12月5日 契約の血 マタイ26:27,28

                 (マタイ26:27,28)

血判状

 NHK大河ドラマ「元禄繚乱」も大詰めになっているが、赤穂の浪人たちは、切腹させられた主君の無念をはらすために大石内蔵助に生死血判状を渡した。血判状とは盟約の印に指を切り血を流し、その血で印を押すことである。それは生死を共にする誓約の印、保証であった。
 江戸時代には誠実を保証するために指切りが行われた。指を切って誓約をするのである。子どもの指切りげんまんもこれに由来するらしい。

契約の血

 古代イスラエルにおいても、神と民が契約を結ぶ時、血の契約が結ばれた。旧約聖書によれば、イスラエルの民は神がエジプトから救い出された選びの民である。神はこの民に十戒と定めを与えこれを守るように命じられた。民は「守ります」と約束した。その契約の印として雄牛の血が流され神の祭壇と神の契約の書(戒めが書かれている)にその血が注がれ、イスラエルの民にもその血が注がれた。それは血による神とイスラエルとの堅い契約であった。

イエスの血

 イエス・キリストは十字架にかかられる前夜、弟子たちと最後の晩餐をとられた。それはユダヤの過越祭の食事であった。イエスはその席でパンを取り弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これはわたしのからだです。」また杯を取り、感謝の祈りをしてから弟子たちに与えて言われた。「みな、この杯から飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。」イエスはこれからご自分が十字架の上で裂こうとしている肉体を「パン」で表わし、流そうとしている血潮を「杯」で表わし、それを「わたしの契約の血」と呼ばれた。

契約の血

 イエスの言われる「契約の血」とはどういう意味だろうか。
 第一にそれは、イスラエルが羊の血を家の門に塗ることによって出エジプトしたように、新しい神の民はイエスの十字架の血によって罪の奴隷から解放されることを意味する。
 第二にそれは、新しい契約のしるし・確証である。イエスの十字架による罪の赦しは決して揺るがない御子の血によって確印された約束である。イエスの血は「罪を赦すために多くの人のために流されるもの」であった。この血のゆえに神はわれらの罪を赦される。新しい契約のしるしは動物の血によるものではない。「傷も汚れもない子羊のようなキリストの尊い血」(Tペテロ1:19)によるのである。キリストはご自身の聖血によって、一度かぎり完全に、永遠にわれらの罪の贖いをされた。

 黙想と適用
・イエス様は何のために血を流されましたか。(28節)
・御子の受肉の意味を黙想しましょう