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<一知半解の独り言>
第458回 二十歳
平成13年1月21日
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“傍若無人”の成人式が話題になっていました。
新聞みたいに書いても仕方がないので、ちょっと切り口を変えつつ書こうかななどと考えてはいたのですが・・・。
青少年のマナー低下が年々深刻化しています。各地でその行事そのものの存在価値を問うなんて話もあるようです。
いろいろな試みがなされているようで、アンケートで希望者を募ってその人たちに行なう、という方法(静岡市)もとられたようですが、結局予定していた者の半分も何の連絡もなく来ない、なんて記事も目にしました。
また、成人式で新成人の悪行に腹を立てた市長が急きょ式典出席を取りやめるなどのトラブルが相次いでいたようです。
香川県善通寺市では、一升瓶持参で酒盛りを始めた若者に市長が激怒し、出席をドタキャンしたとか、埼玉県深谷市でも、あいさつに立った新井家光市長が会場の騒ぎに腹を立て、祝辞を書いた紙を壇上から投げ捨てる一幕があったということです。
クラッカーを目の前で鳴らして、逮捕されてしまったのはどこでのことだったでしょうか。
とにかく、“悪乗り”が目立つのは間違いないようです。
と、ここまでが長い“前フリ”なのです。
「二十歳」とはもちろん“はたち”と呼ぶわけですが、「二十」と書いても同じように読むのはご存知でしょうか。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・と読んでいって、“十(とう)”で始めて“つ”がつかなくなるのです。その後は、とうとひとつ、とうとふたつ・・・となって、“二十(はたち)”でまた読み方が変わるのです。
寿命も生き方そのものが変わってきた現在では考えられないことなのでしょうが、「二十歳」といえばもう立派な大人で、子供の一人や二人いても当たり前の時代があったのです。
同じような読み方に、二十日(はつか)という読み方もあります。
“はつ”“はたち”などの読み方は、どこから来ているのかというと、“果てる”ということから来ているようなのです。子供が、数を数えるときに1,2,3,4・・・といって数えられなくなると「いっぱい」となってしまうのと同じ感覚で捕らえていいのでしょうか。
20は果てしなく大きい数字といことになるのだと思いますが、そういう歳になってもあんな事件を起こしていては・・・。
またまた、川西さんからお便りを頂きました。
《はたち考》
>“はつ”“はたち”などの読み方は、どこから来ているのかというと、“果て
>る”ということから来ているようなのです。
言語学・国語学という科学の世界では、このような考え方は俗説です。
残念ながら万葉・古事記以来の日本語の範囲(古語までの範囲)では、ひとつ・ふたつなどの日本語本来の数詞の語源は「はたち」も含めて、正確にはわかりません。
言語学の仮説としては、数詞の語源に北方語語源、南方語語源などいくつかありますが、まだまだ仮説です。
「はたち」は「はた」+「ち」にわけられ、「ち」は「ひとつ」の「つ」と同じで「個」にあたる助数詞です。「みそち」(三十個)「いほち」(五百個)という語例があるそうです。三十歳以上の何十歳は「みそぢ」というように「〜そぢ」といわれますが、その「ぢ」は「ち」と同じです。
何歳の歳を一歳から九歳までは「ひとつ」から「九つ」と「つ」であらわされるのと同じで「はたち」となるわけです。
「はた」は「ふた」=2と関係があるだろうと普通いわれています。
倍数説という説があって「ひと」と「ふた」、「み」と「む」、「よ」と「や」と母音交替で倍数をあらわすという説があります。何十については三十以上は「みそ」のように〜そ(そ=十)とあらわされます。(五十は「いそ」以外に「い」という読みもあります=例 五十鈴いすず)「はた」は特別ですが「ふた」の母音交替形ではないかという説があり、いずれにせよ「ふた」と関係がないとは考えられないとされていますが古語の範囲では正確なところはわかりません。
「はた」+助数詞の例は「はたち」のほか、「はたたり」二十人、「はたとせ」二十年があり、他の数詞と同じです。二十日は「はつか」と特別に変化した形です。「か」は時間単位の「日」をあらわす古語で、助数詞として使われます。
他の場合は数詞+かですが、「はつか」と「ふつか」は特別に融合した形となっています。なぜなのか、古語の範囲ではわかりません。(助数詞の「か」はkaではなくukaだったという説もあります)