あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、
清い心で深く愛し合いなさい。
あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、
神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。
こう言われているからです。
「人は皆、草のようで
その華やかさはすべて、草の花のようだ。
草は枯れ
花は散る。
しかし、主の言葉は永遠に変わることはない。」
これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。
(ペトロ1、1:22〜25)
ある方からメールをもらいました。
そこには近況報告とともに「すべて神様のおかげです」とありました。
いろいろな苦しいことのあった方でしたが、どんな状況にあっても、主が共にいてくださるということを感謝する生き方をしているということが
よくわかり、うれしくなりました。
わたしはいつも「どんな状況にあっても神様が共にいてくださる」という話をしていますが、この言葉を先日、別の場所で聞くことができました。
先日、清瀬市のハンセン病の療養所で患者のケアをしているボランティア団体の記念礼拝があり、参加しました。
その礼拝には、宗教・宗派を問わず様々な人が集まり、共に御言葉を聞きました。
その中に、ハンセン病の方が一人いらして、お話してくださいました。
その方は「自分はクリスチャンではない」とおっしゃっていましたが、12歳で発病し、13歳でここに来て、今70歳代。
その間、病気、差別に苦しめられている、身体の90%に障害がある、
今回、この団体のFさんという方に自分がどれほどお世話になったかということをお話したくて、この礼拝に出てきた、ということでした。
この方は、世界中の多くのハンセン病の人たちと交流を持つことができたということですが、60年にわたる病との戦いということは
ほとんど全生涯ということであり、常に死と向かい合った生活であったことでしょう。
しかしその方は「この病気にならなければ、知ることのできないことがたくさんありました。
わたしは幸せです」とおっしゃいました。
「今幸せだ」と思わない人は、いつまでも幸せにはなれません。
最後にその方は「皆さん、どんな状況にあっても希望はあります」と結びました。
その方はFさんの、分け隔てのない、本当の愛にふれて生きてきたのです。
今日の旧約の聖書個所として、アブラムの旅立ちを挙げました。
アブラムは、神の言葉を信じ、75歳で生まれ故郷を離れて旅立ちました。
主はアブラムに言われた。
「あなたは生まれ故郷
父の家を離れて
わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし
あなたを祝福し、あなたの名を高める
祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し
あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて
あなたによって祝福に入る。」
アブラムは、主の言葉に従って旅立った。
ロトも共に行った。
アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。 (創世記12:1〜4)
この手紙を書いたペトロは、復活したイエスの「わたしを愛するか」という言葉が、いつまでも心に響いていたことでしょう。
ヨハネ福音書21章において、主イエスは、「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」と3度尋ね、ペトロは、「わたしが
あなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます」と答えました。
ペトロのその後の生涯は、それに答えた生涯でした。
過ぎ行くものばかりを求めようとする現代において、わたしたちがまず、かわらないものを見つめて生きていきたいと思います。
永遠に変わることのないもの、神の御言葉を今週も見つめて歩んでいきたいと思います。

説教:菊地丈博牧師