1月6日「みことばを重んじよう」(エレミヤ36:21〜32)
(エレミヤ36:18〜32抜粋)

一年の計

 新しい年となった。正月の三箇日は天侯に恵まれ、浜松からも遠く真っ白に雪化粧した富士山を眺めることができた。お正月をどのように過ごしたか。寒くてほとんど家から出て行かず、テレビを見て過ごしたという人もあろう。読書して過ごした人もあろう。だが、聖書をどれだけ読んで過ごしたか。テレビや雑誌やマンガ・アニメの時間はたっぷり過ぎるほどあるのに、聖書を読む時間がない。映像と感性の時代だから、活字離れをするということもある。しかし、“よい書物は最良の友である”との浜松市立図書館の銘の如く、最良の書物・聖書を最良の友とする者は幸いである。“見る””聞く”ことだけでなく、“読む”“行なう”というより能動的な信仰に進もう。今年の標語は「下に根を張り、上に実を結ぶ」(イザヤ37:31)である。みことばに根ざし、それを行ない、豊かな実を結ぶ一年でありたい。

みことばを軽んじた王

 みことばを軽んじた王と民は悲惨な結末を刈り取った。時は紀元前603年のことである。神は預言者エレミヤを通して王と民の罪とそのさぱきを宣告され、バビロンによる神のさぱきに服し、悔い改めて神に立ち返るようにと語られた。そしてエレミヤにそのことぱを巻物にしるすよう命じられた。エレミヤはバルクに口述筆記させ、エルサレム神殿で人々に読んで聞かせた。それがエホヤキム王の知るところとなり、王はその巻物を取って来させ、エフディに読ませた。王はエフディが「三、四段読むごとに、書記の小刀でそれを裂いては、暖炉の火に投げ入れ、ついに暖炉の火で巻物全部を焼き尽<した」のである。神のことばを聞いても恐れもせず、悔い改めもせず、露骨に反抗した王は、バビロンに連れ去られ、そこで惨めな最期を遂げた。王に同調した首長たちや多くの民は殺され、あるいは虜囚の身としてバビロンに連れ去られた。みことぱを軽んじるなら、同様な結末を刈り取る。みことぱを重んじよう。今年も、今年こそ、ディボーション。

《黙想と適用》

 あなたにとって、聖書のことぱはどれほど重い/軽いでしょうか。みことぱ以外の何に頼みがちでしょうか。