エフェソ書はピリピ書、コロサイ書、フィレモン書なとど共に、パウロによる獄中書簡です。
信徒に励ましと希望を与える書であると同時に、自らを奮い立たせるための書簡でもありました。
8月のこの時期は平和のことを強く考える時期でありますが、今この時にもどこかで戦争が行われています。
自国の憲法に軍隊を持たないと明記しているのは、日本とコスタリカの2カ国だけです。
コスタリカは、となりのニカラグアでの内乱などで、しばしば影響を受けそうになってきました。
しかし、アメリカの軍隊派遣要請に、当時のモンへ大統領は、自国が非武装中立国であることを宣言し、
世界の人々を大変感動させました。
次のアリアス大統領も、その意志を受け継ぎ、中米の平和を守るために貢献しました。
コスタリカの国家予算の20%あまりは教育に充てられています。
彼らは中米の中で識字率が高く、平和の教育を行っています。
そういった中で、隣国パナマも軍隊を持たないようにしようという動きが大きくなり、さらにはニカラグアでも軍事費を削減するようになりました。
また、コスタリカは、ニカラグアからの難民を沢山受け入れています。
もともと、コロンブスによって発見され、国境線を引かれるまでは、自分たちは仲間として、一緒に暮してきたのだから、
という考え方からだそうです。
争いは争いを生み、平和は平和を生む、そういった考え方に根ざしているのだと思います。
日本は戦後57年間。戦争をせずに経済発展をしてきました。
今、戦争を知らない世代が70%以上にもなっています。
一見豊かな国のようですが、どうでしょうか。
軍隊を持たないはずの日本の軍事費は、年5兆円以上を計上しています。
去年のテロ以降、自衛隊を派遣する、ということも行われました。
第2次世界大戦によってどれだけの人が苦しみ、亡くなり、また、なぜ広島と長崎に原爆が落とされるに至ったのか、
その責任は誰にあるのか、うやむやにされたままです。
日本はこれからどこに行くのでしょう。
今、わたしたちは、ひとつひとつのできごとを、流されることなく見据え、自分がどこに立っているのかを
絶えず確認していかなければなりません。
その際、わたしたちが何を基準に考えたらいいのか、というのが今日の聖書の個所です。
「信仰という盾」とは神の御言葉のことです。
連日、信じられないような事件が報道されます。
どれを信じて、それをどう判断していいのかわからなくなりますが、そのときわたしたちキリスト者は、神の御言葉を中心に据えて
判断できます。
詩篇119編105節に
あなたの御言葉は、わたしの道の光
わたしの歩みを照らす灯
とあります。
御言葉は道しるべなのです。
社会の評価、人の考えは移ろいやすいものです。
しかし、揺るぎのない神の評価があります。
主なる神の眼から見ると、同じ出来事が全く違うように見えてきます。
神の恵みとは、キリストによってわたしたちが新しい人に生まれ変ったということです。
そして、神様は、時が良くても悪くても、共にいてくださるのです。
人は、神の御言葉によって人となります。
わたしたちは、ゆるぎない神の御言葉、そして神の評価によって歩んでいきたいと思います。
それによってのみ、豊かな人生を送ることができます。
説教:菊池牧師
