10月13日の説教

さて、かなりの日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算をはじめた。
まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。
『ご主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
主人は言った。『忠実なよい僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。
主人と一緒に喜んでくれ。』

主人は答えた。
『怠け者の悪い僕だ。わたしが巻かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。
そうしておけば、帰ってきたとき、利息付きで返してもらえたのに。
さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまで取り上げられる。
この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。
そこで泣きわめいて歯ぎしりをするだろう。』

(マタイ25:14〜30)



マタイ福音書が書かれたのは、紀元80年。イエスの十字架から約50年後です。
この頃は熱烈な再臨信仰が起こっていました。
なぜ再臨がこんなに遅いのかという焦り、疑いが渦巻いていました。
それを打ち消すために、マタイは力強く語らなければなりませんでした。
また、そのような中で何をやってもいいのだという考えに変わっていく人たちもいました。
マタイは、イエスはいつやってくるかはわからないが「必ず来る」、だから終末を考え「今」を生きることを語ったのです。

この聖書個所に出て来る「タラントン」というのは当時の普通の労働者の20年分の賃金と同額だそうです。
また、この「タラントン」というのは「タレント」と同義です。
神からいただいた個性、才能、という意味です。

さて、5タラントン、2タラントン預かった者は、自分の才能を十分に生かして、倍にしました。
ここでは金額の差は問題ではありません。
主人から与えられたものを、怠けることなく、自分の人生から逃げることなく働いたということです。
彼らは自分の能力に見合ったものを与えられたということを信じていたのです。

なぜ1タラントを預かった僕は何もしなかったのでしょう。
彼は、自分の能力に応じた金額を任されたということを信じることができなかったのです。
主人は無理なことを言う恐ろしい人だと恨んでいます。
神の意志よりも、自分の殻の中にいることを選んだのです。
神を信じることができませんでした。

やがて来る再臨のために「今」を精一杯生きる。
そしてやがて来るその日には、神と共に喜ぶ、ということが大切です。

他人と自分を比較して、自分を低く見て、自分を裁いている人、主体的に行動しない人は、
神を信じることをしない人です。

たとえ失敗しても、神はいつもそばにいて、支え、励ましてくださいます。

インマヌエルとは「神共にいます」という意味です。
マタイはイエス・キリストと共にある、インマヌエルの生活を力強く述べています。
愛されている人は、他の人を愛することができます。
イエス・キリストに愛されているということが、他人への愛へとつながるのです。
わたしたちが働くのは、愛されているという喜びの表現なのです。
それぞれに異なった賜物を与えてくださっています。
これは優劣をつけるためではなく、個性を愛するためなのです。

イエス・キリストが再び来るときまで、「今」を精一杯生きていきたいと思います。
そして天の国が来たら、神と共に喜びたいと願います。


                                                     (説教:稲垣千世神学生)



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