| ウォーキング日記・記録 |
隅田川七福神めぐりウォーク (H15.1.12)
新年初めてのウォーク、今日はリーダーなのではやめに蓮田駅にいく。
皆新年の挨拶をしている。
先月の泉岳寺ウォークの赤穂義士にちなんだわけでもないのに、ちょうど47人の参加者。
みなの出足がよく、予定の8時20分には参加者が集まった。遅れてくるような人もいないので、
ひとつ早い電車に乗る。なんとこれが久喜駅で幸いした。
久喜駅で東武電車の休日回数券を買うとき間違えてしまった。券売機で運賃が同じなので別なところを
押してしまった。回数券を買うときは目的地の確認が必要なのだとつくずく思った。
それにしても回数券の交換に非常に手間取ってしまった。
いつもだったらJRで東京方面にいくのに、今日はあまり乗ることのない東武電車の上りを選んだ。
電車は先頭より後部車両のほうがすいていた。それでも座れるほどではなく、春日部、草加と進むにつれ
だんだん混んできた。北千住ですく。みな座るがあと2駅である。
堀切駅に降りる。なにか田舎の駅のような小さな駅で、降りたのは歩こう会のメンバーだけである。
これでも都内の駅である。
毘沙門天の多聞寺をから白鬚住宅ビル街をすすみ、明治通りにくる。
明治通りがあり昭和通りがあるのに大正通りはない。白鬚交叉点を過ぎ白鬚神社につく。
東京下町の人は白鬚神社を「しらひげ」でなく「しらしげ」と言うとちょっと説明。
小さな野球場をすぎ言問団子につく。ここで30分ほどの休憩。桜もちを買うひともいる。
しばし隅田川の堤防に寄りかかりながら川の流れをみる。ゆりかもめが多い。その中にハトが数羽。
長命寺、弘福寺にお参りして最後の三囲神社にたどりつく。かつての三井財閥に関係しているらしい。
予定のコースでは、ここから言問橋をわたり雷門に向かう予定であったが、新年の「お神酒」ということで
隅田公園に向かう。言問橋の下をくぐり小さな池の脇の小高くなったところに陣取る。
持ってきた酒、途中で買った酒、Sさん差入れの泡盛など結構な酒があり、みな頬を赤くした。
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水上紅葉ウォーキング日記及び反省 (H14.10.27)
榎 本 耕 三
水上駅発の電車が土合駅に着く。土合駅は日本で一番深い地下駅でホームは薄暗く駅員はいない。
ここから486段の階段を上って地上にでる。中間で2回休んだ。まず朝のウォーキング前の準備運動
である。湯檜曽川にかかる土合橋を渡ると砂利道になり、そこはもう紅葉真っ盛りである。
アップダウンを繰り返しながら進む。まわりの木々や山をながめると、それこそ綾錦≠ナ、それだけで
紅葉を堪能できた。来てよかったの声が聞こえる。更にマチガ沢の分岐を左に見て進む。
軽いアップダウンの後広々とした河原にでる。そこではすでに他の人々が個々に昼食のようだった。
山には雲がかかり紅葉とあいまって絵になるような美しさであった。
と、ここまではよかった。
河原を少しすすむと左向の大きな赤い矢印があり当然そこを登った。大きな岩がゴロゴロして滑り
やすい。途中「一の倉沢」の標識もあり、更に進むがなんとなく方向がおかしい。紅葉のなかをすすむと
今朝ほど通った道に戻ってしまった。コースを完全に間違えていることに気付いた。
やむを得ず今朝通った道をひき返す。途中に右マチガ沢の分岐があり土合橋に戻らずマチガ沢方面に
進むことにした。旧野営場あとがあり小休憩とする。12時30分をすぎていた。
休憩後歩きはじめると、急に脚から力が抜けたようになり、額からは汗がポタポタ落ちてくる。
足が進まなくなった。列の中ほどにいたが皆に追い越してもらった。最後尾になった。誰もいなくなった。
足を引きずるようにすすむと一軒の屋根だけのあばらやがあった。
立っているのがつらい、座るところがない。カマド(?)に寄りかかり立っていた。意識がもうろうとしてくる。
冷や汗がでる。話し声は聞こえるが応える気にならない。声をだしてもかすれ声しかでない。
・ 寝ちゃダメと頬をたたく人
・ 冷たいタオルで顔や額を拭いてくれた人
・ 倒れそうになるのを左右から支えてくれた人
・ アメ玉をくれた人
・ 汗びっしょりなので、シャツを脱がせてくれた人
・ 寒いからとフリースを貸してくれた人
・ 車(救急車)を呼んでくれた人
・ 先に行った皆さんとの連絡、指示をしてくれた人
………………
この場所にどのくらい居ただろうか。30分も立ったままでいたのだろうか。
ようやく意識もはっきりしてきたので歩き出した。車道にでると皆さんが心配そうな顔をしている。
気遣っていてくれたのか昼食は未だのようである。少し下ったところにベンチがある。
昼の弁当を食べようとした時に救急車のサイレンが聞こえた。救急車に柴田さんも同乗してくれた。
心強かった。
水上町に救急病院がないため月夜野の病院へ向かった。30分ほどかかった。
病院の先生によると、朝食後長時間食事をとっていないことによる低血糖症とのこと。
特にクスリも貰わずペンションに戻った。夕食時、皆さんそれぞれ心配してくださったこと、
多々お世話してくれたこと、気遣ってくださったことに、お礼・お詫びをした。
食事まえのお酒は旨かった。
蓮田から地酒神亀≠ニひこ孫≠フ2本を持ってきた。ひこ孫≠ペンションへのお土産とし、
神亀≠皆で飲んだ。ペンションから地酒の冷酒を出してくれた。
また、来年も水上(谷川岳)の紅葉を見に行こう。
みな木馬さん≠ェ気に入ったようだ。
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日光霧降高原ウォーク(H14.8.11)
三ちゃん記
平成14年8月11日(日)蓮田駅東口6:10集合、こんなに朝早く電車に乗る
事なんか無い。総勢25名矢張りレディが多い。男は夏ばてか?
心は既に日光の滝に、勇躍電車で栗橋に、東武日光線で新栃木経由東武日光駅
これからバスでつつじヶ丘という計画であったが、先日の大雨で出水通行不能な所があり
急遽変更、バスは始発に乗ったので座れたが正に通勤電車並の込みよう、牛でもないのに
ギュウギュウ詰め。それから下車後最初の登り坂を歩くと汗が噴き出てきた。
今日の楽しみは、滝巡り・最初の滝はマックラ滝、みんなが堤堰の落水を見て勘違い、本命
は清流の丸木を渡した林の奥に有った。滝の周辺は森林と滝の霧状の水滴でマイナスイオ
ンが充満(目には見えないけど)していた。マックラの語源をいろいろ話合ったが不明。
その後玉簾の滝へと向かう。ここも足場の悪い中滑らないように注意し、たどり着く。絶景
かな石川五右衛門の台詞ではないが再度絶景かなしばし世俗の事を忘れ、会長さんの
写真撮影。引き返し丁字の滝へ向かうが、先導の
Aさん達が見つからないと引き返して
きた。仕方無いのでつつじヶ丘目指して行軍、熊笹が覆い茂っていたが夜露も乾きズボン
は濡れずにすむ。昼食は霧降の滝の展望台のある場所でとる。ここの土産店裏側から滝
がよく見えた。土産も買わずにただで展望させて貰った。風がこことよくつかの間睡眠
をとる。午後は一路歩いて東武日光駅へ。
途中噂のソフトクリームを並んで買う。
これは帰りのバス賃を浮かし当てると、幹事さんの説明、納得名案である。私はビール
よりこちらの方が歓迎。日光駅まで来るとにわかに天候が悪くなり雨模様。しかし
ちゃんと会長さんは恒例のビ^ルの買い出しに出かけ、駅構内で乾杯。それにしても今日は
少しの冒険とスリルがありハイキングの醍醐味を満喫させて戴いた。また幹事さんの蜂蜜付け
リモンは旨かった。電車も空いていたし無事帰蓮でき、本当に幹事さん夫妻には感謝致し
ます。良き思い出の1ページとなりました。
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羽村堰と玉川上水緑道ウォーク (H14.7.27)
| 矢島 勉 |
無事行って来ました。
参加者は14名 男8人 女6人 珍しく男性優位です。
参加者がいつもより少なく、寂しい気もしましたが
電車の乗り換え等とてもスムーズで行動が楽でした。
福生駅に予定より30分早く到着。
10時に駅を出発、この時間からすでにギラギラ太陽で、
温度は30度以上(?)。多摩川までの10分間アット言う間に汗だく。
多摩川を見てホット一息、しばし木陰を歩き玉川上水へ。
ここから先は木漏れ日の中、玉川上水沿いに歩く、桜並木だ、
Tさんが桜の時期に又来たいねと・・・・・・・・
羽村堰で時間調整もあり暫し休憩。多摩川もここまで来ると水もきれい。
川面からの涼しい風 子供も大人も川遊び
A氏とI氏 思わず靴を脱いで川の中へ 女性陣も入りたそう
チョット長めの休憩の後、昼食場所の郷土博物館へ
広い立派な東屋でゆったりと食事、
その後は博物館の冷房完備の中で見学、休憩
午後は10分歩いては木陰で休憩10分歩いては・・・・・・
駅近くの公園の木陰で打ち上げ ビールの美味かったこと
ありがとうございました
ほぼ、予定通り4時20分頃蓮田到着
皆さん喜んで頂きました(?)
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利根川散策
童謡の小径を歩く (H14.6.29)
三 谷 得 起
梅雨空のどんよりした天気のもと、30名の会員が集合した。
今日のウォークは栗橋駅をスタートし野菊の小径を皮切りにアスターホールで小休止。
まず栗橋の新駅の変わり様に吃驚、常に出る言葉は蓮田はなあ〜、
確かに駅前の区画整理といえ、道路といえ、田舎にしては(?)立派。
羨ましい限りの声も納得 アスターホールも木の香りが新しい文化施設でこれも羨望
アスターとは英語で野菊と言われ、英語に弱い私はヘエーと言うばかり。
和名は蝦夷菊 別名チャイナーアスターと言うそう、銀座アスターはその辺から命名したのかな。
さて、その後が音痴の私には苦手の童謡の作曲歌碑での唱和
会長さんの音頭で、「笹の葉さらさら」とか「かくれんぼ」もう一つは私の知らない歌、
ひとかたならぬ動揺した(?)のは私。
もう何十年前に習った小学唱歌なのに皆さんはスラスラと歌う
童謡の最後の締めが、「もういいよ〜」で解放される。
童心に返って清々しい雰囲気。
いよいよ午前の部の到達地「カスリーン公園」にて昼食となる
昭和22年9月15日に襲った台風の為利根川が決壊した記念碑があり、
当時の惨状を写した写真が残されていた。
当時の台風の呼び方は女性の名前を付けていた、余程占領軍のアメリカさんは
カミさんが怖くてヒステリー状態を台風に例えたのでしょうか?
これは女性蔑視の差別用語として消えた
自然災害の怖さをまざまざと見せつけられた想いのひとときでした。
ここぞ有事立法に生かして貰いたい教訓が有るはず。
午後は坂東太郎大利根川の河川敷を三々五々に歩き、帰路についた。
最後は栗橋駅前の静御前の墓に詣でて、説明を聞き悲恋のヒロインに想いを馳せ
「舞う蝶の果てや夢見る塚のかげ」と歌われた石碑に合掌。
いつの世もヒロインは悲しくはかなさを感じさせる。
最後に恒例の ビールを飲もう、ビールを回せ、否 買お〜うとなり、
私新兵は隊長のお供をして東武ストアーに買い出しに、 ビールの味は格別でした。
これがあるから参加している会員も大勢いるのでは? 無事事故もなく全員帰蓮。
先ずは雨にも降られず良いウォークでした。幹事に感謝致します。
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皇居東御苑から交通博物館、湯島天神へ(H14.2.23)
市ヶ谷駅改札をでる。いつもの様には混み合っていないが、それでも
乗り降りする人が多い。
靖国神社に靖国通り側から入る。正門からでない。木々にそれを寄贈した
人々の名前札下がっている。○○陸軍士官学校というのもあった。
日本にも士官学校があったのかと改めて思った。桜が咲いていた。
小岩井さんが「緋寒桜」と教えてくれた。
拝殿で各自頭をさげる。どのような思いで拝んだのか。
工事中の参道を大鳥居に向かう。途中大村益次郎の銅像がある。
北の丸公園にはいる。法隆寺を摸した日本武道館ある。名前の知らない女性
歌手のコンサートがあるようだ。科学技術館には寄らない。
皇居東御苑の入口で、警備の警官に呼び止められる。天主台に登る。ここに
5階6層の天守閣があったとは驚きである。きっと江戸中から見えたのではないか。
御苑内をまわる。松の廊下で往時をしのび汐見坂を下る。すぐ近くまで海があった
のだろう。
全国の県木のある一角にでる。やはり埼玉県の木「けやき」をさがす。けやきを県の木に
しているのが3県あった。大手門をでてビルの谷間にある「平將門の首塚」へいく。
ここに、これから行く神田明神の幟が立っていた。
小川町をとおり交通博物館である。その前に昼食ということで、各自そばやさんとか
カレー屋さんに行く。
交通博物館は興味のある人には楽しいのだろうが、そうでない人には詰らなく、時間を
持て余したようだ。館内の映画室で一休み(眠る)の人もいたようだ。
そのあと、湯島聖堂、神田明神、湯島天神をまわり帰途につく。
上野駅では予定より1本はやい電車に乗った。
今日は第4土曜定例ということでゆっくり歩いたが、却って疲れてしまったようだ。
蓮田駅で挨拶。近くの居酒屋「庄屋」にいく。参加者は10名である。
今日の出席者19名の半分が飲みに来ている。みな騒ぐのが好きである。
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冬の鎌倉江ノ島ウォーキング (H14.1.23)
三 谷 得 起
本日の天気予報は午後夕方近くより、雨もしくは雪の予報。
帰りまでには、天気が崩れないことを祈る気持ちでスタート。
蓮田駅7:35のホリデーパスに、男性9名女性8名が乗り込む。
この電車は池袋・新宿・横浜経由の逗子まで直通で走る。
生憎土曜日ということで、全員が座席に座れたのは新宿から
後は車窓を眺めながらのお喋りに花が咲いたところで、鎌倉
に到着。これよりウォーク開始、少人数のため行動が素早い。
粋な名前の小町通を抜け、一路鶴岡八幡宮目指す。
全員寒い寒いの連発、冬の鉛のような曇天のなか行進する。
鶴岡八幡宮の境内で記念写真、すぐ若宮大路から下馬交差点を右折、
由比ヶ浜大通りを歩き、鎌倉の大仏を拝観する。
心なしか大仏さんは寒さに青ざめているように見える。
大枚20両の拝観料を寄進して、お恐れ多くも大仏の胎内に潜り込む。
何と狭い胎内、30人も抱えこめないほどの広さ、中は環境大気汚染の測定とか、
強化プラスチックにとる補修など無粋な裏舞台を見せられた。
地下の源頼朝もこの建立を提唱した侍女と共に苦笑しているのでは?
大仏をバックに全員記念写真撮影、修学旅行以来。
来た道を引き返し、長谷寺に集合、昼食をとる。
寒さの為、暖かい食事をと、各自食堂に分散、男性陣の一部は中華食堂等へ。
昼食後由比ヶ浜・稲村ヶ崎と歩行中、ついに雨が降り始める。
ボート遭難の碑に付く頃は相当雨足も強くなり、天気予報の外れを恨む。
七里ヶ浜の海岸の眺めも雲に遮られ遠景は全て雲、
海岸でウィンドサーフインとかヨットの帆影がかすかに見え、
今にも雨から小雪に変わりそうな空のなか、江ノ島が見える場所に到着ゴールとなる。
帰りは、江ノ電に乗り鎌倉駅へ、古都鎌倉の街へショッピングと繰り出し、
Yさんお勧めの鎌倉の納豆をお土産に帰埼。
鎌倉で納豆? 水戸に行ったんじゃないのとカミさんに疑われる。
もう一つYさんお勧めの漬け物「味くら」 ここの漬け物は試食した。
実に上品な味で旨い。帰りの電車の中でワンカップのお摘みには最適。
早めに腹の中に仕込んだアイさん良かったですね。
電車でのお新香・お摘み差し入れなさった方、ありがとう。
また食いしん坊の思い出が増えました。皆さんお元気で。
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羽生の田舎教師を訪ねて
(H13.12.9)
三 谷 得 起
快晴の日曜日、
7時20分蓮田駅東口集合 総勢29名 男性がその内12名 今日は多い
東武電車で久喜から羽生駅まで、駅から歩く
今日の行程は17km 蓮田市歩こう会としては長丁場。健脚そろいだからまああ良いか。
埴生の宿と言う歌と混同して羽生のことかと勘違いしていましたが、
まるっきり違うそうで言わなくて良かった。
本日のメインエベントは田山花袋の「田舎教師」が舞台、
中学生の頃 文学児童?だった小生読んだ記憶があるが、
今はすっかり忘れ、「蒲団」も読んだという記憶位でお寒い始末。
何とか辿り着き「田舎教師」のブロンズ像の前で記念写真。
像は意外に小さく、それに6kmも通学 するのに下駄を履いていたのには同情。
良く飯を食べさせて貰った「お種さん」の資料館
後日小説のモデルになった人とは言え、よく遺品が残っていて、
蓮田の人も誰か資料館に名を残せる人いませんか?この年では多くを望めないと変に納得。
将来蓮田歩こう会が100年ぐらい続けば、初代会長榎本記念館は出来ると思う。
水族館廻りより、レストランの一杯の生ビールとうどんの美味かったこと、が記憶に残りそう。
今日は3回記念写真を撮った。田舎教師の像と水族館最後に万願寺、
間違っていたらボケが始まっている証拠
それにしても、村山さんご夫婦は、愉快なリードで怪我もなく全員無事帰蓮、
本当にご苦労様でした。心から多謝いたします。
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トトロの森ウォーキング
(平成13年10月14日)
榎 本 耕 三
西武球場前駅をおりる。あまり降りる人がいない。
ましてやトトロの森方面に向かう人は皆無である。
駅前のコンビニに寄らず約200M先のローソンに寄った。昼食の弁当を買う人が多い。
自分の考えでは、昼食に手作りのお弁当を食べるのはひとつの楽しみである。
しかしそのために奥さんが御主人より先に起きてお弁当を作るということは
気に入らない(反対)のである。
弁当を作るのはひと仕事である。前日に作っておくというのなら分かるが。
そこで、ウォーキング案内には昼食に弁当を売っているところをなるべく記載するようにしている。
その土地の名物弁当があるかもしれない。(ここは余談)
ローソンから車道を横断し狭いみちを進む。
すでに渡してあった案内地図をみている人は少ない。また、車道を横断する。車も少ない。
ようやく、舗装道路がきれトトロの森に入る。
入り口にここトトロの森の説明看板があった。
そこからまっすぐな階段である。なんなく登ってしまうとあとは平坦な道である。
この道をすむと左方向に右方向に枝別れした小道がある。迷いこんだら戻れそうもない。
堀口天満天神社につく。しばし休憩。シャツを脱ぐ人。あめ玉を取り出すひと。
そこから舗装した小道をすすむ。分岐にである。下見のときに見逃したところである。
ここには標識や案内もなく絶対に迷うところである。
ここは右折するのであるが直進したところに説明看板があるので誰しも直進してしまう。
不親切である。
少々のアップダウンをすぎてゴルフ練習場よこにでる。
トトロの森というと、静寂な森を想像するけど、近くに学校があったり、車輌の音が聞こえたり、ゴルフ
ボールの音がする予想に反するところである。
駐車場わきを下っているとき、「滑りやすいから、注意しなければ行けないよう〜」と後続の人に声を
かけながら自分が滑り落ちてしまった。不覚である。恥ずかしい。
ここでトトロの森の中のウォーキングはおわりである。
大きな藤棚がある藤森稲荷神社脇をすぎ廃棄物処理場、浄水場を通ると工事中の狭山湖に出る。
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暑かった (彩湖ウォーキング。H13.9.16)
榎 本 耕 三
天気予報では曇り、それほど暑くはならない予報であった。
西浦和駅を出て、新大宮バイパスをすぎる頃汗が噴き出してきた。
土手をのぼると彩湖がみえてくる。以前埼京線の電車からみた風景とはまったく違っていた。
県内の近場にも素晴らしいところがあるものだと改めて感心する。
彩湖の脇のアスファルト道路を歩く。車はこない。ローラースケートを楽しむ親子や若者がすれ違って行く。
彩湖は調整池であるがあたかも幅の広い河のようである。
向こう側は荒川の土手だ。
彩湖自然学習センターを出て、管理橋を渡り土手をのぼると荒川である。
消防車がゴルフ場のグリーンを水洗(?)している。
先日の台風の影響で、水位があがり、あちこち木々にゴミがぶら下がったままである。
笹目橋下をくぐり、土手にのぼると戸田競艇場が見える。いくらか歓声が聞こえる。
今日も開催しているようだ。
昼食の戸田公園につく。予定していたベンチは既に観客でいっぱいである。三菱レガッタの看板がある。
オール三菱の大会である。この時期に大会とは、やはり三菱というべきか(?)。
戸田橋をわたると、すぐに浮間舟渡公園である。
恒例の打上のビールである。
この暑さで、ビールが本当にうまい。
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彩湖で最高に暑い
本日は彩湖から浮間舟渡公園ウォーキングの14.5km歩行、
朝から張り切って7時前には蓮田駅に到着、しかし2〜3人しか集まっていない。
今日は中止ですかととんまな質問を、どうやら集合時間を間違えた様子、
無事7:30 には21人集合し彩湖に向かう。
今日は野中さんがリーダーFさんは所用があり欠席。
彩湖は西浦和をから歩行30分程度で景色は最高暑さも最高、無風で湿気が
多く汗も噴き出ました。
埼玉には海が無いと思っていたら、博識の某さんから浦の字がつくというのは
昔海が有ったから・・納得
自然学習センターを訪れ、小学生の女の子から雷魚を教えて貰う。
そんなことすら知らなかった無学の爺、小学生以来昆虫標本など見たことが
無かったのに60歳にして再び学習、これぞ60の手習いか?
館内は冷房がきいて息を吹き返した感じ。
その後は延々と暑さの中堤防を歩行して戸田公園で昼食、
ここは木陰と川面からの涼風に暑さを忘れた昼食を桜の木の下で、毛虫を気に
しながら、(特にYさんは)
さらにグレート三菱グループのレガッターを生で観戦。
この不景気にこれだけ余力のある三菱に敬服(内心は羨んで)した。
女の子がボートを漕ぐなんて、か弱き淑女なんて昔の話。
今は男共を叱咤号令・・・ああ無情 もっとも船は女性なんだから当たり前かな
午後は1時間の歩行、東京に侵入(お上りさんと云う人もいたが)
浮間公園で恒例の最後の仕上げ。あまりの鳩の集団にこちらが
お目目パチクリしました。人間が餌をあたえる為パラサイト鳩に。
最後にリーダーに改めて御礼申し上げます。この糞暑い(下品)なか
完歩された皆様お疲れさまでした。
これに懲りずにまたお会いしましょう。 三ちゃん記 (H13.9.16)
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隅田川橋めぐり
(勝鬨橋から桜橋へ)
日時 平成13年7月8日(日)
空梅雨の好天気に恵まれ、当日の参加者女性6名、男性10名総勢16名の小グ
ループで蓮田駅を7:00スタート。
本日のリーダーは長老のNさん。上野駅から少し歩いて大江戸線に乗る。大江戸
線初体験者もいて日曜日の乗客の少ない電車はのんびり気分。
最初の渡り初め(?)は勝鬨橋、今は開閉がないそうで、勝ち鬨も聞けず、佃島に
掛かる佃橋 さすがに佃煮の店が目に付き、佃煮で一杯なんて人も。次が中央大
橋、永代橋、日本橋永代蔵なんぞ井原西鶴の話を思い出す。隅田大橋の次が隅田
川で一番美人橋清洲橋でした。
新大橋をわたり浜町公園で小休止。そのあと両国橋から蔵前橋へ往年の蔵前の賑
わいはあとを止めず寂しい限り、それでも厩橋を過ぎ駒形橋をみて、駒形どぜう
の話が出る頃には俄然空腹を覚え、雷門の門前市をなす人混みの中で、昼食とな
った。勿論Yさん推薦の天ぷらソバ あいにく「私は貴方のそばがいい」なんて
人もおらず、有志6名の参加。天定では生ビールで喉を潤し〔約?名〕 食後は
仲店を冷やかし浅草寺で神妙に祈願、浅草ロック座から電気ブランのバーを横目
で身ながら午後の旅程に入る。
吾妻橋から言問橋(諸先輩には懐かしい歌詞)をわたり終着橋桜橋をX状に往復。
どなたか云っていました.今日は歩こう会じぁなくてわたろう会だ、それも端か
ら端まで?
焼け付くような炎天下、一名の落伍者もなく下谷稲荷神社で打ち上げんの乾杯。
それにしても綺麗な隅田川の堤防下にホームレスの豪邸がなんと多かったことか。
幸い川面の涼風に身も心もリフレッシュする思いでした。今日の下見をされた幹
事さんと案内役のリーダに心より御礼申し上げます。次回もビールが楽しみ。
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多摩川と日野市を訪ねる
日時 平成13年6月10日(日)
蓮田発:8:13蓮田駅プラットホームで新入会者(三谷 得起)の紹介あり、新宿駅行きの電車に全員乗り込みいざ出発となる。
JR新宿で京王線に乗り換え、急行聖蹟桜ヶ丘駅で(9:50)普通電車に乗り換え百草園
で下車(9:52)。早速トイレ休憩後、七生丘陵から百草園に向かって歩行開始。
この百草園は京王電鉄が管理、昔織田信長によって殺された徳川家康の長男信康の冥福を祈って造営された由、まさに新緑の森 森林浴を満喫する。
この百草園の案内ではこう書かれています。
江戸時代から語り継がれる名園、百草園。
現在も豊かな自然を残す多摩丘陵。その一角に佇むのが、百草園です。素晴らしい眺望が楽しめる園内には松連庵、三擽庵をはじめ若山牧水の歌碑、松尾芭蕉句碑などが四季の草木に彩られ、訪れる人を飽きさせません。さらに、2月〜3月に咲く800本の梅は見事で、梅の名所としても親しまれています。
江戸時代から今につづく歴史の地、百草園。
江戸時代の亨保年間(1716年?)、小田原城主大久保候の室、寿昌院殿慈覚元長尼が徳川家康の長男・岡崎三郎信康追悼のために松連寺を再建し、それに伴ってつくられた庭園が百草園です。また、園内の有名な寿昌梅は寿昌院殿慈覚元長尼がこの時自ら植樹したと伝えられています。明治初期に廃寺となり、地元出身の生糸商人が所有し、昭和32年に京王電鉄に移管され、現在に至っています。
幾多の文人たちに愛された文学の庭、百草園。
江戸時代の文化、文政の頃(1804〜29)の頃は、多くの文人、茶人などがこの地で句会や茶会を開きました。明治には、この地で若山牧水が恋人の小枝子との失恋を歌にし、歌集「独り歌へる」をつくりました。この地にも、北村透谷、徳富蘆花などの文人たちが訪れています。
この百草園をあとにし、百草園団地を経て高幡不動尊へ到着、丁度あじさい祭りの真っ最中で、人混みのなか、山内四国八十八ヶ所巡りにはいる。
幾多の色とりどりのあじさいが、今を盛りに咲き誇っているなか息を弾ませアップダウンを適当に札所を飛ばし歩き抜く。
この高幡不動尊のゆかりは次のように云われている。
真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古くから関東三不動の1つに挙げられ、高幡不動尊として親しまれています。
高幡不動尊の草創は様々な伝えがありますが、平安時代初期に慈覚大師円仁が清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定め、山中に不動堂を建立し、不動明王をご安置したのに始まるというのが確かなようです。
のち建武2年(1335)8月4日夜の大風によって山中の堂宇が倒壊したので、時の住僧、儀海上人が康永元年(1342)麓に移し建てたのが現在の不動堂です。この不動堂は、続いて建てられた仁王門ともども重要文化財に指定されています。
室町時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれて、鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊崇を集め、江戸時代には関東十一壇林に数えられ、火防の不動尊として広く庶民の信仰を集めていました。
門末三十六ヶ寺を従え、関東地方屈指の大寺院であったのですが、安永8年の業火によって大日堂をはじめ大師堂、山門、客殿、僧坊を一挙に消失してしまいました。
その後、歴代の住僧の並々ならぬ努力により徐々に復興に向かい、特に昭和50年代以降五重塔・大日堂・鐘楼・宝輪閣・大回廊・奥伝などの工事が相継ぎ、以前を凌ぐほどの寺観を呈するようになりました。
日本一と称えられた重要文化財の丈六不動三尊は現在、(財)美術院(京都国立博物館内)で修復作業中で、平成14年春にご帰山の予定です。
解説に長き時間をとられ竜頭蛇尾に終わりましたが、良き一日を多謝す。
天気は梅雨時といえ雨にも遭わず、道中無事に蓮田駅に帰り着きました。
日頃の行いがよいからと自惚れたら、あにはからんや蓮田駅では強い雨に見舞われ嗚呼無情。
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金沢八景を歩く(平成13年3月11日)
○ ○ ○ ○
強い寒波がやってきているので当日の天気がどうなるのか、毎日天気予報を見ながらやきまもきしていました。朝起きると天気はよいが、寒そうだということで防寒対策には万全を期し、霜ばしらを踏みながら家を出た。
金沢八景を訪れるのは初めである。比較的近い場所にありながら、今まで足を運んだことがなかった。地名の響きから想像をふくらませ海岸線の美しい場所かな?などと勝手な思い込みをして、金沢シーサイドラインの並木中央駅に降り立った。野口記念公園で当時の検疫所の「細菌検査室」を見学し、金沢海辺の散歩道を歩いた。海を埋め立てた水際線緑地に沿って遊歩道が造られており、風は少し冷たいが好天に恵まれすばらしく気分のよいウオークを楽しむことができた。昼食は途中小さな公園の芝生の上で摂った。昼食後暫く歩いて、街中に入り、北条家ゆかりの「金沢文庫」と「称名寺」を訪れた。書籍を手に入れることが難しかった時代に「北条実時とその子孫」が集めたものを、建物を造り文庫として保管したという大変貴重な歴史遺産である。また金沢北条家の菩提寺である「称名寺」ではお寺の保存にまつわる苦労話をボランティアガイドから聞き、場合によっては裏山が切り崩され新興住宅地に変貌していたかも知れない様子を想像して感慨にふけった。当日夜のNHK連続ドラマ「北条時宗」の番組の最後に解説される映像で、称名寺が取り上げられ、数時間前に見てきた風景が映し出されたのには偶然とはいえ驚いた。
金沢八景は中国の僧心越禅師が中国の瀟湘八景になぞらえて絶賛したことからついた地名であるとリーフレットの説明にある。やっと納得がいった。昔は「安藤広重」も絵にしたほどの絶景であったと云われるが、今は地名にのみ面影を残している感じである。しかし住んでみてもよいなと思う環境であることは間違いない。
「海の公園」の人工砂浜を昔の風景に想いを馳せながら歩き、故郷山陰の海岸の感触と重ね合わせ幼い頃の記憶を辿るひとときを過ごした。
1日遅れれば雪が降ったということを考えると、今回のウォーキングは天候や、タイミングに恵まれたすばらしい1日でした。
以 上
第116回定例ウォーキング日記(H12.04.02)
岩間町愛宕ハイキング
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何時もの通り蓮田駅集合である。日曜の早朝で乗客もまばらである。
ただ、改札口前は会員でにぎやかである。会費を徴収する人。久方ぶり
を挨拶する人である。
今日は青春18キップを利用してのウォーキングである。一人2,300円
である。まともに切符を買うと 3,240円かかる。かなりの割引である。
何時も利用する東北線、今日は下りである。栗橋をすぎ利根川の鉄橋に
かかると、左手かなたに見慣れた日光男体山が特徴のある山容で迎え
てくれる。左手には筑波山がみえる。
小山駅で水戸線に乗り換える。水戸線には急行は走ってない。各駅停車
の列車ばかりである。小山駅を発つとしばらくして大きな筑波山が現れ
る。特徴ある双耳峰である。この筑波山は関東地方ならあちこちから
見える。
歩こう会ではまだこの筑波山には登ってない。近いわりには交通が不便
だからである。いずれ行きたいものだ。
水戸線は関東平野の北部をトコトコと走る。捨てがたい路線である。
友部駅で乗り換えである。短い乗換え時間内に立ち食いそばを食べてい
る会員もいる。意外に立ち食いそばはおいしく食べられるもので、特に
時間がなく急いで熱いそばを食べるときがそうである。
岩間町に降りる。駅前はタクシーが待っているとか、コンビニがあるよ
うなところでなく静かな街である。
駅前をまっすぐいき、案内板のある左手方向に進む。結婚式場の先で山
に取り付く。ひさびさの山道ということになる。すぐに息切れがしてく
る。体重が90キロ近い。平均の人より20キロ以上重いものを背負ってい
ることになる。途中少し休憩しさらに登りがつづく。左手の愛宕神社へ
の階段を登る。またすぐに息がきれる。以前はこんな階段はへいきだっ
たのに。神社少し手前で参ってしまった。女房殿がザックを背負うから
という。ザックを渡すとすぐにひとりで登り始めた。頂上につき振り返
ったとき、背負っていたのは佐藤さんだった。神社裏手の階段を降りる
と広場(駐車場)である。これからさきの展望台まで、トイレがないと
いうことで済ます。広場から進むと砂利道となる。右手かなたに展望台
がみえる。あそこがめざす展望台といわれたとき、何人かの”ウッソ〜、
本当なの”の声が聞こえた。たしかにかなり登ったところにある。あく
せくしながら登る。男道、女道とあるところは迷わづ女道を歩いた。
展望台からはよく見える。涸沼や霞ケ浦まで見通せる。ここで休憩で
ある。約1時間。展望台を去るまえに全員で記念撮影。おもいおもいの
格好で展望台にすがり付く。出来た写真は引き伸ばさないと良く見えな
いに違いない。
広場に戻ってくる。サクラ広場という。まだ桜の花には少しはやい。
そのさくら広場にある滑り台で滑っている大人がいた。青山さんである。
しかも2回も滑っている。戻ってきてオシリが痛いという。ローラーで
マッサージしているようなものである。さもありなん。
そっからは舗装道路を岩間町まで下ってくる。途中のスーパーで缶ビー
ルを買う。1本189円である。駅前の広場で何時ものようにに打ち上げ
である。いつ飲んでもビールはうまい。
帰りの電車の中は、皆さんよく眠っている。水戸線では、中村さんと
佐藤さんがよくおしゃべりをしていた。
蓮田駅には予定より1時間くらいはやく帰って来た。
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第117回定例ウォーキング日記
秩父美の山公園ハイキング
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蓮田駅7時30分集合である。もうほとんどの参加者が来ている。切符
は佐藤さんが購入している。参加者は34名である。そのうち初めての参
加者は3名である。紹介は時間がないので大宮駅か熊谷駅ですることにし
た。大宮駅乗換え熊谷駅である。熊谷駅では予定時刻より早い電車に乗る
予定であったがトイレタイムのためやはり時刻通りになってしまった。秩
父鉄道の列車にはトイレが無いのである。駅のホームで初参加の吉田さん、
佐藤さん、高橋さんを紹介する。
秩父札所めぐりの時はよく秩父鉄道を利用したものである。長瀞をすぎ
荒川をわたって親鼻駅に着く。自然観察の会や黄色い入間市歩こう会の旗
が見える。駅のトイレは混んでいた。我々は駅の改札口を通らずに、反対
側に線路を横切って駅の外に出た。すぐに万福寺である。駅でトイレにい
けなかったので、ここのトイレを借りるようにした。これは黒川さん達の
下見調査のおかげである。すぐに山道になる。いつもであればこのくらい
の坂道は苦にならないのに、今回はすぐにバテてしまった。ザックを植草
さんに担いでもらった。ザックがなくなっても足取りが重い。普段歩いて
ないので足が弱ってしまったらしい。会長として申し訳ない思いである。
山つつじの咲いているところや、展望台にきても写真を撮る気にはならな
かった。山つつじは群れをなして咲いているよりも、ところどころで咲い
ている方が好きだ。以前二本木峠で見たつつじはきれいだった。
ここら辺から舗装道路となる。近道をいく人もいる。緑の花を咲かせる
桜の木があると言うので見にいく。もうほとんど散ってしまって余り見栄
えのするものではない。
雨が降ってきたが濡れるほどではない。展望台の下で昼食とする。おに
ぎりは今朝途中のセブンイレブンで買ってきたものである。なにを食べて
美味しい。昼食をすませ足も軽くなった。トイレ等を済まして1時15分
集合である。展望台の前で全員の写真を撮る。そこからすぐに黒谷駅方面
への下りとなる。あと一時間くらいこの公園を散歩していたい気分であっ
たが、時間がないので下っていく。坂道は意外にきつい。ここを登ってく
るにはちょっとしんどい。途中で入間市歩こう会の人に会う。埼歩協の入
会のことで聞く。イベントのたびに10人くらいの応援の要請がああるら
しい。それでは入会できそうもない。
坂の途中で小休憩である。水を飲んだりチョコレートを食べたりする。
景色もよく秩父市やいたいたしい武甲山が見える。はるかに音楽寺(?)
も見える。また下る。和銅開珍の銅の採掘跡に寄る。下ると黒谷の町にで
る。国道140号線である。駅はそこから100mくらいである。男性3
人でビールを買いにいく。駅に戻ると駅前で大根などの漬物を売っていた。
ビールは駅の中のベンチで飲もうと言うことで中にはいる。ところが今日
の幹事の前川さんがフリーキップを落としたらしい。やむを得ないので切
符を買ってはいる。ところがそのすぐ後、そのフリーキップを山の上で拾
い届けてくれた男性がいた。ほんとうに奇特な方もいるものだ。タイミン
グもよかった。あと5分も遅れると電車に間に合わなかった。SLが通る。
あわてて写真を撮る。機関車の運転士が手を振る。乗客はほとんどいない。
空が急にくもってきた。つめたい風が吹き始めた。あめが降りそうな気配
である。電車がみえた。最後部の車両にのる。発車するとまもなく激しい
雨が降り出し。次の皆野駅から乗ってきた方は傘を差していたがびしょぬ
れであった。また雹が降り出した。畑一面に雹が積もってあたかも雪がふ
ったようである。初めての光景である。眠くなる。目さめたのは熊谷駅近
くになった頃である。
熊谷駅からの快速アーバンは混んでいるとのことで、2分後発の鈍行に乗
る。雨もほとんど止んでいる。大宮駅で乗り換え蓮田駅に到着。解散する。
予定より約30分早く帰ってきたことになる。
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