6月23日の説教
悪い言葉を一切口にしてはなりません。
ただ、聞く人に恵みが与えられるように、
その人を造り上げるのに役立つ言葉を必要に応じて語りなさい。
神の聖霊を悲しませてはいけません。
あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されているのです。
無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを一切の悪と一緒に捨てなさい。
互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、
赦し合いなさい。
あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。
(エフェソ4:15〜5:5)
牧師は御言葉に使える者ですが、本当に思っていることを言葉にするのはとても難しいことです。
しかし、神様の愛は言葉の表現を超えたところにあると考えたほうがいいでしょう。
「あの人の生き方を見ていると、やはり神様がいることがわかる」という存在になれれば、それは言葉を越えた伝道になります。
そんな人になりたいと思います。
日曜日に礼拝に来れば何だか安心する、神様の愛を感じる、というようになれば「ここに真実の愛がある」ということを示すことが
できます。
神の祝福を持った人にふれることによって、その愛が感じられるということ、それは、聖書ではこのエフェソ書に書かれています。
だから、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。
わたしたちは、互いにからだの一部なのです。
怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。
日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。
悪魔にすきを与えてはなりません。
盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。
むしろ、労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。
悪い言葉を一切口にしてはなりません。
ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を必要に応じて語りなさい。
これらの一つでも守れたらすばらしいことですが、どうでしょうか?
しかし、ここにはわたしたちには実現不可能なことが書いてあるのかというと、決してそうではありません。
あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。
と書かれてあるとおりです。
つまり「神に倣う者」になることによって実現が可能なのです。
コリント人への手紙には「信仰と希望と愛、この三つはいつまでも残る。その中で最も大いなるものは愛である」とあります。
わたしたちは神の愛を知り、神を愛することによって可能なのです。
人生の中で、いろいろな出来事の中で成功する秘訣は、最後まで希望を失わないことです。
与えられるまで求めつづけることです。
「信仰とは望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」(ヘブライ11:1)
愛に生きる人とは、いつまでも希望を失わない人です。
今週もそのように歩んでいきたいと思います。
(説教:菊池丈博牧師)
