2007年6月10日礼拝説教要旨
マタイ5:5
「さあ共に生きよう」
古屋博規
「さあ共に生きよう」
マタイによる福音書は、8つの幸いを語りかけています。
幸せを求める時、私たちの思いは、決して幸せな状態ではありません。
だからこそ、主イェスは、「さあ共に生きなさい」と呼びかけておられます。
◆今日、私たちは子どもたちと合同礼拝をしています。ここに集められたお花は、小さないのちです。
礼拝では、子どもたちを支えてくださる神さま、子どもたちを成長させてくださる神さまに感謝します。
子どもたちもいのちを大切に、お年寄りの方々の「白山の郷」にお花を届けます。
◆マタイによる福音書の5−7章はイエス様が山上でお話しされた言葉を集めています。
マタイは、すべての状態に幸いと呼びかけています。 柔和な者とは、プラウスというギリシャ語で、柔らかい、うち砕かれた者を指しています。
神の国に入るにふさわしいのは、いつも打ち砕かれた心を備えていることです。
◆サンガイ・ジュネ・コラーギ
日本キリスト教医科連盟からネパールに派遣され結核を治すために岩村昇先生が家族を伴って奉仕活動をされていました。
先生は、タイセンにある病院を拠点にして、その近隣の村々に何日もかかって山道を歩いて患者さんの健診をしていました。
ある村で、かなり重度の結核患者がいました。この方を治療するには3,4日かけて山道を背負って帰らなければなりません。
その時、たまたま旅の途中にあった一人の青年が「僕が背負っていきましょう」と申し出てくれました。先生はとっても嬉しくなりました。
そのお礼するお金もないことを青年に話すと、怒ったように彼は、「サンガイ・ジュネ・コラーギ」と言ったのです。
それは、「みんなで生きるために」という意味です。
この青年は、お金が欲しくてしているのでなく、「みんなで生きるために」と隣人を自分の様に思っている事を伝えました。
岩村先生は、この青年に山中で出会い、呼びかけられたこの言葉を大切にしようと決意します。
患者を背負って運んでくれたこの青年の姿こそ、主イェス様の生き方だと、終生忘れないと思いました。
私たちのために、いつも心砕いてくださる主イェスの思いを受けとめ、幸いを求めて歩みましょう。