5月11日の説教
また、イエスは言われた。
「ある人に息子が二人いた。
弟の方が父親に『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。
それで、父親は財産を二人に分けてやった。
何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、
そこで放蕩の限りを尽して、財産を無駄遣いしてしまった。
何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるものにも困り始めた。
それで、その地方に住むある人のところへ身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。
彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。
そこで、彼は我に返って言った。
『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどのパンがあるのに、
わたしはここで飢え死にしそうだ。
ここをたち、父のところに行って言おう。
「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
もう息子と呼ばれる資格はありません。
雇い人の一人にしてください」と。』
そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。
ところが、まだ遠くに離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。
息子は言った。
『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
もう息子と呼ばれる資格はありません。』
しかし、父親は僕たちに言った。
『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。
食べて祝おう。
この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』
そして、祝宴を始めた。
…(省略)
すると、父親は言った。
「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。
だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。
いなくなっていたのに見つかったのだ。
祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」
(ルカ15:11〜32)
野外礼拝でした。