平成8年度厚生省厚生科学研究費
精神疾患治療の現状と治療指針の作成に関する研究
分担研究者:大塚 俊男
表題:
広場恐怖を含む恐慌性障害と強迫性障害,恐怖症性障害の
治療指針
報告者: 原井宏明
要旨
広場恐怖を含む恐慌性障害と強迫性障害,恐怖症性障害の治療について最近の展望文献を収集した。これらの精神障害に対する,薬物療法と行動・認知療法について信頼できる経験的データがあり,効果については異論がないこと,また,推奨すべき治療について既にいくつかのガイドラインが公表されていること,ことがわかった。現在,治療方法の開発研究は高原状態にあり,今後の研究課題は,非典型例や他の精神障害を合併した例,社会恐怖と特定の恐怖症などの治療にあることが示唆されていた。我が国の場合,適切な治療を施行できる施設を作ることと,こうした施設に患者が受診できるようにすることが課題であると考えられた。
最後に,具体的な治療の進め方について,収集した文献や行動療法学会のワークショップの資料,報告者が経験した症例を基にしてまとめた。
はじめに
恐慌性障害と強迫性障害,恐怖症性障害の研究と治療の進歩は1980年以降の精神医学の変化を代表している。恐慌性障害はDSMIIIから生まれた。強迫性障害は難治性から治療可能な精神障害に変わり,セロトニン仮説の基になった。
文献欄で示すように治療法についての多数のレビューが80年代末から発表されている。現在は,治療法の開発研究については高原状態にあり,主な治療法については評価が定まっている。米国では,治療法のコンセンサスレポートがまとめられ,適切な治療を患者が受けるようにするために治療法を広めることが課題になっている。
この報告は,表題の精神障害について推奨すべき治療法を展望文献やコンセンサスレポートからまとめることを目的とした。文献を収集し,治療法の評価をまとめ,推奨される治療を行う際の問題点をのべ,実際に行う際の手引きを示した。
方法
展望文献の収集
収集は96年12月に次のような方法で行った。英語文献についてはオンライン上のEMBASEとPsycINFOを用いた。日本語文献についてはオンライン上のJMEDICINEを検索した。検索条件として,anxiety disorder or panic disorder or obsessive compulsive disorder or phobic disorderかつreviewかつ,treatment or therapy,を書誌情報・抄録に含み,かつ5年以内とした。手作業による収集は,収集された文献の参考文献欄と米国National Institute of Healthのインターネット上のホームページ,報告者が過去10年間に個人的に収集した文献・資料から検索した。
検索・収集された文献のタイトル,出典,抄録を検討した。これらの中で,1)内容が報告の目的に合致する,2)全文が入手可能,3)特定の立場に偏らない,4)著者が同じ場合は最新のもの,の条件を満たすものを選択した。メタアナリシスを行った文献を意図的に収集した。
特定のテーマについての文献検索は96年12月版Current Opinion in Psychiatry CD-ROM版に付属するMEDLINE(1992〜1996)を使用した。
収集した文献は精神障害別・種類別に参考文献欄にまとめた。パニック障害・強迫性障害についての多様な文献が80年代末から多数出ていた。パニック障害についてはNIH( National Institute of Health, 米国保健研究所)がConsensus Statementの形で治療のガイドラインを定めていた(NIH 1991)。強迫性障害についてはJournal of Clinical Psychiatry誌が治療ガイドラインを出版していた(March 1997)。社会恐怖についての文献は他の精神障害より数少ないが,過去2,3年間に研究の数が増加している。特定の恐怖症のみをあつかった展望文献はなかった。日本語では,社会恐怖・特定の恐怖症の治療についてまとまった展望文献はなかった。
診断と表記,治療法の範囲
現在,使われている診断分類はDSMIV(American Psychiatric Association 1994)とICD10(WHO 1992)である。この報告で扱う精神障害に関連するDSMとICDの違いは1)強迫性障害をDSMは不安障害の一つとしているのに対し,ICDは独立させている,2)広場恐怖をDSMはパニック障害の下位診断に置いているのに対し,ICDでは恐怖症性障害の一つとして独立している,である。個々の精神障害についての診断基準の差は小さく,どちらを用いても診断は一致すると思われること,収集した文献のほとんどはDSMに従っていたことから,この報告ではDSMIVに従った。
行動療法と認知行動療法,認知療法の分類は文献により異なっていた。一般にexposureやresponse preventionが主に用いられた場合を行動療法,認知再構成やBreathing retrainingのように特定の認知理論に従った治療である場合を認知行動療法と呼んでいた。その他の場合,呼称はまちまちであった。これらが組み合わされて一つの治療パッケージを構成している場合もあった。実際に臨床で使う場合にはこれらの方法が単独で用いられることはない。この報告では,exposureが主体の場合は行動療法,その他の場合は行動・認知療法として表記した。
行動・認知療法の用語は日本語では定訳がないものが多い。この報告では定訳のないものは英語のままで表記した。
治療の評価については,現在,日本では認可されていない薬剤や施行が困難な治療方法も含めた。治療の実際では認可されている薬剤と施行が可能なものに限った。
展望文献のまとめ
評価の対象になった治療方法
不安障害全体について展望した文献(Fineberg 1995)が推奨する治療を表1にまとめた。
収集した展望文献は,無作為割付臨床試験(以下RCT)や症例対照研究,オープンスタディ,症例報告のシリーズをまとめて治療方法を評価していた。こうした治療成績の報告があるのは,薬物療法と行動・認知療法,精神外科であった。薬物療法では三環系抗うつ薬とMAO阻害剤,ベンゾジアゼピン系薬物(以下BZ系薬物),選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor,以下SSRI),βブロッカーが取り上げられていた。BZ系薬物はアルプラゾラム,クロナゼパムなどの高力価のものが評価されていた。
行動・認知療法の中ではexposureがもっともよく検討されていた。ほとんどの場合,段階的なin vivo exposureであった。広場恐怖や社会恐怖,特定の恐怖症に対して推奨されていた。強迫性障害に対してはresponse preventionと組み合わされていた。パニック障害におけるパニック発作抑制と社会恐怖における恐怖と認知の修正を認知行動療法で行うことを勧める文献があった。行動・認知療法を行いやすくするために,集団療法や入院治療について検討した文献があった。
行動・認知療法以外の精神療法については収集した展望文献のすべてが実証的な報告がないとしていた。内省志向的な精神療法に対しては多くの文献が弊害を指摘していた。英語文献では森田療法について触れたものは無かった。非特異的な精神療法については,実証はないものの,患者を励まし,精神障害による生活の困難を乗り越えられるようにするために必要だとしていた。
他の治療に反応しない強迫性障害に対する帯状回切裁術の効果を多くの文献が認めていた。
薬物と行動・認知療法の併用
ほとんどの展望文献が有効な薬物と行動・認知療法を併用することによって効果が高められるとしていた。
行動療法とBZ系薬物の併用についてWardle (1990)が展望をまとめていた。パニック発作に対する行動療法の臨床試験では,BZ系薬物とexposureを併用するとexposureの効果が減弱するという報告と変わらないとする報告とがあり,評価は定まっていなかった。
各精神疾患に対する治療
恐慌性障害・広場恐怖
展望文献のまとめ
急性期の治療について,1)アルプラゾラムやクロナゼパム,ロラゼパムなどの高力価のベンゾジアゼピン系薬物(以下BZ系薬物)または三環系抗うつ薬の投与により,パニック発作の抑制を図る,2)パニック発作に対する認知の変容を図った行動・認知療法を行う,3)広場恐怖に対してexposureを主とした行動・認知療法を行う,でまとまっていた。また,パニック障害は再燃・寛解の繰り返しや残遺症状を伴う慢性疾患であり,長期の観察を要することが共通して述べられていた。NIHが推奨する治療法を表2に示した(NIH 1991)。
薬物療法
薬物の効果はKlein(1964)による報告以来,パニック発作の抑制であるとされていた。Marksら(1993)による批判はあるが,展望文献のほとんどが薬物の効果を支持している。しかし,プラセボ群でもパニック発作の抑制率がかなり高いことがわかったこと,評価方法が洗練されてきたことなどから薬物に対する評価が変わりつつある。発作の抑制については実薬とプラセボとの間に差がないが,恐怖・回避症状やパニック発作に対する予期不安に対してはプラセボに優る効果があるとする報告がある(Shear 1995, de Beurs 1995)。従来のパニック障害の臨床治験で用いられた症状評価はパニック発作の頻度に偏り,不十分であることを指摘し,望ましいアセスメント法を列挙したコンセンサスレポートが発表されていた(Shear 1994)。今後の臨床治験はこれに従うことが期待される。薬物に対する評価が変化すると思われる。
BZ系薬物については物質使用障害の問題から,長期投与の使用の是非について議論がある。一方,ほとんどの患者は常用量依存のまま経過し,他の問題が生じないことから,BZ系薬物の使用を擁護する意見もあった(Taylor 1989)。
イミプラミンの投与量についてはMavissakalian (1995)が投与量を操作したRCTの結果から,中間的な量(体重1kgあたり2.25mg,血中濃度110〜140ng/ml)を推奨している。
行動・認知療法
広場恐怖に対するin vivo exposureの効果が共通して認められていた。パニック発作の抑制に対しては認知再構成やBreathing retraining,Relaxation,Interoceptive exposureなどの試みがあり,効果を認めている文献があった。これらの技法をパッケージにした治療としてBarlow(1989)によるPanic Control Treatmentが報告されていた。
治療法の選択
治療法間の比較を行ったメタアナリシスは Wilkinsonら(1991)とBoyer(1995)による文献があった。どちらも薬物間の比較を行っていた。前者はBZ系薬物と抗うつ薬を比較し,抗不安効果の点で差がなかったとした。後者はイミプラミン・アルプラゾラムとSSRIを比較し,パニック発作の抑制の点でSSRIがイミプラミン・アルプラゾラムより勝っているとした。実際に使用する際については,多くの文献が,BZ系薬物の方が効果が早く発現し,不快な副作用がないことから初期治療にはBZ系薬物を推奨していた。全ての展望文献が薬物と行動・認知療法の併用を推奨していた。
薬物療法と行動・認知療法を比較したメタアナリシス文献は無かったが,de Beurs(1995)がSSRIと認知療法,exposureを組み合わせて比較していた。96人の広場恐怖のある患者を1)フルボキサミンとexposure,2)プラセボとexposure,3)心理パニックマネージメント(過呼吸誘発,呼吸訓練などを組み合わせた認知療法のパッケージ)とexposure,4)exposureのみ,の4群に割り当て,広場恐怖と抑うつ,心気症状,回避行動について評価した。その結果,1)フルボキサミンとexposureの組み合わせがどの評価項目でも優り,広場恐怖については治療前後の改善度が他の治療の2倍になった,2)他の3治療は互いに差がなかった,すなわちexposureに他のものを組み合わせても結果は変わらなかった,と報告していた。
維持療法
薬物療法中断後の再発率,再発の時期は報告によって差がある。2,3ヶ月以内に20〜90%の患者が再発するとされる。寛解したあとも維持療法を続けることについて展望文献は一致していた。寛解維持の方法についてBurrows ら(1993), Pollackら(1994)が展望していた。維持療法で用いる薬物についてこれらの文献はBZ系薬物から三環系抗うつ薬へ変更することを推奨していた。イミプラミンの場合の投与量についてMavissakalianら(1992)は急性期の投与量の半分で維持してパニック発作を抑制できたと報告している。薬物を中断する際の問題についてBallenger (1992)が展望していた。
治療反応性
治療反応性について,Bacsoglu (1994)は,6ヶ月後の予後不良の予測因子として,1)高齢,2)過去にうつ病エピソードの既往がある,3)重症広場恐怖,4)長い罹病期間,をあげている。
未解決の問題点
治療について議論があるのは,1)薬物維持療法をいつまで・どのくらいの量で続ければ良いか,2)薬物療法と心理社会的治療との相互作用,3)合併する精神障害の扱い,4)診断基準を満たさない軽度の症状の扱い,5)治療反応性の予測因子,である(Ballenger 1993)。
強迫性障害
展望文献のまとめ
強迫性障害についての英語の展望文献は数多かった。医師への啓蒙を目的とした解説も多く,一般人向けの書籍もあった。メタアナリシスの文献が5本あった。総括的な治療ガイドラインがまとめられていた(March 1997)。パニック障害と異なり,強迫症状は昔から良く知られ,信頼できる評価尺度もいくつかあるため,評価が容易であるためだと考えられる。主な文献が推奨する治療法を表3に示す。治療ガイドラインのまとめを表4に示す。
これらの展望文献などは,1)クロミプラミンなどのセロトニン作動性の抗うつ薬が有効,2)薬物の中止後に再発する,3)行動・認知療法の技法の一つであるexposure & response prevention(以下E&RP)が有効で長期にわたって効果が持続する,4)薬物療法とE&RPの併用が最も有効であり,患者の社会適応が顕著に改善される,5)どの治療を試みても反応しない患者に対しては帯状回切裁術を試みる価値がある,でまとまっていた。
日本語文献は報告者の臨床経験・立場に束縛された報告が多かった。日本においても1983年からexposure & response preventionによる強迫性障害治療の症例報告(林田1983,1987, 浜副1985, 1987, 大森1991)があるにも関わらず,ここで収集した日本語の展望文献では取り上げられていなかった。
薬物療法
薬物に反応する患者は50〜70%である(Dolberg 1996)。反応しない患者に対してクロミプラミンなどに他の薬物(抗精神病薬や炭酸リチウム,buspirone,fenfluramine)を追加する試みが行われている。結果は様々であり,評価の定まった付加薬物はなかった。
行動・認知療法
強迫性障害に対して試みられている技法として,thought stopping,exposureのみ,image exposure,認知再構成などがある。RCTで効果がはっきりしているのはexposure and response prevention (以下E&RP)である。
治療法の選択
過去に報告されたクロミプラミンとSSRI(fluoxetine, fluvoxamine, sertraline)のRCTに対するメタアナリシスが2報あった(Greist 1995, Piccinelli 1995)。二つの結論は1)クロミプラミンとSSRI三種類はプラセボより有意に勝っている,2)クロミプラミンはSSRI三種類より効果が高い,3)Effect sizeはクロミプラミンが約1.4,SSRIが0.69〜0.35である,の点で一致していた。GreistはClinical global impressionが著明改善・かなり改善であった割合は,クロミプラミンが約60%であり,SSRI三種類は約40%であるとしていた。ドロップアウト率は,うつ病でのそれとは反対に,クロミプラミンがもっとも低かった。他にオープン試験を含めた同様なメタアナリシスがあった(Stein 1995)。クロミプラミンの優位性をいずれも指摘していた。
薬物とE&RPの効果を比較したメタアナリシスが2報あった(Christensen 1987, van Balkom 1995)。前者では差が無いとしていた。後者ではE&RPが薬物療法より効果が勝っていた。E&RPは患者自身の努力が必要なこと,強迫観念のみの患者や優格観念の患者では治療成績が悪いことから,こうした患者には薬物療法の併用が進められていた(Abel 1993)。治療予後を不良にする因子のない,定型的な不潔恐怖+手洗い強迫の患者の場合はE&RPのみで治療できると考えられた(Jenike 1993)。
維持療法
Dolberg(1996)は薬物の効果がある場合,中断後7週間内に90%が再発するとし,急性期に用いた量と同じfull doseで維持療法を行う必要があるとしている。行動療法の場合は,exposureの方法を患者自身が身につけるので再発は少ないとされるが,再発予防(Relapse prevention)のプログラムも開発されている(Hiss 1994。)
治療反応性
薬物療法の治療反応性予測因子としては1)発症年齢が高いほど良い,2)A群人格障害(分裂病型人格障害など)がある場合に不良であるとされていた(Ackerman 1994)。その他にははっきりしたものはなかった。行動療法の治療反応性予測因子の研究では,1)分裂病型人格障害,2)優格観念(over valued ideation),3)重篤な抑うつまたは躁,4)コンプライアンスの不良,5)家族の重篤な問題,があるときに治療予後が不良であることがわかっている。確認強迫は洗浄強迫より,治療に工夫を要し,改善が起こるまでに時間がかかる(Minichiello 1988)。
未解決の問題
有効な治療法が開発された結果,それに反応しない患者が改めて問題になるようになった。一次性強迫性緩慢や確認強迫の症例で改善が不十分な例がある。老人や小児思春期,合併例などに対する治療も今後の課題である。またチック障害や一部の身体表現性障害,一部の衝動制御の障害も強迫性障害の類縁であると考えられ,強迫性障害と同様な治療が試みられるようになっている。
社会恐怖
パニック障害,強迫性障害と比べて展望文献の数が少なかった。1)MAOIとクロナゼパムに効果があること,2)舞台など特定の状況で起こる不安反応に対してβブロッカーが有効であること,3)行動・認知療法に効果があること,で意見が一致していた。しかし,薬物療法の臨床試験はこの数年に始まったばかりであり,まだ決定的ではなく,日本で一般に使用されている薬物の報告はなかった。行動・認知療法の症例報告は20年以上前からあり,exposure,Social skills training (以下SST),認知再構成などの効果が報告されている。
特定の恐怖症
異なった病像・遺伝負因を持ち,病因についてはいまだ不明な精神障害の一群である。血液・外傷恐怖の場合は,特徴的な生理反応(迷走血管反射)があることがわかっている。今後,診断分類が細分化されると考えられる。治療についてはExposureを主とした行動・認知療法が有用であることに研究者・臨床家を問わず,異論がない(Barlowら1995)。有用な治療薬が見つかる可能性があるが,MEDLINEでは薬物治療の報告は見つからなかった。認知再構成など認知理論に基づく治療の報告も見つからなかった。
行動療法による治療では段階的なexposureが数セッションに分けて行われる。Ost(1995)らは1回だけのセッションで集中的に行う方法を開発した。
血液・外傷恐怖の場合は,exposure中に行うapplied tensionの有用性が証明されている(Ost 1987)。これは迷走血管反射による血圧降下を防ぐために,全身の筋肉に力を入れる方法である。
児童・思春期,老年期の不安障害
文献を収集する中で,1)児童・思春期の強迫性障害,2)老年期の不安障害,について展望した文献があった。
児童・思春期の強迫性障害については,Leonard(1989)が二つのRCTからクロミプラミン投与を推奨している。March(1995)はRCTはないものの,症例報告の結果からexposure & response preventionを推奨している。老年期の不安障害の疫学をFlint(1994)がまとめている。老年期に初発する精神障害に全般性不安障害,広場恐怖を含む恐怖症,強迫性障害があることと,パニック障害は老年期に初発することはまれであること,不適切に治療されていることが多いことを指摘している。
治療の実際
はじめに
治療の実際は1)共通する部分,2)個別の部分,に分けた。パニック障害については薬物療法とexposureはともに比較的容易であり,合併症が無い場合は内科医でも治療が可能だと考えられる。個別の治療では実際の治療の手引きになるように記載した。強迫性障害・社会恐怖では精神科医が診療する必要がある。行動療法を行う場合は,習熟した行動療法家が行うことが勧められる。一般精神科医を念頭に置き,薬物療法については具体的に,行動療法については紹介する際の参考になるようにした。特定の恐怖症については,行動療法が第1選択である。習熟した行動療法家が行うことが勧められる。患者が受診する際や精神科医が紹介する際の参考になるようにした。
総論
診断・評価
DSMIVまたはICD10に従って診断を行う。両者の間の診断基準自体の差異は小さく,実際の臨床で診断をつける際にはどちらに従っても診断が異なることはほとんどないと考えられる。DSMIVの診断基準は評価者間一致率の高いものが選ばれており,必ずしもその精神障害に頻度が高いものや重要性で選ばれているわけではない。実際に診療を行う場合は診断基準以外に記載されている随伴症状,経過,家族歴,鑑別診断が参考になる。
他の疾患の合併
身体疾患
パニック障害は甲状腺機能障害などの身体疾患でも同様の症状が現れることが知られている。メニエール病など耳鼻科疾患から広場恐怖のみが起こることがある。強迫性障害は脳炎や頭部外傷などの後,出現することが知られている。患者が心気的で身体疾患に対する懸念を拭いきれない場合は,専門医の診察を受けさせて重篤な身体疾患がないことを納得させる必要がある。
既知の一般身体疾患から生じた不安障害で,その身体疾患が安定している場合(陳旧性脳梗塞や頭部外傷など)や,特定不能の不安障害は,原発性の不安障害に準じた治療でよいと考えられる。こうした例の治療の指針になる確実なデータはない。
物質関連障害
社会恐怖ではアルコール依存が多い。 BZ系薬物による治療歴がある場合,薬物依存が起こることがある。物質使用障害が寛解していない場合は,他の治療が行えない。断酒・断薬を最初の治療目標にする必要がある。断酒・断薬後もBZ系薬物は禁忌になる。一般的な教育・指示で物質使用障害が寛解しない場合は,専門的な施設へ紹介することが勧められる。
気分障害
表題の精神障害はいずれもうつ病エピソードの合併が多いことが知られている。生涯にうつ病になる率がパニック障害では40〜80%,強迫性障害では約40%,社会恐怖では約50%である。診断・治療は治療が容易なところから行うと治療が進めやすい。うつ病は薬物療法に反応しやすいので, うつ病エピソードが疑われる場合は,抗うつ薬による治療を優先する。パニック障害や強迫性障害は三環系抗うつ薬に反応するので鑑別が困難な場合でも治療には支障がない。過去の病歴の中で躁病性エピソードがあった患者については躁転に気をつける必要がある。
人格障害
パニック障害と強迫性障害,特定の恐怖症については特定の病前性格はない。強迫性障害と強迫性人格障害が混同されることがよくある。構造化面接を用いた研究では強迫性障害の約6%に強迫性人格障害が見られると報告されている(Baer 1990)。全般性社会恐怖については回避性人格障害との異同が問題になる(Widiger 1992)。
診察
回避行動が高度な場合は,恐怖刺激から長らく遠ざかっているため患者自身にも何が怖いのかがよくわからない場合がある。こうした場合には,診察室や病院の中を実際に使ってexposure testを行うとよくわかる場合がある。例えば,長らく自室にこもっていた社会恐怖の患者では自分が他人の中にいるとどうなるのかがよくわからない。一旦診察室から患者と共に出て,他の人がいる待合室での患者の様子を観察したり,その場での患者の話を聞くとよくわかる場合がある。不潔恐怖の場合は,机のほこり,ドアのノブなどに触ったらどうなるか,また治療者が代わりに触ってみて同じことをあなたがしたらどうなるか,などと聞いてみるなどの工夫がある。
恐怖状況を網羅している質問紙(Fear survey schedule (Wolpe 1964),Fear Questionaire (Marks1979)など)も役立つ。広場恐怖の場合は,多種多様な事物が恐怖対象になっている場合が多いので,特に有用である。
病歴・家族歴
ここで取り上げた精神障害は初発後,すぐに精神科を訪れることは珍しいと思われる。精神科を受診するまでに長く経過していることが多いので,それまでの病歴・治療歴を知ることが診断と治療計画作成に役立つ。
ここで取り上げた精神障害は,遺伝的家族負因があることが知られている(John 1994)。親族についての知識が診断の補助になる。
治療
説明
表題の精神障害は病名すら患者には初耳である場合がある。診断と,治療法があること,予後を伝え,重篤な精神病性障害に進行することもないことをよく説明して患者に安心感を与える必要がある。
薬物が有効なのは十分な量を十分な期間服用したときのみである。抗うつ薬の場合は効果がわかるまで3週間以上かかる。前治療で抗不安薬による治療しか経験したことがない患者の場合,薬を減らそうとしたり,頓服使用しようとしたりする。不十分な効果しか得られず,患者が薬物に不信感を持つ原因にもなる。事前の十分な患者教育と投与開始後から効果が現れるまでの期間のサポートが薬物療法に必要である。
治療計画
抗不安薬による薬物療法はその場の状態が対象になるので,特に禁忌が無ければ初診日から開始できる。抗うつ薬も副作用に患者が耐えられる見込みがあれば,初期から可能である。
行動・認知療法ではin vivo exposureが主体になって行われる。これはイメージなどではなく,現実の事物・刺激に患者の不安反応が減弱するまで十分な時間接触させる方法である。行う際には,十分な治療計画が必要である。初診日当日は恐怖対象をよく調べ,不安階層表(hierarchy)をつくる。不安階層表とは恐怖対象をその強度に従って順序つけたものである。初診日当日では患者が答えられない場合が多く,次回の受診日までに宿題として恐怖対象を記載してくるように指導する。可能ならば初診日からセルフモニタリングを指導し,患者自身が自分の恐怖対象がわかるようにする。セルフモニタリングで患者が自分の状態を把握できるようになるまで時間がかかる。特にパニック障害の場合の臨床治験を行う場合はセルフモニタリングを評価項目に用いることが推奨されている(Shear 1994)。
不安階層表ができあがり,患者がSUD(Subjective Unit of Disturbance)で自分の不安水準を評価できるようになったあと,exposureの計画を立てる。exposureのセッションは週に2回以上行うことが望ましい。1回以下であると恐怖刺激に対する不安反応が馴化しない。exposureの対象となる刺激はできるだけ現実の生活で遭遇するものに近い方がよい。不安階層表のどの刺激からどのようにしてexposureを行うのか,頻度,一回のセッションにかける時間(通常でも1時間以上,1日以上かける場合もある)患者単独で行うのか治療者などが補助するのかなどの計画を立てる。
Exposureの開始
これらの計画をプリントにまとめ,患者自身の努力が必要であることを説明する。患者の同意が得られたら,計画に従って治療を行っていく。Exposure中に新しい恐怖対象や回避行動が見つかったり,exposureの時間に過不足があることがわかったり,実生活でたまたま外出の必要ができたり,不安階層表で強度の高い刺激が実は低いことがわかったりするので,開始後も臨機応変に対応する。
維持療法・再発予防
薬物療法を行う場合は中断後の再発,再燃は必至である。パニック障害と強迫性障害,社会恐怖は慢性に経過するので,長期にわたる維持療法が必要になる。行動療法の場合は,exposureの方法を患者自身が身につけるので再発は少ないとされるが,再発予防のプログラム,数ヶ月後にexposureのセッション(booster session)をもうける場合がある。
恐慌性障害・広場恐怖
診断・評価
図1に治療の大まかな流れを示す。パニック発作を初発した患者が最初に受診するのは救急病院や内科である。精神科を受診するのは長く経過してからである。このため,一般内科や救急病院でも診断がつけられる必要がある。
主訴として不安を訴えず,身体症状のみを訴える場合がある。病歴が長くなるになると,初期のようなドラマチックな発作は無く,心気症状や恐怖症状が前面にでる場合がある。患者の話をよく聞くと症状限定性恐慌発作が起こっている場合がある。またパニック発作の起こり方は気まぐれで不定期である。特に誘因なく,数日間連続して起こったり,1,2ヶ月まったくなかったりすることが通常である。診断・重症度の評価を行うには詳しい経時的な病歴が必要である。
ごく軽度のものも含めれば,パニック障害の患者のほとんどは広場恐怖をもっていると考えられる。広場恐怖の評価にはMobility inventory (Chambless 1985)などの質問紙が有用である。
診断・評価を詳しく行うことが,患者に対する教育にもなる。治療の最初の目標は患者が自分の症状を知ることである。
治療
治療の次の目標は薬物によるパニック発作の抑制である。効果発現が早いこと,身体的不快感を伴うような副作用が少ないことから,最初は三環系抗うつ薬よりもアルプラゾラムやクロナゼパムを選択する方が治療を進めやすいと考えられる。パニック発作抑制のためには一定量を持続的に服用する必要があること,発作が2,3週間なくなってもそれだけでは改善したとは言えないことから,頓用した場合や発作や不安が無いときでも毎食後の定期薬は必ず服用するよう説明する必要がある。
アルプラゾラムの能書上の一日最高量は2.4mgであるが,4〜6mg/日必要になる場合もある。イミプラミンなどの三環系抗うつ薬の場合は低用量から漸増する。抗コリン作用による副作用が服用当日から出ること,不安の減弱が起こるまでに2週間以上かかることから患者のコンプライアンスが問題になる。十分な説明と患者からの急な問い合わせ・受診に対する親切な対応,抗不安薬との併用が勧められる。イミプラミンの場合,体重1kgあたり2mg以上が必要になる。低用量でも改善する場合があるが,この場合は,薬物自体の効果よりプラセボ効果によるものと思われる。RCTでは約半数の患者でプラセボでもパニック発作が抑制できることがわかっている。しかし,パニック発作が消失していても心気症状や広場恐怖,不安が持続している場合はイミプラミンを増量する。イミプラミンはこれらの恐怖・不安症状を抑制する効果があるとするRCTがある。
BZ系薬物の問題は長期投与による常用量依存である。急速な減薬を行った場合の退薬症候群と不安のリバウンドは必至である。しかし,耐性や物質使用障害に至る例はまれだと考えられる(Taylor 1989)。BZ系薬物を投与する際は,患者に急に中断した場合の退薬症候群についてよく説明しておく必要がある。アルプラゾラムは特に半減期が短いので,中止する際はジアゼパムなどの半減期の長い薬物に置き換えた後に漸減することが望ましい。治療初期はBZ系薬物で発作のコントロールを行い,1,2ヶ月後に三環系抗うつ薬に切り替え,そのまま維持する方法が推奨される(Burrows 1993)。
パニック発作は薬物の中止後,30%程度が再発することがわかっている。どの患者が再発するのか,どの程度の期間,どの程度の量を投与すべきかについてのコンセンサスはない。1年間は最低,投与すべきと考えられる。発作の頻度を調べながら,薬物の調整を行うことになる。
パニック発作が抑制された後も広場恐怖が残存することがある。軽度の場合は患者自身で回避したり,恐怖を感じるような状況に積極的に慣れるようにするself exposureの指示を行えばよい。回避が高度で通院が困難であったり,self exposureが不十分にしか行われない場合は,行動療法を行える施設へ紹介する必要がある。行動療法では,セルフモニタリングや不安階層表の作成,治療者の同伴によるexposure,グループでのexposureなどの工夫が行われる。
強迫性障害
診断・評価
強迫症状は他の精神障害でも起こる。横断面の症状のみでは判断しがたい場合が多いこと,強迫性障害発症の後にうつ病エピソードが起こる場合があるので,詳細な病歴をとる必要がある。またチック障害や抜毛症,身体醜形障害,神経性大食症,心気症,病的賭博,病的嫉妬を合わせてOCD Spectrum Disorderと呼ばれ,これらも強迫性障害に準じて治療できることがある。半構造化面接で評価するものとしてY-BOCS(Yale Brown Obsessive Compulsive Scale)(Goodman 1989)がよく使われている。図2に治療の大まかな流れを示す。
治療
クロミプラミンを投与する。初期投与量75mgから開始し,150mgまで漸増する。パニック障害やうつ病と比べると強迫性障害の患者は抗コリン作用による身体症状に強く,早い増量が可能である。RCTでのプラセボ群での反応率が低いことが示すように,低用量で効果が発現することはまれである。反応が乏しければ,更に増量を試みる。能書上は日量225mgまで可能である。患者が服用可能な量まで増やす。抑うつ気分・強迫観念に対して効果が期待できる。
クロミプラミンの効果が発現するまでには6〜8週を要する。患者がクロミプラミンに反応するかどうかを見極めるには10〜12週まで投与を継続すべきである。高用量が必要である。反応する患者でも完全寛解に至ることは少なく,部分的な改善にとどまる(Goodmanら1992)。この点もうつ病やパニック障害の場合とは違うことを留意する必要がある。
薬物療法の効果が不十分な場合は,行動療法を行える施設へ紹介する必要がある。また,不潔恐怖と洗浄強迫行為・回避行動を主症状とし恐怖・回避対象が限定されている場合は,行動療法のみで寛解する場合がある。
行動療法ではexposureとresponse preventionが用いられる。これはFoa(1978)によるものである。強迫観念や強迫行為のきっかけとなる刺激を特定し,その刺激に意図的に十分な時間触れるようにし(exposure),その間やその後しばらくの間の強迫行為や儀式,回避行動をおこなわいようにする(response prevention)ものである。広場恐怖に対するexposureと異なり,一つのセッションに時間がかかり,途中での不快感・強迫行為の衝動が強い。また,response preventionが不徹底な場合は強迫症状をかえって悪化させる。このため,この方法を行うには習熟が必要である。
2〜3時間のセッションを10回程度,2〜3週間の間に行うことで十分な効果をあげることができる。1セッションに1日以上の時間が必要な場合は,儀式の禁止を患者一人では達成できない場合があり,この場合,入院治療が行われる。
薬物を中断した場合の再発率はパニック障害やうつ病より高い。長期の維持療法が必要になる。通常は初期に用いた最高量をそのまま継続する。薬物の場合でも行動療法の場合でも,多少症状が残る場合が多い。病歴が長い場合は人並みの生活をした経験が乏しく,症状が軽減しても社会に適応しがたい場合がある。外来通院し維持服薬を続けている患者に対して適切なカウンセリングを行い,強迫性障害とつきあいながら生活を楽しめるように援助する必要がある。
社会恐怖
診断・評価
DSMでの社会恐怖の扱いは,全般性サブタイプと回避性人格障害との異同などの議論がある。また日本では対人恐怖との異同が問題になる。うつ病性障害や物質使用障害などとの合併もよくある。DSMに従って多軸診断を行うことがよいと考えられる。社会恐怖のための質問紙として,Social avoidance and distress scaleとfear of negative evaluation (Watson 1969, 石川1992)がある。
治療
日本で使用可能な薬剤で社会恐怖に特異的に有用な薬物はない。不安症状や抑うつを対象に抗不安薬,抗うつ薬を試みる。特定の社会場面に対する恐怖・回避がある場合は,段階的なin vivo exposureを行う。対人場面での振る舞いかたに問題がある場合はSSTを行う。若年で発症し,社会生活の経験が不足している場合は,デイケアや入院,就労支援などのケースワークを行い,患者が容易に適応できるような社会的環境を作る必要がある。
特定の恐怖症
DSMIVでは動物型,自然環境型,血液・注射・外傷型,状況型,その他の型に分類されている。
血液・外傷恐怖については血管迷走神経系の強い反応がある。治療として,exposure中に,体に力をいれて血圧を高めるような工夫が行われる。
診断・評価
他の合併症がないか調べる。恐怖を起こす刺激や回避している状況をよく調べる。
治療
Exposureを行う。十分に行えない場合は行動療法が行える施設へ紹介する必要がある。
行動療法では1)患者とよく話し合い,治療について説明する,2)患者と話し合い,恐怖刺激の不安階層表をつくる,3)自覚的不安尺度をつける練習をする,4)不安階層表に従って現実の恐怖刺激にふれたり,見たりする,4)自宅にかえって自分自身で同じことを行うようにする,が行われる。
患者が無理なく進んで恐怖刺激にふれることができるように集団療法やモデリング,イメージの利用,オペラントコントロール,リラクセーション,支持的なカウンセリングなど様々な工夫が行われる。
治療資源と患者の受療行動について
日本における治療資源
展望文献で取り上げられた治療法の中で,日本で施行しにくいものがある。
日本では三環系抗うつ薬には表題の精神障害に対する使用は健保で承認されていない。また,三環系抗うつ薬の宣伝活動は行われていない(神経症, 96治療薬マーケティングブック)。寛解を維持するために長期投与が行われるが,うつ病や神経症には14日を越える投与が承認されていない。クロミプラミン(商品名 アナフラニール)の販売元である日本チバガイギーは同薬について強迫性障害などに対する日本での臨床治験を収益上の理由から断念している(97年2月同社医薬情報部)。
行動療法の施行にも問題がある。広場恐怖に対するexposureは日本語文献の中でもよく取り上げられ,実際に行われている例が多くあるだろうと考えられる。森田療法の方法と類似点が多いこと,方法自体が比較的容易であるなどのためであると考えられる。
強迫性障害については行動療法の症例報告はあるものの,日本語のレビュー文献はこれらを引用していなかった。実施が可能な施設は限定されていると考えられる。広場恐怖の場合と比べると周到なresponse preventionを要する点,既存の治療との類似が少ない点,などの困難があるためだと考えられる。
特定の恐怖症,社会恐怖については日本語文献では行動療法について具体的に触れたものはなかった。実施が可能な施設が更に限定されていると思われる。
患者の受療行動
米国において,表題の精神障害を持つ患者の多くが受診しないまま埋もれていること,受診した場合でも適切な治療を受けていないことが指摘されていた。パニック障害は比較群と比べると一般開業医を多く受診し,多く投薬され,医療資源を浪費している(Katon 1992, Simpson 1994)。NIHのコンセンサスレポート (NIH 1991)はその最後に“ パニック障害の診断・治療について積極的な教育的キャンペーンを行い,医師や患者,家族,マスメディア,一般大衆の認識を高める必要がある”と述べていた。実際に米国では医療機関以外の社会資源が用意されている。患者教育用資料が出版され(NIH 1994, Rapaport 1989),Phobic Anonymousなどの自助グループや治療の相談窓口(Anxiety Association of America, National Anxiety Foundation, Obsessive-Compulsive Disorder Foundation),インターネット上のメーリングリストが活動している。
パニック障害の場合,報告者の経験でも,収集した論文の症例でも患者は最初に内科や救急を受診していた。この後,診断がつかないまま,脳外科や耳鼻科などあらゆるところを受診している例もある。報告者の経験では当所を受診するきっかけは,他科からの紹介か,患者の口コミに限られていた。松永(1997)によれば佐賀市消防本部における平成7年の搬送患者の中で精神科病名のついた患者が97人あった。その内不安発作が主訴であったものが53人(54%)であった。一般大衆と一般内科医,救急医への啓蒙活動が必要であると考えられる。
広場恐怖が軽く合併症がないパニック障害は内科医でも治療が可能だと考えられる。内科医にもわかるような治療の手引きが望まれる。広場恐怖が重い例などは精神科受診が必要である。広場恐怖に対するExposureは他の行動・認知療法の技術と比べると容易で,入院は不要なので,一般の精神科医でも治療が可能だと考えられる。
強迫性障害の場合は成人の患者は通常,精神科を受診すると思われる。本人に治療意欲がなく,家族のみが相談に訪れる場合も多いと思われる。小児・思春期発症の場合は小児科を,抜毛症などの場合は皮膚科などを受診することもあると思われる。いずれも精神科受診が必要だと考えられる。患者教育・薬物療法は一般の精神科医でも十分可能であると考えられる。E&RPは習熟した治療者が必要であり,入院が必要になる場合があるので,薬物で治療が不十分な場合はE&RPが可能な施設へ紹介する必要がある。治療が可能な施設は数が限られている。治療可能な施設が増えることと,一般の精神科医が容易に紹介先を見つけられるようにすることが望まれる。
社会恐怖の場合,精神科を受診しない患者がどのように生活しているかはよくわかっていない。薬物療法,行動・認知療法の有用性は確かめられているが,効果はまだパニック障害や強迫性障害の場合と比べると見劣りする。今後の治療研究が待たれる。
特定の恐怖症は,精神科を受診することが少ないと思われる。動物恐怖や飛行機恐怖の患者は限定された生活のまま過ごしていると思われる。歯科恐怖,血液・外傷恐怖は歯科や身体科で見いだされると思われるが,精神科へ紹介している例は少ないと思われる。Exposureによって短期間に寛解する方法があるが,この方法に習熟している治療者は日本では数少ないと思われる。教育啓蒙活動と治療可能な施設を増やすことが必要である。
今後の課題
精神医療サービスの現在の課題と今後の治療研究の課題は,以下のようにまとめることができる。
精神医療サービスについて
典型的なパニック障害と強迫性障害,一部の特定の恐怖症については実際の臨床場面で有効な治療が行われるようにする。パニック障害患者が受診する機会が多い医療機関のスタッフや患者への教育啓蒙活動が必要である。重度の空間恐怖や強迫性障害,特定の恐怖症を行動・認知療法で治療できる施設を作る必要がある。
寛解した患者に対する維持療法を行いやすくする。パニック障害や強迫性障害に対する健康保険での長期投与を可能にする必要がある。
治療研究の課題
・パニック障害の維持療法の指針
・パニック障害・広場恐怖の合併例・非典型的な症例についての治療
・強迫性障害については老人,小児・思春期の患者や合併例,強迫性緩慢のような非典型的な症例,チック障害,一部の身体表現性障害,一部の衝動制御の障害のような強迫性障害と類縁であると考えられる精神障害についての治療
・社会恐怖の診断分類と治療
・特定の恐怖症の診断分類と治療
この論文で取り上げた精神疾患は研究者や研究費の少ない領域である。今後の精神医療サービスの向上と,治療研究の進歩が待たれる。
参考文献
文献・参考資料は文献の種類によって分類した。それぞれの中でアルファベット順に配列した。
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特定の恐怖症
この精神障害のみに限定した展望文献はみつからなかった。
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英文要旨
Recent reviews on the treatment of panic disorder, obsessive compulsive disorder, and phobic disorder were searched and reviewed. Number of treatment guidelines were published, and all of them pointed out the evidence of efficacy of certain class of drugs and behavior - cognitive therapy for those disorders. Treatments that those reviews recommended have left no controversy. At present, the researches on treatment have reached a plateau. Future treatment researches on atypical cases, including comorbid conditions, social phobias, and specific phobias are awaited. In this country, the dissemination of proved therapeutic procedure in clinical practice is essential.
Typical treatment procedures were described for practitioners, based on collected articles, the cases the reporter had experienced and the materials the reporter had gathered at workshops of behavior therapy congresses.
図表
診断 |
薬物 |
行動・認知療法 |
コメント |
| 強迫性障害 | ++ |
++ |
併用が多分有用 |
| パニック障害 | ++ |
+ |
併用が多分有用 |
| 広場恐怖 | ++ |
++ |
併用が多分有用 |
| 全般性不安障害 | ++ |
+ |
薬物は重篤例に限る |
| 特定の恐怖症 | 0 |
++ |
行動・認知療法が最優先 |
| 社会恐怖 | + |
+ |
更にデータが必要 |
0は臨床的有用性の証拠がないことを示す; +は予備的データによる有用性の証拠があることを示す。有用性を確立するには更に臨床治験をする必要がある。: ++は有用性の十分な証拠があることを示す。他の治療との比較試験と長期経過での有用性を調べる治験が必要である。
Fineberg 1995を改変
表2 パニック障害 NIHのコンセンサスレポートが推奨する治療法 (NIH 1991)
三環系抗うつ薬 |
MAOI |
BZ系薬物 alprazolam lorazepam clonazepam |
SSRI |
Exposure |
行動・認知療法 |
||
| 効果 | あり | あり | あり | 多分あり | |||
| 3〜6週で効果 | すぐ効果 頓用が可能 | あり 効果が持続 |
|||||
| 問題 | 脱落率が25% | 副作用 | 脱落率15% | 脱落率12〜16% | 脱落率5〜8% | ||
| 慎重な漸増が必要 | 食事の問題 | 中断後の再発は抗うつ薬より高い | 副作用は特にはなし | ||||
| 副作用・中断後の再発 | 物質関連障害(依存・乱用) | 治療者の訓練が必要 | |||||
表3 強迫性障害 展望文献が推奨する治療
薬物 |
行動療法 (Exposure & Response Prevention) |
薬物+行動療法 |
||||
Clomipramine |
SSRI |
他薬物併用 |
||||
NIH 1994 評価 |
FDA承認 | Fluoxetine FDA承認 |
効果が持続 | 推奨 大多数が社会復帰できる | ||
問題点 |
中断後の再発 | よく訓練された治療者と患者の動機付け,家族の協力が必要 | ||||
Greist 1995 |
薬物中,効果が最も高い 副作用多いが脱落は少ない | 効果有り | Ticを合併する患者に抗精神病薬が有用 他はデータ無し | 行動療法のみより効果が高い 薬物のみより再発が少ない |
||
| Jenike | 成人に対するRCTが21 | RCTが6 | ||||
1993 |
小児・思春期に対するRCTが6 | |||||
評価 |
患者の60%が改善 | 患者の60〜90%が改善 効果が持続 2〜3週間で効果 他より効果高い |
||||
問題点 |
中止後再発率90% | 脱落率20% | ||||
RCT: 無作為割付臨床試験
表4A 強迫性障害治療ガイドラインのサマリー Journal of Clinical Psychiatryによる(March 1997)
A. 臨床場面で推奨される治療の第1選択
初期治療の戦略と治療順序
年齢についての配慮 ・思春期前の児童: 軽度またはより重度にはCBTを最初に行う
治療の全体的な効果,早さ,維持についての配慮
患者の耐性,受容性についての配慮
CBT戦略の選択
強迫観念・強迫行為 E/RP (Exposure/ response prevention)
E/RP + CT (cognitive therapy)
特異的な症状に対する対策
不潔・汚染恐怖,対象性保持儀式
数を数える/反復,ためこみ,攻撃衝動 E/RP
几帳面さと道徳的罪悪感,病的疑惑 CT
CBTの集中度
特異的薬物療法の選択;SRIの使用
推奨される治療タイミング
治療抵抗性
CBTのみに反応しない・部分的 SRIを追加;方法を変えてCBTを追加
SRIのみに反応しない・部分的 CBTを追加;または他のSRIに変更
CBT+SRIに反応しない 他のSRIに変更
CBT+SRIに部分的反応 他のSRIに変更
方法を変えてCBTを追加
他の薬物で効果増強
2〜3種のSSRIを使用したが反応しない clomipramineを試す
方法を変えてCBTを追加
維持療法
外来受診の頻度
薬物で完全または部分寛解 3〜6ヶ月間毎月受診
注:CBT:認知-行動療法,SRI:セロトニン再取り込み阻害剤 clomipramine, fluoxetine, fluvoxamine, paroxetine, sertralineを言う,SSRI:SRIの中でclomipramine以外
表4B,C,D 強迫性障害治療ガイドラインのサマリー 続き
B. 心理社会的治療の第1選択
| 認知-行動療法 OCDについてはCBTはexposureとresponse prevention (E/RP)と認知療法(CT)の併用を示す |
|
| exposureとresponse prevention (E/RP) |
|
| 認知療法 |
|
| 治療の形態と集中度 形態 頻度 集中度 維持療法スケジュール |
|
C. 身体的治療の第1選択
| SSRI (fluoxetine, fluvoxamine, paroxetine, sertraline) |
|
| Clomipramine |
|
D. 合併疾患のあるOCDに対する治療
| 合併疾患 妊娠 心疾患 腎疾患 トウレット障害 注意欠陥/多動性障害 パニック障害,社会恐怖 大うつ病性障害 双極性障害 反抗/行為/反社会性 分裂病 |
CBTのみ CBTのみ;またはCBT+SSRI CBTのみ;またはCBT+SSRI CBT+従来の抗精神病薬+SRI CBT+SSRI+神経興奮剤 CBT+SSRI CBT+SRI(重度の場合はSRIを最初に行う) CBT+気分調整剤のみ;CBT+気分調整剤+SRI CBT+家族療法+SRI SRI+神経遮断剤 |
表5 強迫性障害 メタアナリシスによる治療方法の比較 (Balkom 1995)
強迫症状(自己,他者評価)と抑うつ,不安,社会適応に対する治療法毎のEffect size (Cohen's d)
| セロトニン作用抗うつ薬 | 他の抗うつ薬 | プラセボ | 行動療法 | 認知療法 | 抗うつ薬+行動療法 | プラセボ+行動療法 | 認知療法+行動療法 | ||
| 強迫症状自己評価 | Effect Size | 0.95* |
0.48 |
0.20 |
1.46* |
1.09 |
1.56* |
1.69 |
1.30 |
| SD | 0.70 |
0.55 |
0.27 |
0.75 |
0.43 |
0.61 |
0.65 |
0.63 |
|
| 治験の数 | 21 |
10 |
8 |
45 |
3 |
5 |
4 |
4 |
|
| 強迫症状他者評価 | Effect Size | 1.63* |
0.54 |
0.59 |
1.47* |
1.04 |
1.99* |
1.85 |
1.86 |
| SD | 0.91 |
0.76 |
0.96 |
0.70 |
1.47 |
0.67 |
0.53 |
1.51 |
|
| 治験の数 | 38 |
19 |
17 |
29 |
2 |
5 |
4 |
2 |
|
| 抑うつ | Effect Size | 1.12 |
0.51 |
0.54 |
0.89 |
0.73 |
0.95 |
1.11 |
0.73 |
| SD | 0.67 |
0.60 |
0.85 |
1.08 |
0.65 |
0.38 |
0.73 |
||
| 治験の数 | 33 |
12 |
7 |
32 |
3 |
5 |
4 |
1 |
|
| 不安 | Effect size | 0.94 |
0.52 |
0.42 |
0.91 |
0.32 |
0.47 |
0.99 |
1.79 |
| SD | 0.54 |
0.72 |
0.51 |
0.49 |
0.45 |
0.31 |
0.69 |
||
| 治験の数 | 20 |
9 |
4 |
26 |
2 |
4 |
3 |
1 |
|
| 社会適応 | Effect Size | 1.00 |
1.81 |
0.98 |
0.70 |
0.00 |
0.84 |
1.51 |
|
| SD | 0.76 |
0.70 |
0.32 |
0.37 |
|||||
| 治験の数 | 3 |
1 |
1 |
10 |
1 |
4 |
3 |
Italic*はプラセボ対照群に対してeffect sizeが有意に優ることを示す(p<0.007, one-tailed, Mann-Whitney test)。