ハウスフリーデはなぜドイツ?物語

Haus Friede

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「ハウスフリーデ」はなぜドイツ料理なんですか?
ゲストの皆様とお話しをしているとこんな質問がよくあります。

「ハウスフリーデ」が出来たのは1993年、今年で十五年目を迎えました。そんな節目の今、ゲストの皆様にこのペンションの出来た軌跡を知っていただきたくてこのページを作成いたしました。

ペンションの創業者(私たちの両親)である、三満田(ミマンダというきわめて珍しい苗字です)弘・晴美は熊本県の出身です。父は熊本市内、母は宇土市というところですが、ある大手の酒造メーカーに勤めていた関係で、いわゆる転勤族としていろんなところに住んでいました。
名古屋(東海市)に来てからクリスチャンになり、近くの教会に通っていました。その教会はドイツの宣教師の方が牧師をされていて、家族ぐるみのお付き合いになりました。

両親はドイツへも何度か行き、ペンション風の宿にも泊まり, その過程で、定年後ペンションをしたいと思うようになったようです。
両親がペンションをする準備をしていると聞き、宣教師仲間の奥さん(ストルツさんを中心に)たちは母にドイツ料理を伝授してくださいました。
そして平成五年、生まれ故郷の熊本で「ハウスフリーデ」を開いたのでした。

「ハウスフリーデ」はドイツ語で「やすらぎの家」を意味し、名付け親は婦人宣教師エミー・ミュラーさんです。今は定年を迎えられドイツに住んでいますが、時々日本に来られるときは必ず「ハウスフリーデ」に来てくれます。
また名古屋時代の宣教師メツガーご夫妻とは今でも連絡を取り合っているようです。両親はドイツに行くとメツガーご夫妻の家に泊まるのが楽しみのようです。
ペンションの入り口にあるモニュメントの鐘と玄関の「Haus Friede」の看板はメツガーさんがドイツから送ってくれたものです。
数年前ここに泊まられた時は、私も一緒にホームセンターに材料を買いに行き、網戸の張替えをしてくれました。とても器用な方で、大工仕事などはお手の物、ドイツのご自宅も自作だそうです。一昨年両親はドイツを訪ね、たくさんのお知り合いと会ってきたようですが、私たちも近いうちに行きたいものだと思っています。
そんなご縁と、ドイツを知れば知るほど好きになっていった両親は迷うことなく「ドイツ風ペンション」を作ったというわけです。
「ハウスフリーデ」とドイツの物語を簡単にご紹介させていただきました。
私たちもその後を引き継ぎゲストの皆様にドイツを感じていただけるよう目指して日々努力しています。
ゲストの皆様とお会いして、お話できることを楽しみにしています。
                        WAKU・あおい

皆様のお越しをお待ちしています
    (三満田弘・晴美)

ドイツから来た看板と鐘

メツガーご夫妻

左がエミー・ミュラーさん

ストルツご夫妻