3月2日の説教
使徒たちは帰って来て、自分たちの行ったことをみなイエスに告げた。
イエスは彼らを連れ、自分たちだけでベトサイダという町に退かれた。
群衆はそのことを知ってイエスの後を追った。
イエスはこの人々を迎え、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。
日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。
「群衆を解散させてください。
そうすれば、周りの村や里へ行って宿を取り、食べ物を見つけるでしょう。
わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」
しかし、イエスは言われた。
「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」
彼らは言った。
「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません。
このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」
というのは、男が五千人ほどいたからである。
イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。
弟子たちは、そのようにして皆座らせた。
すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、
裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。
すべての人が食べて満腹した。
そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。
(ルカ9:10〜17)
パンと魚の話は、すべての福音書の中にあり、似たものを数えると全部で6箇所になります。
この出来事が、弟子たちにとってどんなに印象深いことだったかがわかります。
伝道の1つは、外に出ていくことです。
12人の弟子たちは派遣された場所での伝道の働きから帰って来て、イエス様にその間の出来事を報告しました。
そして彼らはべトサイダに退かれました。
これは祈るため、です。
外へ出ていくことと同様に伝道で必要なのは、祈ることです。
しかし、イエス様に祈る時間はあまり与えられませんでした。
なぜなら群衆が後を追ってきたからです。
この時、イエス様は「喜んで」群衆を迎えたのです。
共同訳には「喜んで」という言葉は書かれていなくて残念なのですが、書かれてある聖書もあります。
イエス様は神の国を語り、治療をしました。
こちらの状況如何にかかわらず、来る人一人一人を喜んで受け入れることを、イエス様は弟子たちに、そしてわたしたちに
示されました。
さて、夕方になり食事をしなければならない時間になりました。
イエス様が「あたなたちが食事を準備しなさい」と言われたのに対し、弟子たちはその不可能さを主張します。
*人里離れた場所なので手だてがない。
*男だけで5000人なのに対して、パンが5個と魚が2匹しかない。
*すべての人たちのための食べ物を得るためにわたしたちだけで行くのは不可能である。
つまり現代風の言葉で言うと「環境が整っていない」「財力がない」「具体的な方法がない」ということでしょう。
わたしたちは「できない」という理由はたくさん挙げることができます。
「できる」という理由をあげるのはなかなか難しいと思っています。
この場面で普通に考えると、理にかなっているのは弟子たちのほうかもしれません。
しかし、伝道で大切なことの3つ目は、自分をはるかに超えた方の力が、私自身を通して確かに働かれるということを信じることです。
すべての道が閉ざされている時、天への道は大きく開かれています。
イザヤ書41章にこうあります。
あなたはわたしの僕
わたしはあなたを選び、決して見捨てない。
恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。
たじろぐな、わたしはあなたの神。
勢いを与えてあなたを助け
わたしの救いの右の手であなたを支える。
わたしたちはできない理由をたくさん出しますが、神は「恐れるな」と力を与え、励ましてくださるのです。
誰にでも主イエスの信仰・希望・愛が与えられています。
その主を仰ぎつつ今週も歩んでいきたいと思います。
(説教:菊池丈博牧師)