| (ヨハネ14:8〜10抜粋) 父の家に住まいを ある人が《御国建設》というTシャツを着ていたので、そういう名前の建設会杜があるのかと聞いたら、そうではない。クリスチャンはみな神の国(御国)を建設する者なので、それをキャヅチフレーズとして《御国建設》とプリントしてあったのだ。確かに広い意味では、クリスチャンは神の国の建設に携わっている。しかし、神の国の建設者は人間ではない。神ご自身である。 イエス・キリストは十字架にかかられる前夜に、弟子たちに対して、彼らの場所を備えるためにご自分が天の父なる神のもとに行くと告げられた。イエスが十字架にかかりよみがえって天に帰られるのは、弟子たちのために天の住まいを用意するためであった。 父のもとに行く道 父の家・天国に住まいを得るにはどうしたらいいのか。満貫の住宅ローンを払っても天国で一分間も過ごすことはできない。あらゆる知識に通じ、どれほどの善事善行を積み、人からうらやまれる品格を身につけても、天国の門をくぐることはできない。人間の方法ではなく、神の方法によらなけれぱならない。イエスは言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)天下にキリスト以外に救いはない。こう言うとすぐ日本人は反論したくなる。キリスト以外に救いはない、などと独善的なことを言うから、キリスト教は日本人には受け入れられないのだ。もっとおおらかに、寛容になれ。よい教えに従えば、佛でもキリストでも、なんでも救われるのだ。この考えは人間には都合よく道理がよいかもしれない。だが、聖書の教えではない。この地球がひとつであり、あなたという存在もかけがえのないオンリーワンである。他のもので取り替えることはできない。それと同様、神は人類の救いの道、天国への道としてかけがえのないひとり子イエス・キリストをこの世にお遣わしくださった。私の罪をこの方に負わせ、私と和解してくださったのである。キリストこそが唯一の神と人との仲保者なのである。 父を見せてください 父なる神は霊である。目には見えない。目に見えない神をどうして信じられるのかと尋ねる人もある。「父を見せてください」と弟子のピリポが尋ねた。するとイエスは、「わたしを見た者は、父を見たのです」と言われた。イエスこそ目に見えない神が人間の姿になられたお方である。イエスの人格は神の人格である。イエスのことばは神のことぱ、イエスのなすわざは神のなすわざ、イエスの正義は神の正義である。イエスの愛は父なる神の愛である。義なる神はイエスを通して私たちと和解してくださった。もはや怒りや恐怖の神ではない。愛に満ち、あなたにほほえみかける父である。 《黙想と適用》 あなたの、神(父)に対するイメージや自分に対するイメージを語し合ってください。 |