか。『ちゃんとご挨拶してね、迷惑かけるんじゃありませんよ』なんて言って送りだすんではないでしょうか。『迷惑かけるんだからちゃんとお礼を言いなさいよ』と『ちゃんとご挨拶してね、迷惑かけるんじゃないよ』とでは、一見同じようなことを言っているようでありながら全く反対の意味合いを持っているのであります。「迷惑かけるんじゃないよ」とは、迷惑をかけなくても過ごすことが出来るという意識の上にたって物事を考えているのであります。その反対に「迷惑かけているんだからね」のことばの中には、いつもいつも迷惑かけどうしの私です。人はみんなお互いに支え合いながら、助け合いながら生きているんだという現実を直視したうえに出てくる言葉であります。自分を支えてくれる誰かのために、そして直接ふれあうことはなくても見えないところでつながり支えてくれている人、影となってくれている人の存在に目を向け感謝をしましょうということを言わんとしているのであります。、そこには『おかげさまです』という言葉が自然におのずと出てくるのでありましょう。しかし、【「迷惑かけるんじゃないよ」の「おかげさま」】は迷惑かけずに生きていけない私でございますという自覚が無い点において社交辞令の「おかげさま」になってしまいます。私の口をついて出る『おかげさま』はどっちかなぁ? なんまんだぶ