大学で俳句を教えるということ
今、神奈川大学で俳句とその作り方を講義している。伝統文化としての日本の定型詩の歴史を和歌から俳句に至るまで概観して、俳句の実作をやってみよう、という科目だ。ほとんど作句の経験のない学生に、俳句の創作にとって基本的な要素である、五・七・五の定型、季語、切れ、とりあわせ、川柳との差異などを数度に分けて説明し、提出作品にどのくらい説明したことが反映出来ているかを含め、十の要素に分けて評価し、より質の高い作品の創作を目指している。隔週で講義と提出作品の講評を行っているが、隔週とはいえ、一度に千五百句以上の俳句が提出されるので、その添削にはかなりの時間を要する。実学系の学部学生対象で、必修でもなく毎回提出物がある割には、履修する学生が多くて驚いているが、学生からもこんなに俳句が大変だとは思わなかったという感想がよく返ってくる。
この講義方法は基本的には神奈川大学で長く俳句を指導されている復本一郎教授の独創に私が少しアレンジしたものであるが、実践して行く上で問題なのは、市民講座に出たり、結社に入る人とは始める動機が異なる学生に、俳句の世界でしか通用しない規則を理解させねばならないということである。極論すれば、小さな桑原武夫がたくさんいるようなもので、俳句愛好者なら破壊的なことにしか映らないようなことを恐れない彼らに、季語を入れ、切れを入れた上に、季重なりや二段・三段切れにならないようにさせることは簡単ではないが、予想以上にすばらしい作品もあって驚くこともある。そこで、他の大学で、同じようなことをやっている所はどのような方法で講義を進めているのか、ということが気になった。ゼロではないことは想像されるものの、どれほどの数かは見当がつかないし、その科目設定目的も気になる。幸いなことに、現在ではほとんどの大学が授業科目とその簡単な紹介やシラバスをネット上で公開しているから、ここ二年程の間に俳句の実作を行っている講座が開設されている大学をグーグルで検索してみた。
まず、公開講座が恐るべき数でヒットするが、これは目的を異にするものだから、大学生対象になるように検索要件を絞っていくと、専修大、青山女子短期大、松山大、大正大、法政大、日本大学芸術学部、東海大など、十五以上の大学があたった。担当者は国文学者に限らず、様々な領域から俳句を研究する教員が講義で取り上げている場合や、結社の主宰や専修大の小林恭二教授や東海大の長谷川櫂特任教授のように、著名な作家が行っている場合があった(研究者で俳句結社の主宰をしている人もいるから、完全に明確に分けられるわけではない)。それらの講座の設定としては、日本文学科や国文学科の科目というのは少数で、国際文化、言語文化、言語コミュニケーションなどに関する学部学科の科目という場合が多い。つまり、おおむね文学としての俳句の実作を学ぶためというより、自明のこととしてある「俳句」というものの実作を通して、日本語・日本文化の特色を学んでいきましょう、または、表現の方法を身につけていきましょう、という講座であると思われる。結局はっきりしなかったが、それぞれに俳句の規則をどこまで適用しているかぜひ聞いてみたいものだ。
大学生に限ったことではないが、「俳句」などの創作を学校教育に用いる目的はおおむね以下のように言えよう。まず自分の五感で感じとった様々なことを、特定のルールの基に言葉で表現してみること。そして、同じ行為をした人間の作品の選や相互批評をし、他者とその表現に理解を深めること。さらに、それらの行為と他の学習効果を総合し、自己の表現や理解が独善的/個性的/陳腐なものかを認識すること。以上のことによって読解・表現力の養成、人格形成への寄与が期待される。要はコンビニエンスに創作関連の教育に使えるということだが、これを実践の場に敷衍すれば、面白い応用は色々と思いつく。もちろんそれは俳句を学び、楽しみながらも、より質の高い作品を作ろうとすることとは目的が違う。また、俳人の側からも教育の場で俳句を用いることへの積極的な働きかけを行っていたりするが、中・高・大の現場を見ている者としては、当事者達が期待しているような成果はあがっていないように思われる。 俳句の創作を教育の場で扱うということを、若者の俳句人口を増やすことへと安易につなげて考えている人には閉口するが、大学で俳句を教えるということには、まだまだ様々な可能性が眠っているように思う。今後、色々実践してみるつもりだ。
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