2002年9月のことば

直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです 

 

 

お浄土は憎んだ人とも一緒に会える世界
   どうにもならない状況で、あえぎ苦しむときに「四苦八苦する」という言葉を使ったりしませんか。「四苦」というのは、みなさん良くご存知のお釈迦様が出家をされる大きなきっかけとなった『四門出遊』のお話しでお聴きになったことがあろうかと思います。そうです私たち人間の抱える根源の苦しみであります。【生】・【老】・【病】・【死】の四つの苦しみのことであります。その【生】・【老】・【病】・【死】の四つの苦しみと、生きているが故にわたくしのつくりだす四つの苦しみとを合わせて八苦といい、『四苦八苦』という言葉が出来上がっているのであります。八苦の中に『愛別離苦』その対照的な苦『怨憎会苦』という苦しみがあります。

 この世を生きて行く中には愛しい人と別れる哀しみには幾度となく出逢います。そして、生きて行く中には、合いたくなくても合わなければならない、顔を見るのも嫌だと思っていても怨み憎しみを抱いて会わなければならない苦しみ、生きていかなければならない苦しみ、それがお浄土へ参ったなら、会いたくなかった人とも怨み憎しみ苦しむこともなく、会うことができるのであります。それは迷いの存在の私が、真実の仏になっている世界だからであります。

 真実の仏様になるということは、この世では日々の暮らしにあえぎ苦しむ迷いの存在であった私が、真実に目覚め物事を明らかに見て受け入れることができる存在になることであります。

 迷いを離れた世界、真実の世界、怨み憎しみを離れた世界、悟りの世界のお浄土に生まれさせていただき仏となり、迷いの世界に還っては、苦しみの世界で迷っている者に向かい迷いとは、苦しみの原因とはこうなんだよ。気付いてくれよ、目覚めてくれよと、おはたらきくださるのであります。

 お浄土は、憎んだ人とも一緒に会える世界だと言われても、御免こうむりたいと思うところに離れがたい『怨憎会苦』に苦しむ私が明らかにされてくるのであります。

 私、毎日『四苦八苦』しています。 称 名