1 月9 日の説教

そのころ、また群衆が大勢いて、何も食べる物がなかったので、
イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。
「群衆がかわいそうだ。
もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。
空腹のまま家に帰らせると、途中で疲れきってしまうだろう。
中には遠くから来ている者もいる。」
弟子たちは答えた。
「こんな人里離れた所で、いったいどこからパンを手に入れて、
これだけの人に十分食べさせることができるでしょうか。」
イエスが、「パンは幾つあるか」とお尋ねになると、弟子たちは
「七つあります」と言った。
そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンを取り
感謝の祈りを唱えてこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちに
お渡しになった。
弟子たちは群衆に配った。
また、小さい魚が少しあったので、讃美の祈りを唱えて、それも
配るようにと言われた。
人々は食べて満腹したが、残ったパンの屑を集めると、七籠になった。
およそ四千人の人がいた。
イエスは彼らを解散させられた。
それからすぐに、弟子たちと共に舟に乗って、ダルマヌタの地方に行かれた。

(マルコ8:1〜10)


この出来事は6章の出来事とほぼ同じ出来事です。
となりますと、これにはどういう意味があるのだろうと考える人が昔から多く、
例えばアウグスティヌスは、使われている数字から、6章はユダヤ人に向けての話で、
8章は異邦人に向けての話であるとしました。
さて、マルコはなぜ同じような話を2つも記したのでしょうか?
同じような出来事が2度あったからではないか、とわたしは思います。
2度あったとき、省略せず2回記すということが大事なのです。
このとき、パンや魚をイエス様からいただいた人たちは、その出来事が
いつまでも記憶に強く残っていたことでしょう。

最後の晩餐のパンとぶどう酒が、いまでも記念として聖餐式という形で
行われていますが、実際最後の晩餐のときにイエス様のパンとぶどう酒に
あずかった人は13人だけでした。
後に弟子たちによって聖餐式が行われるようになりますが、弟子以外の人々にとって
パンをぶどう酒を受けるときに思い出すのは、あの山の上でイエス様からいただいた
パンとぶどう酒という具体的な記憶であったに違いありません。
この記憶が人々の心に残っていたからこそ、
このお話が二度も記録されたのではないでしょうか。

この出来事は、与えられた情況が圧倒的に不利な状況であったにもかかわらず、
イエス様によって打開されたものということができるでしょう。
神を通してなされる業は、わたしたちの思いを超えています。
わたしたちの「できない」という心が物事をできなくしているのです。

この少し後の記述で、弟子たちがパンがないということで議論をしている場面があります。
そのときイエス様は言われました。
「まだわからないのか」と。
5千人の群衆に5つのパンを分けたとき、パン屑が12の籠にいっぱいになったこと、そして
4千人の群衆に7つのパンを分けたとき、パン屑が7つの籠にいっぱいになったことを見ても
まだ悟らないのか、と。

自分に足りないと思うことが沢山あっても、その足りなさは宝物なのです。
その足りないところにこそ、神様の栄光が示されます。
パウロは自分のとげを取り去ってくださるようにと祈りましたが、イエスは言われました。
「わたしの恵みはあなたに十分である」と。
わたしたちの内のとげを通して、神は確固たる神の国を築こうとしているのです。


                                      (説教:菊池丈博牧師)



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