2007年 5月 8日礼拝説教要旨

マタイ11:25〜30

「休ませてあげよう」
 古屋博規牧師



古屋博規先生

「休ませてあげよう」

◆ 本日の説教題は、新約聖書の中で何度も繰り返し読まれた箇所です。斉藤隆明治大学教授もその著書「声に出して読みたい日本語」で、この聖句を取り上げるほどです。魅力的な呼びかけは人々に勇気と力を与えます。 先日、松居直さんのご子息、友さんがフィリピンのミンダナオ島からメールを下さり、島の子供たちのための文庫活動を支援くださいと要請を頂きました。 島の貧しい子どもたちは生き生きとしていいます、とのことでした。

◆ さて、惑星の軌道の法則を発見した天文学者ケプラーは「主よ、あなたは自然の光を通して私たちの心の内に恵みの光を慕いを求める思いを起こしてくださいました。・・・・」と祈りました。

◆ イエスが、本日の呼びかけの言葉の前に、先ず父なる神に向けてなされた賛美の言葉に目をとめましょう。ちなみに、フリードリヒ・シュライアマハーによるヘルンフート兄弟団の聖書日課(ローズンゲン)でも今日のテーマは「うたえ」です。

「天地の主なる父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心にかなうことでした。すべてのことは、父から私に任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。」

これは、キリストによる救いの恵みは全ての人のためにあり、救いが現実のこととして実現されるためには、高慢やうぬぼれをかなぐり捨てて、神の御前で幼子のように素直になり、謙虚になってキリストの教えを受け入れてみことばに生きるように、と呼びかけているのです。

救いは、世間的な常識により支配される、現実のくびきや私たちが負っている重荷を、意識させなくするものです。 まさに幼子のように素直に神の働きに心を開くことから、救いは始まります。それは、冒頭に述べた松居友さんの働き、そして貧しさの中で生き生きとしている島の子どもたちにも通じています。

◆ キリストはご自身を信じ受け入れることの大切さを示されます。キリストを知り、キリストを受け入れることで父なる神との関係が明らかになり、キリストを通じた父なる神との関係が明らかになり、キリストを通じた父なる神の働きに近づくことができます。
当時のファイサイ人は、神のおきてを遵守することが永遠の生命に導くと自負していたので、益々律法の重荷がのしかかりました。しかし、主は、それは人に重荷を負わせながら指一本も触れないことだと叱責します。
世界の貧しさを私たちが受け入れること、一人でも多くの人が平和になるには、先ず私たちも「主を頌えます。」と叫ぶこと、それで初めてケプラーの祈りと同じ思いになります。

◆ キリストは休ませてくださいます。「私のもとに来なさい」と、この世で重荷と感じるすべてのことをキリストのくびきとして受け入れる機会が、今求められています。 キリストの弟子として謙遜に生きる時、主は、重荷を負って苦労している一人として、私を受け止め、休みを与えてくださいます。
神様をたたえた主イエスに倣い、主が与えて下さる休みに憩いましょう。