2月2日の説教
イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを
見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。
彼は立ち上がってイエスに従った。
イエスがその家で食事をしておられたときのことである。
徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。
ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに「なぜ、あなたたちの先生は徴税
人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。
イエスはこれを聞いて言われた。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。
『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』というのはどういう
意味か、行って学びなさい。
わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」
(マタイ9:9〜13)
マタイはヤコブと兄弟であると言われています。
しかし彼らは、歩む道が違っていました。
マタイは生きていくのに一番大事なのはお金だ、と思い徴税人になっていたのでしょう。
しかし、彼は自分の選んだ道を信じきれないでいました。
人も自分のことを理解してくれない。
もっと大事なことが他にあるのではないか?と思い始めていたのです。
自分で自分の問題を解決できない状況に彼はあったのです。
そこにイエス様がやって来ました。
そしてイエス様が「わたしに従いなさい」という呼びかけにすぐに従ったのです。
今日の聖書個所より前の部分では、イエス様のいやしの場面がえがかれています。
人のためにその身をささげている姿を見た人々は、「人間にこれほどの権威をゆだねられた神を賛美した」のです。
マタイの耳にもそのうわさは入っていたでしょう。
しかし自分には関係のないことだと思っていたでしょう。
そのイエスがやって来て、「わたしに従いなさい」と言ったのです。
この言葉でまことの救い、本当の喜びを知ったのです。
それまでは自分のことを、人々は罪人だと思っていた。
非難やさげすみの言葉をかけられた。
しかしイエス様は、今まで聞いたそんな言葉ではなく、許しと愛のこもった暖かな声をかけてくださったのです。
人生とは、本当の愛を知ることです。
そののち、ヨハネの兄弟ヤコブもイエスに招かれ、二人は和解しました。
本当の愛に触れると、人は変わります。
どんなことがあっても愛してくださる方がいるのです。
その方の名前はイエス・キリストです。
そしてその方が語りかけてくださる言葉が「わたしに従いなさい」という言葉です。
その言葉に素直に聞き従うとき、新しい人生が開かれます。
許しと慈しみと愛の中で語られるイエスさまの言葉を心に留め、今週も歩んでいきたいと思います。
(説教:菊池丈博牧師)