「左利きの有名人リスト」などという、割と大きいコンテンツを作っている関係上、もしかするとあまり一般的じゃないかもしれない自分の左利き観を、リストを見に来た大勢の人に見せるのはどうか?ということで、こんなところに控えめに書いておきます。
左利きページへのリンクには、「した方がいい」派と「しない方がいい」派を両方とも載せているんですが、やはり矯正はしない方がいいと思います。
「した方がいい」派のHPには、「結局両利きになるので」とか書いてあるんですが、それなら「右手も使える左利き」でも別に構わないと思います。
これは最近主流なので、反論のある人は少ないかもしれません。
「矯正という言葉は左利きにとって差別用語」という反応を掲示板にいただきました。確かにそれはそうなんですが(左を右にすることが「正しく直す」ことであるはずがない)、僕個人としては、「現在一般に矯正と言われているところの行為」という意味で使っています。
矯正を「強制」などという言葉で言い換えている人もいますが、僕は言い換えなくても思っていることは同じです。左利きが抱えている不便な環境とか、改善されてほしいものは山ほどあるので、その中では「矯正という言葉への嫌悪感」の占める割合は、それほど多くありません。けっして言葉に鈍感なわけではないです。むしろ、「言葉を言い換えたくらいで満足しないぞ」という、ちょっと挑戦的なニュアンスで読んでもらえたらと思います。
現在の利き手矯正に関する一般的な見解については、「左利きの矯正について」のページをご覧ください。
たまに、何もかもほとんど左手でやる人がいて、「左利き度100%の純粋な左利きです」とか言ったりしますが、それでは右利き用の社会で不便だし、これから左利きにとって使いやすい道具を増やすように働きかけるにしても、今は右手も使っていく方向で順応(妥協)していくのが現実的だと思います。
最近、左手を使える右利きの人も増えてきている気がします。昔は腕時計を右手にしているのはほとんど左利きでしたが、今ではそんなことは言えなくなっています。左弾きの右利きミュージシャンも大勢いるみたいです。いつまでも左手オンリーにこだわるよりも、右手も使えた方が便利だと思います。ある程度右手も使いこなせるように頑張ってみるべきだと思うんですが、どうでしょうか。
なお、僕は「利き手を選ばない道具は左手(または好きな方の手)で使い、右手で使うことを求められているような道具は右で扱う」程度に右手が使えれば、「両利き」と呼ぶことにしています。人によっては「ひとつの道具を、左右どちらの手でも同じように扱えること」的なニュアンスで使っていますが、そこまでは求めていないし、その必要もないんじゃないかと思っています。
以前、ある雑誌で「弱者救済グッズ」の特集があって、それに左利き用グッズが入っていたことは「おまけ」のページにも書いてありますが、個人的には左利きを弱者ともマイノリティとも特別とも思っていないし、左利き独特の性格とか、左利き独特の才能とか、そんなものをつきつめて考える気も、あまりありません。
要は普通に左手を使っていたいわけで、「ただ左手を使いたいだけなのにそれを制限される」「矯正される」という動きには反対しますが、ほかのことにはそれほど力を入れるつもりはありません。(でも興味はあるので、そっち系のホームページを立ち上げている方には頑張ってほしいです。)
「有名人リスト」も、こんなに山ほど左利きがいて、なんだ左利きって普通のことだったんだ、と思ってもらいたくて作っているんですが、どうでしょうか。
「左利きの有名人リスト」に載っているタレントさん全てを応援しているわけではないし、左利きの人だけを評価しているわけでもありません。自己紹介ページに書いてある、好きな役者さんも、ほとんど右利きだったりします。(左利きの人を避けているわけではなくて、確率的なものだと思います。)左利きの人にも「右利きの人と同じように」頑張ってほしいとは思いますが、タレントさんや普通の人を応援するときに、利き手で評価することはあまりありません。
もちろん心のどこかに「ひいき目で見たい」「左利きを誇りに思いたい」という気持ちがあることも確かなんですが、「左利きが右利きと同じに、普通に扱われるようになってほしい」という願いがあるので、「ちょっとやせ我慢的に、意識して利き手で人を判断しないようにしている」というニュアンスかもしれません。
左手を使うことは呼吸するのと同じでまったく日常的なことなので、「息をするのはカッコいいか」「歩くのはカッコいいか」と聞かれるのと同様に答えには困ってしまいます。特に右利きの人が安易に「左利きってカッコいい」と言ったりすると、かえって左利きに対する認識が足りないんじゃないか?と思ってしまいます。
例えば日本人が「黒人ってカッコいい」と言うときは、「スポーツ万能そうな」「音楽が得意そうな」「ノリが良さそうな」「明るそうな」イメージで漠然と言っていることが多くて、黒人ファッションや黒人音楽が好きな日本人には、今まで黒人が抱えてきた長くて重い差別の歴史を全然知らない人も多いはずです。
左利きのことをカッコいいという右利きの人の中にも、「ちょっと人と違う雰囲気がいい」くらいの軽い考えで「カッコいい」と言っている人がいるはずで、左利きの人が道具で苦労していることとかを知らない人も、きっと多いはずです(かなり強烈な差別も、昔はあったそうです)。差別の歴史を背負わなくてもいい「ファッション黒人」と同様に、ちょっと左手を使ってみて、不便だったら利き手の右手を使えばいい「ファッション・サウスポー」も、本当はあまり感心できたものじゃないと思うんですが、左手で右利き用の道具を使ってみたときの、その使いにくさが一生続く左利きのことを、少しでも考えるきっかけになるかもしれないし、それほど目くじらを立てないことにしています。
まあ、一日に何万回も呼吸することを「大変だ」と思う人がいないように、そんなに四六時中、「左利きって大変だ」と思いながら左手を使って生きているわけではありません。
このサイトに書いてあることも、そんな四六時中このことばかり考えているわけでもないのです。