2007年 8月 5日礼拝説教要旨

マタイ25:14〜30

「生きた信仰活動」
 古屋博規牧師



「生きた信仰活動」

  今日、主イエスが、私たちに語りかけているのは、信仰生活は、25章13節までの10人の乙女とランプの譬えや31節以降の良きサマリや人の譬えの様に、今何をするかであって、まだ時間があるからと言う事でないということです。主人は、私や皆さんの考えている予定とは違うのです。

今から、10年ほど前に「世界がもし100人の村だったら」というテーマがインターネットで世界中に配信されました。裕福という基準を世界の25lの貧しい人から考えると冷蔵庫に食料のあること、着る服のあること、屋根の下で寝ることの出来ることも裕福なのです。
人はパンのみに生きていてはいけないことをこのタラントンの話は私たちに語ります。

◆ここに5タラントン、2タラントン、1タラントン主人から預けられた人がいます。20年ほど前の貨幣価値の状況ですが、500万円がTタラントンだったとされています。Tタラントン託された者を除く二人は、主人のものを全て使い切ります。そしてその分だけ恵まれました。ところが3人目の1タラントンの僕は、主人の取り立ての厳しさを強調するあまり、地面に穴を掘って使わずに返しました。
確かに自分にとっては失っていない、悪くはないはずなのに、主人は、この僕の不信を戒めます。何故怒ったのか?それは、その僕が自分の正しさをもって柱とし、主人の思いを無視したからです。

1999年に三浦綾子さんは召天されました。生前に、(1964年に朝日新聞の懸賞小説「氷点」で頂いた)「1千万円を使い切って、私には「死ぬこと」という仕事があります。」と最期の課題を語られました。
ご主人とそっくりだった前の恋人前川正さんから、同じ結核から立ち直るように励まされても、彼女は、捨てばちになって毒づき、飲酒や喫煙、自殺未遂と困らせます。彼は綾子さんを懸命に立ち直らせようとしますが、遂に彼は自分の足に小石をごつんごつんとぶつけて、「信仰の薄い僕にはあなたを救う力はない。」と涙ながらに告白するのです。すると綾子さんはやがて改心して信仰の道に入ります。余りの自分の体の酷さに、私のようになったら、どうしようもないと捨てばちになり、誰の言うことも聞かなかったのに、前川正さんの懸命な支えが私に勇気を与えたこと、そして三浦光世さんに口述筆記していただくことで、その後も小説を書き続けられました。

◆私たちは、主と共に歩む中にこそ、豊になる秘訣があることを心にけましょう。主は私のために一タラントを預けて下さったのです。たとえ見捨てたり、間に合っているという私にも主人は全てをたくしています。

生活の全てに、この1タラントンを生かし切るような生活を心がけましょう。