| (使徒16:4,5) 宣教力UP 2008年度の私たちの教団の標語は“宣教力UP”である。最近、“鈍感力”とか“管理力”とか、とかく“力”のつく熟語が流行のようだが、“宣教力”は教会の基本的体質として最も大切なものだ。教会のこの世における使命は宣教にある。一般的に言って、宣教力を欠く教会は衰退し、宣教力を持つ教会は成長する。私たちの教団がこの標語を打ち出している背景には、総体的に教団の諸教会の教勢がかつてのようではなく、頭打ち傾向にあり、減少傾向にある教会も少なくないという事情がある。 では、どうしたら宣教力をアップできるのか。ひとことで言えば、教会が本来あるべき聖書的な教会の姿に立ち至ることである。教会に属する教職と信徒が、教会とは何かを正しく認識し、聖霊に満たされ、責任をもって忠実にその責務を遂行することである。宣教力は特定の宣教師、伝道者、牧師の力ではない。教会全体が宣教カという体質を持つことが何よりも重要である。 そのために、大切なことは信徒ひとりひとりが“教会に根ざす”ことである。「下に根を張り上に実を結ぶ」(イザヤ37:31)ためには、各信徒が教会という「キリストのからだ」に根ざす必要がある。各信徒がお客様ではなく宣教の主体になることだ。 こうして教会は “宣教力UP”に伴う標語聖句は「こうして諸教会は、その信仰を強められ、日ごとに人数を増して行った。」(使徒16:5)である。「こうして」という言葉には、教会成長のひとつの鍵が隠されている。 「こうして」とは、直接的には、エルサレム会議で決められた規定を諸教会に通達したこと(4節)を受けている。エルレサレム会議は使徒15章に出てくるが、この会議において、聖霊と使徒たちは異邦人クリスチャンに割礼等の律法遵守を義務付けないことを決定したのである。つまり救いは律法によらず、ただ信仰によるという福音の真理が守られ、それが諸教会に伝えられ、結果、諸教会は「その信仰を強められ」成長していったのである。福音宣教には壁はつきものである。初代教会も聖霊の力と知恵によってそのつど壁を乗り越え成長していったのである(使徒6:7,9:31参照)。 この教会に根ざそう 教会の成長は信徒各自の“この教会に根ざす”という意識にかかっている。「教会」とは何か。それは信仰の共同体であり、信仰者の霊的な交わりである。それは聖霊の共同体であり「神の家族」(工ペソ2:19)である。それは「キリストのからだ」(同1:2・3)にたとえられる。そこは神が「満ちておられるところ」(同)である。キリストに属していると言いながら、キリストのからだに属さないということは自己矛盾である。私たちみなが「一つのからだとなるように」(Iコリント12:13)一つの御霊によつて洗礼を受けたのである。 浜松教会は今年75周年の大きな節目を迎えている。過去75年間神がなしてくださった恵みを数え感謝するとともに、信徒ひとりひとりがしっかりとこの教会に根ざし、みことばに立ち御霊に満たされ、その宣教の責務を忠実に果たしていきたい。 《黙想と適用》 あなたとこの教会との距離はどのくらいでしようか。 |