2000年5月7日発行・会報より

日本基督教団 小石川白山教会 古屋博規牧師

「楽でない牧師の交代」

 私たち家族は、姫路教会での8年間の牧師としての仕事を経て、この度小石川白山教会にお招きを受けましたこと主と、教会員の皆様に心より感謝いたします。
 姫路教会を転任するに際し、私はラインホルド・ニーバーの祈りが与えられました。私にとっては突然の転機ではあるけれども、この教会、伝道的なキリスト教信仰にあって117の歴史と伝統を誇るこの教会が、21世紀を目指すこの年において、神様の守りと変革にとって明らかにすべきことは、

「神よ、変えることのできないものを受けいれる潔よさ、変えることのできるものを変える勇気、そして両者の違いを見分ける知恵を、わたしたちにお与え下さい、とー見分けさせて下さいー、神よ、あなたは私たちを、この人生という包みの中で一つに結び合わせて下さいました。私たちの生活が同胞の勇気と勤勉と正直と廉潔にどんなに依存しているかを理解する心を、私たちにお与え下さい。同胞の必要に私たちが気づき、彼らの信義に感謝し、私たちもまた、彼らに対する責任を忠実に果たすことが出来ますように、われらの主イェス・キリストによってー相互依存ー」

と互いに受けいれ、また支え合うことから一つになるという、この祈りに込められた現実を認め合うことでした。
 幸いにして子どもたちは、長男 古屋博大・新潟県・次男古屋博也・山梨県の高校にそれぞれ在学中であり兵庫県から東京に移ることでの障害はないと思い決意していました。

この話は、初めは他の誰にも伝えることなしに姫路教会の役員会に伝えました。その時の役員一同の動揺とショックはわすれることは出来ません。期待を裏切りそして、身勝手にも別れを告げてゆく、何度も、「主よ、これでいいのですか?」と問いかけました。あまりの急な申し出に役員会は、牧師の退席の中で皆で相談しあい、改めてこのことを議したいと申し出られ、後に臨時の役員会が持たれました。再度開かれた役員会で、「牧師の意向は聞いた、止むを得ないとは思うが、それを議するのは教会総会であるから、その日程を決めて欲しい、そして出来る限り、速やかに牧師は病者の方、障碍者、遠方におられる方々で早急に知らせた方が良い方、など、役員では諮れない牧会上、先に理解頂いた方が良い方には先に牧師から伝える」ということが確認されました。
 役員会にての話はその後の週報に記載するまでの間は守秘義務がしかれましたが、雨漏りと同じく、どこからともなく漏れ聞こえて来たようです。が、役員会はよく、他言しないで守りました。小石川白山教会に辞任総会の連絡を取りながら、姫路教会のクリスマスの準備にいそしみました。辛く、悲しさを身に負いているのは、牧師でなく姫路の教会員でした。空しさ・悲しさを分かち合う中で、バプテスマ志願者が与えられましたのは、正しくエッサイの根より与えられた枝のように尊く、重みを感じました。

 「私たちを見捨てるのか?」どんなに、理由を述べても正当性の見つからない答えに、牧会の難しさを覚えます。何度も、何度も頭を下げて、最後は諦めてくれるまでか?とも思いました。しかし、何と言っても最大の障害は、姫路教会に後任の牧者が与えられることでした。その時、地方教会の役割と使命を厳しく受け止めました。後任が与えられたら承諾しましょう!と半ばいじわるのように聞こえる声を無視できずに聞き、困難を越える勇気をひたすら願いました。小石川白山教会への結論の準備はこうして進められました。教会を知らない方々には、転勤という表現も、本当は間違いなのですが、伝えられることをしりました。姫路教会の皆さんに牧師が与えられる前に、辞任を認めて頂いたことは正しく、小石川白山教会員の皆様の信仰の勝利の様に思いました。

 私の就任式の際に、新里昌平牧師が、地方の40代の牧師を引き抜くことは、と苦言を呈された様に、本来これは大変難しいことです。しかも、同じ条件で求めることなぞ考えも及ばない中で、主は新しい牧師を姫路教会にも与えられました。
神様の与えて下さったお召しに快く従いたいと存じます。