2000年 4月 2日礼拝説教要旨
第二コリント1章3−7節
小石川白山教会の皆様と2000年の宣教の歩みを、苦しみからの解放の年として信仰生活の喜びも、悲しみも共にに担いたいと願います。
パウロは、慰めというテーマを多く提供します。
コリントの人々は外見で判断し神を見ようとしない恐らく,人々が外見で判断し、助言が多くて(イザヤ47:13)困惑し弱っている中で、パウロは「ほめたたえられますように」と、この世の悪と思われる全てにわたって感謝し、全て神に託します。
私が牧師に憧れた、愛宕町教会では、家庭的な雰囲気とそこにある幼子から高齢者まで全てを包み込む集いから暖かさを感じ、又、暖かさだけでは牧師になれないことを原町田教会時代体験しました。
一人の聖歌隊員が突然、心臓にウイルスが入り必死に、助けを求めています。非情にも、私は応じられず、苦しむ者の叫びに聴ききもせず傲慢にも献身を考えていた私に、神は、突然の身代となった聖歌隊員の死を通して、全て任せよと命じられました。
わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストの故に損失と見なすようになった程に、苦しみの解放を確信してご一緒に歩みたいと願います。