2007年7月8日礼拝説教要旨
ルカ19:1〜10
「ザアカイを見つめるまなざし」
細井茂徳伝道師
「ザアカイを見つめるまなざし」
偏見というのは、案外誰もが持ってしまっているものであるかもしれません。
相手のことをよく知らなければ知らないほど、よく分からなければ分からないほど、見た目や社会的身分などから判断されてしまったりします。
ある心理学者の言葉に次のような言葉があります。
「人間は目からクモの糸を出すんです。そしてその糸で相手の体をグルグル巻きにしばりつけてしまうのです」。
今朝の聖書箇所のザアカイも、周りの人々から偏見という糸でグルグルにしばりつけられた人間であろうかと思います。
ザアカイは「徴税人の頭で、金持ち」であったとあります。周りの人びとから「罪深い男」と評され、社会から忌み嫌われた存在であったようであります。
しかし主イエスのまなざしだけは、そんなザアカイの社会的身分や肩書きによってではなく、彼の心を見据えておられた。
「そうじゃない。私はみんなが思っているような者ではない。誰も自分のことを分かっていない」
といった心の呻きを見据えておられたのです。
そんなザアカイの心の「貧しさ」は特定の人の中にのみ存在するわけではありません。
それは私たちが意識するにせよしないにせよ、私たちの誰もが持ち続けている素朴な貧しさです。
そしてその貧しい心を解放するために、主イエスはこの世に来られたのです。
そしてザアカイを招いて下さったように、私たちを教会へと招いてくださっているのです。
人をどう見るか。そのまなざしが問われています。教会に招かれているあなたは、ザアカイの心の叫びを見据えておられるでしょうか。
それとも、あなたもまた目からクモの糸を発して相手をしばりつけてしまっていますでしょうか。
最も大切な点は、外側から人を見つめるのではなく、内側から見るということであります。相手の内的世界を見つめるということです。
主イエスがザアカイを見つめたあの暖かいまなざしのように。」です。