ここでは、自動車に関する豆知識みたいな事を紹介していきたいと思います。

昔の自動車レース


1894年 史上初の自動車レース『パリ〜ルーアン126km』
1位のド・ディオンのスチーマはボイラーマンが必要なため自動車としての操作が容易でない理由からグランプリを貰えなかった。2位のプジョーと3位のパナールのガソリン車がグランプリを分け合った。

1895年 『パリ〜ボルドー1200km』
ベルサイユを21台参加でスタート。内訳はガソリン車11台、スチーマ(蒸気自動車)6台、電気自動車1台、モーターサイクル3台でした。そのうち、9台完走。1〜8位はガソリン車、9位スチーマ。優勝は48時間、平均速度24km/hで走行したパナール・ルバソール車。ドライバーはエミール・ルバソール52歳。
これは初のFR車(フロントエンジン・リヤドライブ)で運転席が低くでき、安定してコーナーを旋回できた。他の車はエンジンの上にキャビンがあるミッドシップタイプでした。

1896年 『パリ〜マルセイユ』
パナール・ルバソール車は犬に衝突して転覆。この時の怪我がもとでエミール・ルバソールは後、死亡。

1902年 『パリ〜ウィーン』
速度性能は向上したがブレーキ、フレームはお粗末なままだった。64km/hで走行中分解。ヒモとテーブルの足で修理して続行する車もあった。

1903年 『パリ〜マドリード』 (死のレース)
216台参加し、見物人は300万人で沿道を埋めた。怪我、死亡者が続出し、ボルドーで中止。ルノー3兄弟の1人、マルセル・ルノーは129km/hで走行中、先行車のほこりでコーナーが見えず、クラッシュして死亡。

1907年 『北京〜パリ 16000km』
仏新聞社ル・マタン主催で5台参加し、4台がパリにゴールした。
優勝はイターラ(伊)4気筒、7433ccのエンジン。44日でゴール。2位は64日。

1908年 『ニューヨーク〜パリ 20000マイルレース』
ル・マタンとニューヨーク・タイムズが共催。
アメリカから凍結したベーリング海峡、シベリヤを越えてパリへゴール。
7台参加したが、プロトス号(独)とトーマスフライヤー号(米)がデッドヒートを演じトーマスフライヤー号が優勝。ハーラー自動車博物館に現存している。プロトス号は同種のものが大正2年に佐渡に身売りされ、乗り合い自動車となった。