7月7日の説教
キリストに対する畏れを持って、互いに仕えあいなさい。
妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。
キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。
また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。
夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のためにご自分をお与えになったように、
妻を愛しなさい。
(エフェソ5:21〜33)
エフェソ書には、わたしたちはキリストにあって一つである、ということが繰り返し書かれています
一つになるためにはどうしたらいのかという具体的なことが4章以下に記されているのです。
例えば…
だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、
神にかたどって造られた新しい人を身につけ、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。
あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。
キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、
あなたがたも愛によって歩みなさい。
箴言の30章18,19節には、神から知恵を与えられたというソロモンにさえわからないこととして、
天にある鷲の道
岩の上の蛇の道
大海の中の舟の道
男がおとめに向かう道
とあります。
また出エジプト記の十戒では、
隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ロバなど隣人のものを一切欲してはならない。
さらにヨハネの福音書には、イエスがサマリアの水くみ女と話していたのを見た弟子たちは「驚いた」と書かれています。
昔から、女性は男性よりも低いものとして、さらには奴隷や牛、馬と同等に考えられていたと思われます。
それに対し、エフェソ書ではすべての人に価値があり、尊く、互いに尊敬しあうべきだという教えが説かれているのです。
今日与えられた聖書個所には互いに「仕える」という言葉が使われています。
この言葉がふさわしいのかという議論はありますが、信仰者同士の結婚は年がたつにつれて絆が強くなります。
イエスさまの愛を受け入れた二人の生活は、自分は神の作品であり、神に愛されているということを知っているのですから、
自分を受け入れることができます。
自分を受け入れることのできる人は、妻・夫をも受け入れることができるのです。
神様から与えられた個性で自分自身の音色を出しながら、夫婦としてのハーモニーも奏でることができます。
それぞれの音をよく聞いて、なおかつ自分の音もそれに合わせていい音を出すことができるのです。
神から与えられた個性で自分の音色を出せる人、とは、他に依存しないで自立できる人です。
このように自立した人のみが愛を与えることができる人なのです。
この関係はキリストと教会の関係でもあります。
互いに自立しあって、いたわり支え、敬うことが大事だということです。
今週も主に感謝し、互いに愛し合い、尊敬し合いながら歩んでいきたいと思います。
(説教:菊池牧師)
