
マルコ12:28〜34 「神の国に遠い人」
古屋博規牧師
「神の国に遠い人」 このタイトルは、マルコによる福音書12章34節の、イエスが律法学者に答えた言葉「あなたは、神の国から遠くない」からいただきました。 私には関係ないとはいえない出来事に、毎年3万人を超える自殺者の問題があります。多くの人が、仕事を奪われ、解雇されてしまう苦しさのあまりに死を選んでいるという現実があります。
本当は、神の国は、私たちの只中にあるはずなのに、お金にならないと人は生きてはいけないのでしょうか。 実は、人間の生きる価値と仕事とを強く結びつけたのはキリスト教だといわれます。 われわれの先達は、日毎の労働が神の召し(ベルーフ)、つまり天職であると、人々に伝えました。ある人が、パン屋であることも神がそのように召したのであり、それぞれの仕事が天職なのだというふうに考え、自分の与えられた仕事に忠実に全力を尽くすことが、神に近いという考えが広まりました。 けれどもここに大きな落とし穴、すなわち人格と労働を切り離してしまう傾向が生じました。
1941年にアカデミー賞を受賞した「わが谷は緑なりき」という映画では、炭鉱で働き誇り高く生きる一家が登場しますが、その家族が資本主義の論理の中にゆさぶられ、ちりじりになっていく様子が描かれています。
人間は労働者として働く中で徐々に組織の一員となります。やがて主体性や人格を奪われていき、それが人間と人間との関係あるいは家族の関係さえ崩壊させて、そして遂には神に遠い存在になってしまいました。
自殺の問題が象徴しているのは、働かない者への蔑視、働く人だけが立派な人という常識が、働きたくても働けない人がいても、それはだめな人間なのだという烙印を押してきたということです。 障害をもっているゆえに働けない人もいます。 北海道浦河市にべテルの家があります。さまざまな障害をもっている方、アルコール依存の障害を持っている人が集まっています。あるとき、そこを訪ねてきた教会の子供たちに対し、べテルに入所している人たちは、「私たちは何によって集まったのでしょう?」と質問し、子供たちが答えに窮しているので、この入所者は子供達にに「弱さによって集まっています。」といいました。このようにいつも目的意識がはっきりしている事が、すべてを「神の国」に近づける秘訣のように思います。 今日の聖書の箇所で、ある一人の学者は、聖書を読みながらあらゆる掟の中でどれが第一でしょうとイエス様に尋ねました。神様から与えられた十戒を彼は600以上の細かい規定に分けていました。戒めをまもるためには必要なことです。だから、当然その中で何が一番大切ですかと質問しました。
主イエスは、・・・思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい。そして、隣人を自分の様に愛しなさいというと、この律法学者はイエスの言葉をさらに自分のこととして身近に引き寄せて、「どんな焼き尽くす献げ物やいけにえより優れています。」と決しました。主イエスは「神の国から遠くはない」といって、彼が信仰を自分のこととしていることを高く評価されました。