5月12日の説教



彼らは女に言った。
「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。
わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であるとわかったからです。」

(ヨハネ福音書4:39〜42)



イエス様はサマリヤで一人の女性と出会いました。
その人は人生に疲れを覚えた人でした。
ある日、水を汲みに来たとき、イエス様に出会いました。
そしてイエス様と話しているうちに元気になり、他の人にそのことを伝えたくなりました。
人々は彼女の話を聞いて、イエス様を町にひき止め、二日間お話を聞きました。
聞いた人たちも元気が与えられ、「この人は神の子かもしれない」という確信を持ったのです。

聞くとはどういうことでしょうか?
ロマ書には「信仰とは聞くことから始まる」とありますし、ヤコブの手紙には「誰でも、聞くのに遅く、話すのに遅く、また怒るのに
遅いようにしなさい」とあります。
神様は耳を二つ、口を一つお造りになりました。
それは言う事の2倍聞きなさいということなのです。
では、何を聞くのでしょうか。
「あなたがたはわたしの愛する子供です」という神様の言葉です。
わたしたち一人一人は、神様のかけがえのない作品なのです。
エフェソ書には「あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい」とあります。
わたしたちが神に愛されている子供であるという事を聞くことが大切です。

次は聞いてわかる、とは何をわかればいいのでしょうか?
聖書を読んで、神様がわたしたちと一緒におられるということがわかればいいのです。
頭でわかるのではなく、心の底の本音の部分でわかるということです。
そうすると自分の不充分なところもわかってくるのですが、神様はそれをも包みこんで愛してくださるということを知るのです。
そこから信じる、という事が出てきます。
神様がわたしを包んでくださっているということは、神様と直接つながる、ということです。

神様と直接つながると、世の中のことに振りまわされなくなります。つまり、思い煩いがなくなります。

今求められている人は、揺るぎのない人です。
信仰に根付いて生きている人です。

わたしたちも神様に直接つながって、揺るぎのない人生を歩んでいきたいと思います。




                                                     (菊池丈博牧師)




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