2007年 9月 9日礼拝説教要旨

ルカ10:25〜37

「エリコの宿屋から」
 太田春夫牧師



太田春夫先生

「エリコの宿屋から」

岩手で出会えたお一人でカトリック信徒の開業医、山浦玄嗣先生が大船渡におられます。30年以上をかけて気仙地方の方言を「気仙語」として確立し、文法書から気仙語大辞典、そして4福音書の気仙語訳を出版された方です。ローマ法王にまで献上したというすばらしい先生。そんな先生が翻訳の苦労や考えを書いた「ふるさとのイエス」があり、そのなかに「エリコの宿屋」という短編物語が創作されています。

このお話の前半はマルコとマタイにも載せられています。微妙な違いはありますがほぼ同じ内容です。ルカのみにが後半の話へと展開し、有名なサマリヤ人のお話になります。当時、サマリアやユダヤは水と油、犬猿の仲でした。民族混合、宗教混淆等により互いに拒絶と憎悪の関係。祭司・レビ人は、聖職者と祭司の下の働き手です。彼らは律法の教えに忠実だったのかもしれません。「道の向こう側」には「関わりたくない」心情が読めますし、私たちの現実でもあります。「憐れに思って」は「腸が引きちぎられる」の意です。

新約学者の大貫隆先生に山浦先生を紹介したことがあります。「イエスという経験(岩波・2003)」の牧師たちの読書会の講師に大貫先生を招き、その夜釜石で一緒に食事をしたことがあります。山浦先生は熱心に大貫先生に話しかけておられました。大貫先生はここの所を「神の国」との関連のなかで、「失われたものの回復」という視点から説いています。それに対して山浦先生は、文学的な手法で、このお話を短編物語にしています。「エリコの宿屋」の主人の視点から、サマリア人に連れられてきた旅の若者は誰か。それは主ご自身の実体験として、殴られ、傷つき、介抱された経験をもったという見方です。

私も主は30歳ごろまで様々な人々との具体的な出会いを通して、学ばれたではないかと思っています。老人や病気の人々、障害を負う人々との出会いによって学び、教えられた日々があったのではないか。ある日突然、洗礼を受け聖霊が下って、そこから全てが分かったのではなく、大貫先生の表現ならは「失われた」人々との出会いから学び、それを思いの中に深めて行ったのではないか。山浦先生はタブーを超えた関わりが大胆にに生み出されることを、ご自身が経験しているからこそ、このような譬を語りえたと考えています。その発想を尊重すればエリコの宿屋「から」主イエスの人生が大きく変わっていったのかもしれません。

 灰谷健次郎の「太陽の子」のなかで、「人を愛するといことは、知らない人生を知るということでもあるんだよ」という名言があります。私たちは自分と異なる価値観生き方・文化や宗教も含め、自らの壁のなかに留まりがちです。しかし、その壁を打ち破る出会いと学びは既に備えられているのかもしれません。エリコの宿屋から始まる出会いと学びがあることに励まされて、この週を歩みたいと思います。