2000年5月21日礼拝説教要旨
マタイ11:25−30
「わたしのもとに来なさい」復活後第4主日 古屋博規
先週の礼拝、教会暦の主題は「よろこべ」、続いて今日は「うたえ」とある。教会にとって大切なものを残し、幹から離れる枯れてしまうこ様な私に、今週は「わたしのもとに来なさい」との呼びかけ信仰者の群として結ばれ、幹であるキリストに連ならさせて頂いていることをうたいましょう。 ある教会の洗礼準備会での話だ、求道者が「先生お願いです。洗礼の時に私の片手だけは水につけないで下さい。」牧「どうして、・・。」求「・・この世の生活が出来なくなったら困りますから。」、このやり取りはどこにでもある。立派な者でないことを認めて、主を告白するから、人は招きの声を聞く。 引き裂かれるような痛みを今、感じていたり、人間が同一の対象に対して「好ましい、好ましくない」と、愛と憎しみや尊敬と敵意の両面価値と生きる限り、曖昧さに引き裂かれるような思いを持つ。唯一の解決策は、神の介入だ。主イェスは、幼子 貧しい者にそっと近寄り 暖かくその人を包み、人の苦しみを自分のものとする。イェスの底知れない包容力と存在の深みを共に負うと約束なさいます。