
ルカ6:1〜11 「パンと魚を配る弟子」
古屋博規牧師
板橋区のホタル繁殖センターの所長、阿部宣男さんは、日本全国のゲンジホタルと、ヘイケホタルを調査管理して、最近特に、ホタルの幼虫が宿主とするカワニナから、外来種のコモチカワツボを宿主としてしまっている。
それにより、本来宿主からいただく栄養素が全く足りないので、発光しないホタルに代わりつつあり、これによって繁殖のサイクルが壊され絶滅すると警告しています。
一度、この偽物の宿主に入った幼虫が、その後本物に触れても、「三つ子の魂百までも」の原理通り、成虫になっても光は弱いと報告していることを聞くと、私も愕然としました。 実は、これは私たちの礼拝や教会の成長にとっても関連があると思います。
私たちはイエス様が「あなたがたは地の塩・世の光である」と宣言下さったことを大切にしてきました。
しかし、近年、本当の塩気も光り方も違ってきていないでしょうか。
人工的には塩は、本来の塩気と異なり、取りもどすことができないような腐敗を倦んでいることによって、長い間、匠が後継者を生みだして来た時代に戻ることは出来ません。取りもどす事が出来るとすれば、パウロがローマ書12章1?2節に
「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとしてとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」
とあるように、礼拝をささげる私たちが、神に喜ばれることが何であるかと求め続けることです。 イェス様は、フィリポとアンデレに、ここに座っている大勢の人々の食事の準備についてたずねます。
すると彼らは、理論値で200デナリオン(200日の給料)で賄っても足りますまい。ここに魚二匹とパン5つをもっている少年がいるが、子供だましだと実測してから主に量らせました。自分の意見に主を引き寄せました。
レジーネ・シントラー(チューリッヒ大学実践神学者・児童文学者)は、大胆に解釈し、
「この少年は、もともとは自分たちのために市場にもって行こうとした母親のパンと父の魚が、主にささげようと、方向転換した時、主は決して空しくされず、むしろ祝福なさったと」
物語を紹介しています。
もし、自分たちの思いに主を向かせるような計画をたてても、所詮空しく祝福されないことを示します。
まるでコモチワカツボを宿主として養殖している様に、主の源流から逸れた思いは、これだけではと相手のささげ物を否定し、時には自分の都合で解散させて満足しようと、了見の狭い世界を作ります。
しかし、主が感謝して裂いて分けてゆくと、残りのものが12の籠(12弟子みんな、一年中)に一杯になるほど満たされました。 主の計画の前に先ず、跪き、座って御言葉のみを信頼してゆくと、主は私たちの歩みを十字架の愛で祝福して下さいます。主のご計画に従ってご用を担いましょう。![]()