6月8日「新しいひとりの人」(エペソ2:11〜22)
(エペソ2:14〜18)

平和の要(かなめ)

 もう梅雨に入ったが、来月には北海道の洞爺湖で地球環境サミットが開かれる。地球温暖化や食料、エネルギー問題等が話し合われるという。地球の温暖化により生態系が崩れさまざまな異変がいたるところで起こっている。地球が調和を失い、このまま放置すれぱ地球は人が健康で住むことすらできなくなる。人間によって破壊された地球の調和を取り戻さなければならない。
 調和は人間の健康にもキーワードとなる。病原やストレスによって心身の調和が崩れると病気になる。体調が悪くなる。人間の杜会生活でも人間相互、また自分自身との調和が崩れるといろいろな問題が生じてくる。ヘブライ語ではこのような調和・平和をシャロームと呼ぶ。ユダヤ人は挨拶に“シャローム(平安あれ)”と呼び交わす。シャロームは聖書の中心テーマだ。神との平和、自分自身との平和、人と人との平和、人とこの世界・宇宙との平和。その壮大な平和の要(かなめ)はイエス・キリストご自身である。とりわけキリストの十字架である。

一人の新しい人

 使徒パウロは紀元61年頃ローマの牢獄から小アジアのエペソにある教会に手紙を書き送った。これが『エペソ人への手紙』である。この手紙には教会とはどのようなものであるかが記されている。教会とは「キリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところ」(工ペソ1:23)である。教会とは建物ではない。キリスト信者の共同体である。キリストがかしらであり、教会はキリストのからだである。からだであるから有機的一体性をもっている。
 教会は最初はイエスの弟子であるユダヤ人たちから始まったが、やがてユダヤ人以外の異邦人と呼ぱれる人たちもキリストを信じて教会に加えられることになった。当時の文化的・宗教的背景からすれば、ユダヤ人と異邦人の間には、彼らを隔てる大きな固い壁があった。それはユダヤ人が持っていた戒めの律法であった。ユダヤ人はそれによって自分たちを他民族から区別し、彼らを律法を持たず守らない者として軽蔑し敵意を抱いていた。異邦人もそのような偏狭な民に敵意を抱いていたのである。
 しかし、キリストが来られ、すべての罪人の身代わりとなって死なれた。そして律法によらず、ただイエスを信じる信仰によってユダヤ人も異邦人も救われたのである。律法によって生じる敵意は葬り去られた。神はユダヤ人と異邦人という敵対し異なる人たちを十字架によつて「一人の新しい人」に造り上げてくださったのである。それは妥協の産物ではない。キリストによる完全な融和である。もはや異邦人もユダヤ人もなく、男も女もない。みなが一つ神の家族なのである。

《黙想と適用》
 あなたはキリストのからだに属していますか。どうしたら一つになれますか。