12月14日の説教


そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
そして、ザカリアの家に入って、エリザベトに挨拶した。
マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。
エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。
「あなたは女の中で祝福された方です。
胎内のお子さまも祝福されています。
わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、
どういうわけでしょう。
あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。
主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
そこでマリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも
目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人も
わたしを幸いな者と言うでしょう、
力ある方が、
わたしに偉大なことをなさいましたから。
その御名は尊く
その憐れみは世々に限りなく
主を畏れる者に及びます。
主はその腕で力を振るい
思い上がる者を打ち散らし
権力ある者をその座から引き降ろし
身分の低い者を高く上げ
飢えた人を良い物で満たし
富める者を空腹のまま追い返されます。
その僕イスラエルを受け入れて
憐れみをお忘れになりません。
わたしたちの先祖におっしゃったとおり
アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
マリアは、三ヶ月ほどエリザベトのところに滞在してから自分の家に帰った。

(ルカ1:39〜56)

アドベント第3週です。

人間的に見ればかなえられるはずのない願い、打つ手もないことの中にも、主の力が及びます。
人の力を超えて、神の力は静かに進行するのです。

ザカリアは24年に一度の香を焚く係に、約7800人の中から選ばれます。
民と共に祈る中で、妻が子供を身ごもったことを知らされました。

おとめマリアも、天の使いによって身ごもったことを知らされました。
彼女はそれを受け入れました。
マリアは幸せな婚約時期を送っていました。
その中に神の使いがきたのです。
とても信じがたいことでした。
誰よりも早くクリスマスを知らされたマリアにとって、この話は喜びというよりは驚きでした。
クリスマスの喜びは、それを全く予期しない人々のところへ訪れるのです。

その驚きを、聖霊の力が喜びに変えました。

マリアはその後、エリザベトの許へ行きます。
使いの言葉を確かめるため、そして、共に喜び合うために。
マリアとエリザベトは親戚でしたから、これよりも以前に、しばしば会っていたことでしょう。
しかし、この日の出会いはそれまでのものとは全く違いました。
マリアにあったとたんに、エリザベトのお腹の子が躍ったのです。
バプテスマのヨハネがイエスを感じ取った瞬間でした。
救い主を中心として、神の恵みを確認し合い、喜び合った瞬間でした。

48節以下をマグニフィカントといいます。
取るに足りないわたしたち一人一人の許に、主が共にいます、と言われていることを知り
喜ぶことがクリスマスの喜びです。

人の命が軽んじられている現在、
憎しみ、悩み、思い煩いに満ちた世の中、
イエスは母マリアの胎内から、わたしたちと同じ姿でこの世に生まれ、
この世の苦しみをつぶさに見ながら、生活されました。

このイエスの誕生を祝うクリスマスを今年も迎えることができる幸いを感謝しつつ、
また、主が常にわたしたちと共におられることを感謝しつつ、
今週も歩んで来たいと思います。

                                           (説教:菊池丈博牧師)


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