五句集鑑賞
一、多様なる読みのコードへ ・・・角南範子「薄青き午」
「ダヴィンチ・コード」がはやっていた。この場合の「コード」は主に暗号ってことだろうが、多様な解釈の可能な一文学作品について、そこから取り出した解釈の枠(多様な読み方の内の一つ)のことを「○○のコード」というふうにも使う。本句集はそのような読みの「コード」と呼べるものがたくさん見え隠れしている。いわば、「範子・コード」。ちょっと変則的な使い方だが、これを援用してみたいと思う。 角南範子第一句集「薄青き午」。句集としてはたぶん近来まれな装丁の本だろうと思う。こういっては悪いが、句集はあまりにも型にはまった装丁だらけなのだ。豪奢というわけではない。正方形に近い判で表紙はちょっとファンタジーっぽい絵本のよう。きっとその工夫に作者の想いがこもっているのだろう。白地に薄青い木の林があり、「青い鳥」が一羽とまっていて、木葉は少ない。一見して、晩秋の景かに見える。小さめの字で「薄青き午」。もっと小さい字で角南範子。作者名は遠慮がちに書いてある。この表紙にも何か謎解きの記号が埋もれているかのようである。目次は、弥生から一巡して卯月で終わる。それぞれに、「つやつやと 弥生」とか、「ひかりに染まる 皐月」などなど、章題がついている。それぞれが句の一部分であったりなかったり。ここでは深く立ち入らないけれど、表紙や章題にも、読みの「コード」が潜在しているようなつくりをしている。 さて、巻頭一句目は、
どこまでも行けさうな春の乗車券
はじめはどこかうきうきする句だ。そういえば、「銀河鉄道の夜」で、ジョバンニは、それとおぼしき切符を持っていた。でも、あれは秋の話。あの切符が死の世界を巡り、黄泉から現世に戻るフリーパスというなら、すべての生にとって喜ばしかろう春の切符は、死の予感のしないままの片道途中下車が似合うのかもしれない。だが、そんなものはない。作者はそれをよくわかっていて、なのに「行けさう」だと感じたことに戸惑っているのかもしれない。もう前へ行くしかないのだけれど。そんな春にある漠とした落ちつかない感覚を捉えた句に、
春のベンチ人いれかはりたちかはり
カーナビにない道を行く四月かな
集中の句の特徴は、自然の景の写生のみのいわゆる叙景の句は殆ど見られず、日常を中心とする人間の営みを織り込んだ句、すなわち人事句がほとんどを占めることにある。もっとも、作者自身や自身の心の動きを詠んだ句が多いのは女性の句集に一般的に見られる特色であるけれど。たとえば、以下の復本一郎代表が寄せた序文で抜いた十句(ベストテンだそうだ)もすべて人事句だ。これらの句を見ていくと、範子の句の特徴は確かに現れている。
辣韮や夫婦の入歯ある仏壇
猫科の女パスタ絡める梅雨曇
指の毛を気にしてゐるやソーダ水
七月の臍の緒の箱人恋し
ストッキング萎れる窓の夕焼ける
クリスマスおにぎり屋にて恋話
足首の太きシスター聖誕祭
主なきロングブーツの淫らなる
青き怒りにて鯛焼き弄ぶ
新聞に載らぬ葬式春の雨
作者を知っている者は、冒頭の「入歯ある仏壇」の句にはいきなり驚かされるが、多数はいかにもOLらしい日常の中からくみ上げられた句が並んでいる。
猫科の女パスタ絡める梅雨曇
指の毛を気にしてゐるやソーダ水
七月の臍の緒の箱人恋し
クリスマスおにぎり屋にて恋話
ストッキング萎れる窓の夕焼ける
主なきロングブーツの淫らなる
青き怒りにて鯛焼き弄ぶ
「猫科の女」は「指の毛を気にし」たり、抽斗の「臍の緒」に「人恋し」かったり、あるいは、イブを想う人とすごし、早速翌日のお昼には、友人同士で「おにぎり屋にて恋話」となり、仕事から帰って脱いだ「ストッキング萎れ」や、「夕焼け」に一日の終わりを実感する。そして居酒屋の座敷の上がり口に脱いである「ロングブーツ」のへたりに「淫ら」を発見し、たまには大人気もなく「青き怒り」で「鯛焼き弄ぶ」こともあるのだ。上記の句の他にも、
駆け込み乗車しゆるりと生るる春愁
五月雨やリンスの匂ひする車輛
自信ハイヒールに溶けて炎天
愚痴ればポッキーの軽さ夕焼ける
など、同類の句が見いだせる。ここしばらく仕事に生きる女になっている自身の実感や経験、眼に留まった他のOLたちの生態をてらいなく描いて見せているようだ。つまりこれらは、「OLの日常」のコードの句群である。残り三句、
辣韮や夫婦の入歯ある仏壇
足首の太きシスター聖誕祭
新聞に載らぬ葬式春の雨
先ほどの句群と異なって、さりげなく鋭い観察で、滑稽味を描いたり、消しているはずの女性性とそのたくましさをシスターに発見したり、死の寂しさを描いたりして多様である。その共通項として、すべて信教に関わる人事が詠み込まれている。冒頭にあげた巻頭句もその一つであるが、これらはいわば、「生と死」のコードである。この他に、
蛾の焼けてグレープフルーツほの苦し
黒揚羽死の真ん中を生きてをり
鳥兜黒髪きちり揃ひたる
刺青の肩に死場所秋の蝶
秋没日文房具屋の主留守
田の色を見てをり祖父を見舞ひをり
秋蝶の落ちゆく246号線
鳥葬の村見上ぐれば林檎の木
秋深し文房具屋に鯨幕
バリウムで始まる話泥鰌汁
薬物投与と看護日誌に春の雨
君逝く春アニマルクッキー貪らん
このような生と死にまつわる句を見出すことが出来る。「コード」は連関もしていて、例えば「文房具」のコードの句に、
きいちのぬりゑ仲春つれづれなるままに
梅雨寒や文房具屋に長居して
行く秋や頬杖の子の文房具
鉛筆で描き足す黒子冬苺
などがあるけれど、先にあげた句、
秋没日文房具屋の主留守
秋深し文房具屋に鯨幕
と組み合わせて読むと、子供の頃からよく通っていた文具屋の出来事なのだろうか、と思えてくる。さらにこれらは「ノスタルジー」や「かよわいものへの温かい眼差し」というふうに、次から次へと多様な読みの「コード」が現れてくることになる。
では、それら全体を貫くものはなにか?なぜこれらの俳句はこのように詠まれているのか?「コード」は作者の意図を読みとるためにあるものではないが、そのテクスト群の見せるポリフォニーの世界の中から、作者の思いと思われるものはある程度読み取れてしまう。それは、自分と何がつながっているのか、自分の寄る辺となってきた/いるものを、ちょっと乱雑だがとにかく句集に形象したもの、と私には見える。
後書きには「伝えられなかった言葉があって、もう会えない人もいる。心の底に沈む思いと、眼前に過ぎ行く風景、せめて一瞬でも?まえることができたら。そしてその小さなうたが、耳から目から、誰かの体を吹き抜けるなら。
私には、伝えるべきテーマや描くべきモチーフは決まっていないけれど、失いたくなくて、それでも消えていってしまう、ささやかな日常を掬い取れたらいいと思う。」こう書いてある。唐突だが、角南範子はやさしい鈴のような声をもっている。その声でさわやかに笑いつつ、物怖じせずただ前へ前へと進んでいく個性を持っている。本句集はその範子の印象そのままといってもいい。何に偏ることもなく、ただ自らの未完を自覚し、想いをまっすぐ言葉にのせているのだろう。その意味ではまだまだ模索の第一句集。こころ余りてことば足らず、であり、ここより始まる、なのである。しかし、
クリスティのやはらかき罠二日月
なんて句にであうと、甘い句だと思いつつはぐらかされたみたいで、また謎めいてきたりもする。そういえば、表紙の絵は晩秋のようだと書いたが、
図書館の薄青き午蠅生る
というところを見ると、秋ではないらしい。
二、「わたくし」といふ正統 ・・・田口茉於「はじまりの音」
田口茉於第一句集「はじまりの音」。その俳句の特色は、その形式の力にしっかりと乗って、そこからはみ出ないこと。かつ、その中で自分の思いをストレートに出せること。それが自己の個性であると信じて疑わないこと。同時に、省略の中に過剰な意味を匂わせないこと。すなわち甘さに流されないこと。これらは作者の指向するものであろうし、指導している「若竹」主宰、加古宗也氏の指導方針によるものでもあるのだろう。下手をすれば自己愛とその変形の陳列になるところをきちんと免れている。まず、「自選十句」を紹介しておく。
うららかに君に占領されてゐる
夏の雲まだ何周も走れさう
ソーダ水とにかく話続けたし
君のためだけに息する春の闇
小鳥来るアメリカ好きの父の椅子
秋の初風寂しさといふ穏やかさ
雑踏をひとり逆走花の下
小春日に卒業のごと婚約す
弟を笑はせたき日息白く
昼寝覚一人ぢやなくてまた眠る
句を詠むことを「捻る」、という。「捻る」には「わざと普通とちがった風をする。一風変って趣のあるようにする。」(「広辞苑」第四版)という意味もあって、屈折を感じさせる語感。私のようにヒネクレたタイプの人間には、とてもしっくりくるけれど、田口茉於の俳句にそれはあてはまらないだろう。集中、主流となるストレートな自己表白句はまぶしく、同時にすこし驚いて戸惑ってしまう。例えば、愛するもののそばにいるときの思いを、
うららかに君に占領されてゐる
君のためだけに息する春の闇
昼寝覚一人ぢやなくてまた眠る
他にも、
夕立晴君に甘やかされてゐる
いとしさに目の前暗くなる驟雨
本当は君に触れたい枇杷の雨
雪催あなたに所属する体
こんな風にさらっと詠んでしまうのである。このようなストレートな感情の表白は、男性俳人では種田山頭火のようなスタイルになりやすい。寂しく厳しいことばの背後に、死病、精神の病、コミュニティや家を追われた不幸など闇部と、本来なら他人である俳句仲間との間に結んだ濃い人間関係への甘えが併存して見え隠れするけれども、茉於の場合は、自分が愛し、且つ自分を愛してくれる人々の中にいて自然に湧き起こる想いをぶつけている。つまり、理想的な安寧で幸福な状況にあって、自己表白の形式を個性としているのである。その自己の浮上する底流には、
小鳥来るアメリカ好きの父の椅子
父と待ち合わせ曼珠沙華の道を
弟を笑はせたき日息白く
父母はブルーノートへ降誕祭
初冬の先生の語尾柔らかし
ソーダ水姉持つ弟聞き上手
これらの家族や師を詠んだ句を見いだせる。一昔であれば型にはまった「家庭(台所)俳句」の方向へ行ったかもしれない状況が、そうはならず、俳句において、自己への批評も客観も挟まないままの女性の主観の表出となったのは案外に珍しいのではないか。女性の句で一見似た類に見えるものでも、背景にネガティブな要素を背負うものは案外に多い。
歴史の重みを背負った枠の中で生まれる自由な意志の表出。それが「茉於俳句」のただいまにおける個性である。たぶん、作り手に回ったとき、マンネリズムに陥ることさえ回避できれば、このやりかたは強い。年相応の自分のことを、それにあわせて詠んでいけばいいのだから。また、好き嫌いははっきり分かれるだろうが、自分のこと、自分の思いを率直に述べることを中心に作品世界を構築しているという意味では、日本近代文学の散文の伝統に連なるといっていいものだ。例えば先の山頭火も、数少ない人気のある自由律俳人でいられるのは、この系譜に乗っかっているからだ。また、久保田万太郎はかつて俳句を「心境小説の基」と呼んだという。万太郎の俳句と、茉於の俳句は全く異なるけれども、先祖返りのように呼応するのである。いわば、志賀直哉や高浜虚子の私小説、心境小説の系譜。ある意味で、芥川や太宰、あるいは三島のような天才的物語作者でさえ敗北したものを根底に持つ強さである。それはさらに再び遡って、その力の水底にはるか古代の韻文の「正述心緒」という言葉を思い浮かべてもいい。だが、繰り返すが、この手法は、句集においてそれを主流とした場合、散文に比べ読み手に全く親切ではない俳句はなおさらのこと、読み手にとっては好き嫌いがはっきりと分かれるだろう。おそらく、作者はそれが俳句だと信じて、それを割り切っているのだろう。もちろん、それだけが田口茉於の句の世界というわけではない。
卯の花腐し目にかかる髪うつうつと
日盛りやぺたりと座るキリンの子
花浴びて手話の恋人たち見上ぐ
水音は始まりの音風の盆
四季めぐることに慣れたり冬はじまる
亀鳴くやこの柔らかな胸を抱く
かなかなや飛騨古川の姫道具
秋の初風寂しさといふ穏やかさ
からだだけ置いてきぼりの十七夜
紅葉散る私の熱を吸ひながら
東京と少し仲良くなる立春
着流しの男夕立の気配負ふ
これまでに述べたものと系統の違う句から、惹かれたもの、気になるものを抜いた。
日盛りやぺたりと座るキリンの子
水音は始まりの音風の盆
亀鳴くやこの柔らかな胸を抱く
かなかなや飛騨古川の姫道具
紅葉散る私の熱を吸ひながら
着流しの男夕立の気配負ふ
いわゆる写生句の類になる句群を見ても、このように、対象を捉える確かな目と調べを整える表現力があることを認めることができる。そして、主観と対象との折り合いの良さも。
その一方で、
卯の花腐し目にかかる髪うつうつと
四季めぐることに慣れたり冬はじまる
東京と少し仲良くなる立春
これらの句のような、取り合わせや造形の安易または独りよがりに見える句にひっかかってしまうことは、やはり指摘されねばならないだろう。けれども、ともあれ本句集の題は「はじまりの音」、まだ序曲にすぎない。そして、作者の指向するものはもう明らかに出ている。あたかも抜き身の剣のように。その続きは、自分の根っこをさらに深く掘り下げ、未来のある時点の私の思いをまた語りつづけるものか、あるいは、今は個を個のままに詠むことを主流とする作者が、多くの俳人が最終的に行き着くように個を自他一如のものとして自然へ一心に投げ出す句を詠むようになるのかもしれない。それもまた、ある意味で近代の俳句ならびに文学の正統である。
野沢節子氏は「蘭」二百号記念号で「俳句は平常心であってよいと思う。ただ平常心の中に大きな活力の隠れていることを自覚し、その活力をもっと自在に引出し、拡げ、磨き上げてゆくことこそ大切ではないかと思う。平常心に流されてしまっては詩歌はない。まず、いのちの底から湧き上がってくる感動の原泉を涸らさぬようにすることが俳人のつとめであることを信じている」と述べているが、「平常心の中」の「感動の原泉」が涸れない限り、この個性は輝きを持ち続けるであろう。
そしてもう一つ、最後に加えておかねばならないのは、女性の詠んだ、女性にしかその良さがわからない句について。おそらく、この女性の主観を率直に出した句集の中には、それがあるだろう。さて、ではたくさんあるのか、ないのか?そして、その質の評価は?この点については、今のところそれをくみ上げる目をもたない評者には語る資格はなく、他者の評を待つしかないが、この視点を有する何方かによって的確な評が物されることを期待したい。
三、「良質の俳人か、しかざる仁か」 ・・・勢祥子「頬づえ」
勢祥子第一句集「頬づえ」。いきなりだが、話は十年ほど前に遡る。「鬼」のなかでは、勢祥子とのつきあいが一番古い。彼女は大学の後輩であり、私が院に進んでから言い出しっぺで始めた俳句ゼミで一緒に俳句をやっていたからである。大学のゼミ室や図書館の部屋を借り、平均して五人ほどであつまって、時間の許す限り句会をやっていた。夏休み中でもファミレスなどに集まってやっていたから、学生の純粋に自主的な集まりとしては異例に熱心な集団であったといってもいいだろう。ゼミといっても学校の単位とは関係なく、指導者はいない。題、出句、選とも流動的だったが、ほぼ毎回、選・逆選を同ポイントでつけ、ババ抜きではないが参加者が一人ずつ有名俳人の句や歳時記入集作品の句を一句まぜ、あとで必ず句について討議する、というやり方だった。これを毎週繰り返したから、句数だけ見れば相当数詠んだはずだ。私より後輩だがすでに俳歴十数年になろうとしていた田島健一(「炎環」同人)がメンバーにおり、他にも出句はしないが読み手として優れた者や、学生俳句の賞に入選したものが複数いて、少数精鋭と言っても良かったかもしれない(ちなみにこの中でも彼女が個人句集第一号だ)。我々の基礎はここにあると言って良いだろう。後輩から預かったままで、おかげですぐにとりだせる記録十数回分の中での彼女の高点句をあげておくと、
春寒し切符の数字を足しており
○春雨や不動産屋の窓狭く
春の泥割れた鏡の散らばりぬ
曇天や使い切りたる春キャベツ
ヒヤシンス髪切る音に目をつむる
○花冷えにミルク流れるカーペット
ローマ字のたどたどしき駅春の星
いくつもの人影過ごす熱帯魚
(○印・・・本句集に入集)
まだまだ大学生で初心者であったにもかかわらず、もう今の勢祥子の句柄は見えている。あとで怒られそうだが、一つだけ不評だった句を紹介しておくと、
細き眉斜めになりて春隣り
彼女にしては珍しく、プラスがなく6人中4人逆選。今見れば、やや俗だが眉の流行にあわせた変化を捉えた句と見えておもしろい。が、当時のメモによれば、参加者から感情の変化による表情なのか、メイクによるものなのか不明瞭と評されていた。なかなかに辛辣だ。わずかに曖昧でもするどくつっこみが入った。
このように、未熟ではあるにせよ、彼女は、大学生の頃からすでに今のような句を詠んでもいた。早熟の老成、といえば言い過ぎかもしれないが、それがいい俳人の資質でもあるという。記憶違いかもしれないが、かつて田中裕明氏が三橋敏雄氏にそのような誉め方をされていたはずだ。従ってそれを踏襲した誉め言葉のつもりである。彼女は物静かで笑顔が魅力的で、それもいまと変わらない。しかし、つきあいが長いからといって、彼女の私事のことはほとんど知らない。私は語りたい人の話には喜んで耳を傾けるが、寡黙な人に話を訊くことはめったにない。ゆえに、本句集が出てはじめて彼女の名の「」が「高」ではないいわゆる「はしごだか」の方だと知った位だ。いままで年賀状はずっと「高勢」で出していた。彼女は、自分からそれを言うようなことを決してしない人である。それが良いところだ。けれど、自分のことは語らないくせに、周りを見る目は鋭く、対象の把握は確かであり、時には冷徹でもある。そのことは「自選十句」をみても一目瞭然である。
汲んできてゆたかにこぼす春の水
猫の恋ことば通じぬこと楽し
春の夜のあなたの耳を飼いならす
水中に皿すべらせて七月よ
頬づえをつけば涼しき机かな
夏空を蹴って逆上がり成功
行く秋やキャラメルわっとこぼれたる
秋の雨眠るに優しき本を選る
冬の雲かすかに甘き口内炎
少女らが雪しわくちゃにして歩く
例えば「ゆたかにこぼす」水、「わっとこぼれ」るキャラメル、「しわくちゃ」になる雪、このような言葉の意味と映像と音を生み出すセンスの良さや、恋猫の「ことば通じぬこと」を「楽し」といってのける諧謔。復本一郎代表は寄せている序文で、「現俳壇で立派に通用する」と手放しの誉めようである。これは同感でもあるが、異論もある。上記の句を見てもらえればわかるとおり、並の俳人としてなら確かにそうかもしれない。誰にも似ていない把握と表現があって、魅力的な句柄をしている。が、一等抜けた俳人としては、簡単に言ってしまえば句に凄みが足りない。
飯田龍太氏は、良い句集かどうかの判断とその特徴を以下のように述べている。
良質の俳人か、しかざる仁か。この点、俳句のような短詩型は、判別にあまり手間暇いらぬところがいい。(中略)まず、書名を見る。ついで、略歴を眺めて、あとがきを通読する。(中略)書名もまっとう、そしてあとがきもよろしい、となると、ざっと本文に目を通す。
句集には、しばしば著者の主筋と思われるひとの序文を見かけるが、帯の推薦文と同じように、私はこれにはあまり信を置かない。いい句集には、次のような特徴があるようである。
まず通読して、どこかに品位がある。風格といってもいい。
一集全体に、著者の指向するものが明確に示されて、そこはかとなく呼びかけるものを内包する。
一見さり気ない平明な句に、意外な迫力を感じさせる。いわば、低音部のよろしさ。静かな声音が鮮やかに聞きとれたとき、作品集はぐんと目方を加えるように思われる。
ついで語感の確かさ。特に俳句のような短い詩型では、このことはきわめて重要である。上滑りした感覚から、語感のよろしさは生まれない。」
(「句集の条件」『國文學』平成元年二月)
この文は短いが、主に国語教員と国文の大学関係者しか読まないような雑誌に載っていることがもったいない。今から二十年近く前に書かれたものだが、この前には今とさして変わらぬ現状分析を端的に書き、後には良い作家を見出すべき義務を負う結社主宰と俳句総合誌編集者への危惧を持ってこの稿は終わっている。厳しいが的確なことが書いてあり、俳句に関わる者が読むべき文である。この句集の判断の方法は、凡人の簡単にできることではなく、作家として一流の上に、慧眼の士であり、金子兜太氏に虚子後の俳壇の「クーラー」役と評された人ならではのバランス感覚の鋭さゆえに言えることではあろう。だが、非常に端的に句集の評価の基準をまとめてあり、志のある人には得るところ大のはずである。
さて、飯田龍太大先生には遼か遠く及ばずながらではあるが、この見地に照らしてみて、本句集は、おおむねよろしいと思う。が、もっとも大きな弱点として、「著者の指向するものが明確に示され」ているとは見えにくい。凄みが生まれないことの一因だと思う。一方で「一見さり気ない平明な句に、意外な迫力を感じさせる」ことと、「語感の確かさ」にとても優れた句集なのではないだろうか。まず、平明な句の力について。この句集は一頁二句の構成。ちょっといじわるだが、自選句のワキをつとめる同頁の句を抜いてみると
鳶の輪の中心にいて春の海
恋猫や髪濡れしまま読む手紙
かちと鳴る鍵穴の闇春惜しむ
七月のグラウンドにあるパイプ椅子
秋隣うすべに色の猫の耳
鉄棒をぐるり大暑をかき混ぜる
カンガルーの跳ぶ長さもて秋暮るる
秋雨やししゃものしっぽ二個並ぶ
文庫本も入るポケット冬日和
しぐるるやマニキュアは白がほしい
第一句集の自選句に悪い句が入っているようでは作家として終わっている。その隣の句に詠み手の底力が見えるわけで、これらをみれば十分合格であろう。また、語感も先の「自選十句」とあわせて音読されてみれば良い。いいリズムを生むための各節頭の語の子音母音のくみあわせ方が巧みであることがわかるはずだ。
また、先述の復本代表の序に「口語・文語混淆体ともいうべき破格の文体が紡ぎ出す不思議な祥子ワールド」ともある。もちろん彼女の個性を誉めている文脈である。具体的には助詞助動詞が古典文法で、仮名が新仮名なのであるが、そんなやり方を認めない結社もあるだろう。実際「鬼」でも、新仮名旧仮名はどちらかに統一せよ、と言われているが、「古典文法」ならぬ「俳句文法」という怪しげな言葉もあるように、そう簡単な話でもないと思う。先に引用しておいたとおり、我々は学生の頃からこんな文体でやってきた。彼女はその会で自分の文体を作っていったから、口語文語の混淆文体の根っこはそこにあると思う。ただし、断っておくが、彼女が文語の仮名遣いが苦手なわけではない。大学では近世文学を学び、版本の崩し字を読んでいた才女である。ゆえに、変えることなどは容易いことなのだ。ではなぜ変えないのか。勝手に推測するが、一つには、なぜ統一する必要があるのかについて、いま世に用意されている答えに納得がいくものがないから安易に受け入れる気はない。もう一つには、今のスタイルでしっくりいっているなら、変えなくて良い。即ち、勢祥子は頑固者なのだ。やや俯瞰して言うと、彼女のような、現代人の感覚の中で、一句の中に詩性と滑稽味を並立させうるような才能においては、この文体でいくしかないのではないだろうか。仮に俳句文法と歴史的仮名遣いだけで滑稽味を出せば、詩性も滑稽味も月並古風に勝手に流れていくし、口語だけではすぐに表現の量的限界がくる。
いま、さらっと書いてしまったが、勢祥子の独自性は一句の中に良質な詩性とともに、無作為に冷徹な視点からもたらされると思われるそこはかとなく漂う滑稽味を併置させていることだと思う。それを簡潔に言うのは難しいが、栗山理一氏の言葉「有情滑稽」がもっとも近いかもしれない。まじめな人がまじめにあたりまえな俳句を詠むことが主流になってしまった今、希有な俳人になりうるし、そこに一等抜けた俳人としての凄みも生まれてくるのではないかと期待している。「良質な俳人」としての資格は十分に備えているのだから。
四、俳句は文学でありたい ・・・結木桃子「シナプス」
いったい、俳句は文学なのか、と問うとき、ただちに「文学」とはいったい何だ?ということが問われなければならない。が、これはやっかいな問いだ。逆説的な言い方になるが、俳句を文学だと思ってやっている人と、そうでない人がいて、そう思っている人の俳句は文学だ、と言っておこう。そうだと思うのなら、必然として文学とは何か、俳句とは何かについて考え、葛藤し、答えを出す努力をせねばならない。その結果の「文学としての俳句」はまだまだ一色ではない。受け継がれるものもあれば、孤独な作業で終わるものもある。たった百年あまりの歴史のなかのことだ。
今から八十年ばかり前、いわゆる近代文学の影響下に当然のように俳句に個を盛り込もうとする人々に対し、虚子はそこから降りる宣言をした。「俳句は花鳥諷詠詩」=人間中心主義から自然中心主義へ。どだい俳句には無理なことはするな、という。そんなことは余所でやれ、俳句は花鳥の世界で文学をするんだ、という。俳句で出来ることと出来ないことはあり、これは至極当たり前の話だ。ゆえに一見わかりやすく、多数に受け継がれた。だが、一個人の定義が永遠に固定する文学ジャンルなどありえようか。いかに「花鳥」を今様にアレンジしようが、虚子個人の実作における花鳥諷詠はちょっと違うが、虚子の定義した「花鳥諷詠」は、究極的には現実離れし、悟りわきまえた人しかできないものではないのか。修羅の道にあるようなものにとっては全く魂が惹かれない。
おそらく、突き詰めれば根っこの深い部分ではたいして違いはないのだろう。大自然に寄りかかるか、かからぬのか。それは突き詰めかたの表か裏かの差だといってもいい。どっちがよりしっくりいくのか、性質の問題である、とも。ただし、一つ言えることは、この八十年ばかりの間で、「花鳥諷詠」およびその亜種の枠の中から俳句にもたさられたものと、その外から俳句とは何かを突き詰めていった人々からもたらされたものでは、遙かに後者の方が我々にとって豊かな知的財産である、ということだ。そして本句集の著者は、その後者の魂を受け継ぐものの一人である。
結木桃子第二句集「シナプス」。「あとがき」によれば、「9.11」以来の世界情勢の激動、義父の死や分身であった愛犬の死などの身辺の出来事との対峙の中から生まれたものだとある。つまり、「花鳥諷詠」の中で低徊趣味に遊ぶ俳句とは真っ向から対立する句群。このことは重く受け止めねばなるまい。まず、「自選十二句」から読んでいく。
シナプスの発火してをり春の闇
春の闇女身の羽化のゆつくりと
飛び立たぬやうに根を張る夕桜
水着着て大群のホモサピエンス
人類は進化の途上蚊帳の中
撃たれる胸から醒めし昼寝かな
透明な手足で目覚め秋はじめ
吹き抜けし野分の後をただの風
梵鐘のいくつ素通り曼珠沙華
初雪忌と名付けたきほど降りにけり
寒濤の透き通るまで寄せ来る
春風の映る鏡を探しをり
このように、作者の主観を消して、眼前にある景をただ十七音の言葉にしたものは一つもない。象徴的なのは、本句集のタイトルでもある「シナプス」の句。
シナプスの発火してをり春の闇
例えば宇宙の中心や原子核分裂を肉眼で見ることができないように、「シナプス」は五感では見ることも感じることも出来ない。ただ、文明がもたらした知識によって、銀河系の形や原子モデルやニューロンのモデル図を見、そのようなものがあることを理解しているだけだ。そのようなものと俳句が出会ったときに、作者の想念のなかで把握され、詩性が発火しているのである。いわば、幻視。それは何も「文明」に限らず、他の俳句も同様で、
春の闇女身の羽化のゆつくりと
飛び立たぬやうに根を張る夕桜
撃たれる胸から醒めし昼寝かな
透明な手足で目覚め秋はじめ
春風の映る鏡を探しをり
「女身」が「羽化」したり「夕桜」が飛び立ち、「手足」が「透明」になる。また「春風の映る鏡」など、実際にはあり得ない現象や物があふれ出るのである。また、
水着着て大群のホモサピエンス
は、一見眼前の景、いわゆるプールのいもあらい状態に見えるようだけれども、「大群」「ホモサピエンス」という言葉には人をやや俯瞰的に、他の生き物とを同列に並べて見、扱おうとする作家の主観がはっきりとあわられている。それは俳句的にはシニカルな人間批判的姿勢へと容易く反転してしまう傾向があり注意を要するけれども、次の句の「人類は進化の途上蚊帳の中」の「人類」にも同じ姿勢を見ることが出来る。
吹き抜けし野分の後をただの風
梵鐘のいくつ素通り曼珠沙華
寒濤の透き通るまで寄せ来る
なども、実景に主眼をおいてはいるようであるが、野分とその後のただの風の分割など実際には区分は不可能で主観的な把握。「梵鐘」が「素通り」するわけもなく、濤が「透き通るまで寄せ来る」ということも理屈上ではありえない。つまり「素通り」し「透き通る」のは「梵鐘」や「濤」ではなく、それを見ている主体なのである。
本当に「現実」を捉えるには、対象の外面を捉えるだけでも、それを見ている自己の内面を捉えるだけでも駄目である。これらの句群からは、単純に眼前の景を素朴に描写するのではなく、作家という主体が感じ、把握した詩的真実を、如何にして言葉で再構成して表すか、ということへの情熱が強く感じられるのであり、そこが著者の志向するところであることがよくわかる。そのような認識を経てくると、例えば、集中の映すものとして現れる「鏡」の句群はまさにそのような作者の把握した「詩的真実」を映すものとして表象あるいは願望されていることに改めて気付く。ゆえに、現実には起こりえないことも現れ出るのである。
動くもの拒み春夜の掛け鏡
春雷や眠ること無き掛け鏡
卒業や鏡の奥に誤字ひとつ
何もかも見てゐし鏡寺山忌
鏡よ鏡尋ねてをりし雪女
春風の映る鏡を探しをり
鏡が意志を持ち、映るべきものが映らず、映らないはずのものが映る。一見不可思議な言葉の集合は、喩としての現実そのものに他ならない。主体と対象の二元的な認識の布置を捨て、対象から受け取った感覚を主体としての意識において吟味し、獲得する暗喩としてのイメージ。金子兜太氏はそのような俳句を詠む主体を「創る自分」と呼び、その作業過程を「造型」と言った。
ここにコップがある。このコップをどう描くか、あるいは、このコップをみて感じた、その感じをコップによってどう示すか、更に一歩進んで、コップに関連して考えた、その内容をコップに託してどう伝えるか―大体、この三つの作り方が俳句の作り方と見られている。これらは多かれ少なかれ自分とコップを直接に結びつけて俳句を創ろうという考え方だ。これに対し、コップを一つの刺戟剤として、これを契機に自分のなかにある意識を目醒めさせ、想像力を羽ばたかせて、それらの完全表現をやろうとする創り方がある。この場合、コップは全然描かれないこともあるし、そのまま描かれることもあろう。そんなことはどうでもよくなる。また自分のなかに生れ、掘り出される意識の襞や想像の内容も、別にコップと関係なくてもよい。それは全く自由だ―このようにコップを契機に自分を発掘し、表現を行うものを『創る自分』と呼ぶことにしたい。創る自分によって、コップと自分の関係は間接的になるわけだ。 (初出「俳句の造型について」『俳句』昭和三十二年 二・三月号。引用は『「俳句」百年の問い』講談社学術文庫によった)
金子氏は、これを象徴主義にも具象主義にも偏って真実を見落とすことを回避するための手段だとも述べている。結木桃子にとって、この場合の「コップ」が、世界や身辺に起こった多くの出来事なのである。重い現実をそのまま口に出しても、実は本当に言いたいことは言えてはいない。そんな思いは多くの人にあるはずだ。言葉に出来ない。が、それを具象にも抽象にも偏向しないところで、「喩」によって表現することで、真実として、詩として立ち上げる営為を、私は文学と呼ぼう。
だが、このような純度の高いイメージの造型を、一句集のなかですべて一貫して持ちこたえることははなはだ困難なことである。例えば、知的連想はその相対的配置によって案外に底が浅く見えてしまうことがある。
春の闇女身の羽化のゆつくりと
飛び立たぬやうに根を張る夕桜
「化粧」という。女優の成長をよく「一皮むけた」という。「女身」に「羽化」はいかにも安易な印象を持ち、さして新鮮な読みを呼び起こさない。また、桜の根がその自由の翼を縛るものだというのも、うつろうものの象徴ともいえる桜ゆえに発想の意外性は薄い。
だが、そうではあっても、安易に見たままを映すような後退はするべきではないだろう。言葉にできない言葉、心の中のざわざわした何かを、主体としてきちんと意識し言葉で掴みとること。そしてそれが他者と共鳴しあえることに魂を懸けること。そうすることが俳句だと思う人々は、おそらく少数ではない。
五、〈やつし〉といふこと ・・・小宮山青衣「青衣」
恐るべきことに、帯と奥付をのぞいて、すべて著者の手になる毛筆の原稿を印刷してある。復本一郎代表の序文は万年筆だが、やはりそのまま印刷してある。これを精魂込めたと言わずして、なんと言おうか。もしこれが草書などで書かれていたら、きっとあたかも近世の版本を手にとるかのような錯覚を覚えただろう。さらにまた読み進めるにつれ、近世俳諧が今様に蘇ったかのような句群が並ぶことに、驚いてしまった。以下、恣意に抜いた句。
客入りを告げる太鼓や夏座敷
初糶や長靴光る男衆
大仏の胸の螺髪に春の草
初空を仰げば首の骨の音
太古より鼻穴二つ屠蘇を受く
時代屋の蔵の匂ひや寒牡丹
創造の厳しさに耐へ梅漬ける
飛び出せる犬は短足春浅き
紙幟ほどのファックス流れけり
決断は女が速し更衣
関はらぬドットやコロン夕端居
店番のをとこ猿顔柿熟るる
くぐり戸に頭こつつん一茶の忌
からつぽの頭に浸みる湯豆腐よ
写真付きの犬の骨壺ひめつばき
天に向くミッキーの鼻梅雨晴間
献血の車見やりぬ風鈴市
わが家には蓼喰ふ虫のをりにけり
冬の鬼とうす東司と寄りにけり
鉄棒の選手の腋毛梅白し
勢ひよくビデの水出て鼻曲鮭
はじめの「客入りを告げる太鼓や夏座敷」は巻頭二句目。時代ががっている状況がかえって新鮮で、見えない現場に興味を覚える一句。次の「初糶や長靴光る男衆」や「時代屋の蔵の匂ひや寒牡丹」も、ありのままを詠んでいながら、どこか爽やかで、ゆるゆるとタイムトリップをする感じがする。
しかし、なんと言っても興味をひかれるのは、「大仏の胸の螺髪に春の草」「初空を仰げば首の骨の音」「太古より鼻穴二つ屠蘇を受く」「飛び出せる犬は短足春浅き」「紙幟ほどのファックス流れけり」等々、ここにあげた句の多くにあるユーモアある笑いである。総じて実の世界、生活に目を向け、ありのままを詠んでいながら、穏やかな笑いを誘うのである。
また、「創造の厳しさに耐へ梅漬ける」などというどこまで本気でどこまでパロディなのかわからないような句もある。最近とんと聞かない言葉だが、「剽軽」とでもいおうか。
「関はらぬドットやコロン夕端居」「くぐり戸に頭こつつん一茶の忌」「わが家には蓼喰ふ虫のをりにけり」「鉄棒の選手の腋毛梅白し」こんなゆかいな句達を、著者が生真面目に毛筆で書いていること自体、失礼ながらその様子を想像するだけでも微笑を誘う。一句一句の作品だけでなく、句集も作家の行為もあわせて実に「俳諧」的なのである。だが、作者は、決して安易な受けねらいをしているのでも、ふざけている訳でもない。
《雅》の骨格に《俗》の皮を着せ、一見《俗》なるものに見せかけながら、その実《雅》であることを楽しむという、高踏的な(見方によってはいやみな)方法がある。これは木綿の着物に絹の裏を用いる江戸人の美意識に近い心意気である。太田南畝は言う。「雅人の俗を弄ぶばかりは、かへりて雅の沙汰になるもあじなものなり。」(『仮名世説』)この方法論を江戸時代の言葉で言うなら、即ち《やつし》である。その効果は即ち《いき》である。この《やつし》が江戸人にとって、文学のみならず生活そのものにおける発想の様式であることを指摘したのが石川淳であった。(中略)《雅》は《俗》にやつすことによって、再び本来の生命を蘇らせるのである。死せる《雅》は《俗》中に活を求めねばならない。おそらくこれを明瞭に意識していたのが江戸の俳諧文学者たちであった。 (尼ヶ崎彬『日本のレトリック―演技する言葉』昭和六十二年 筑摩書房)
例えば《雅》の世界では鳴くことを詠むものであった蛙を、市井の人である芭蕉が「蛙」の「飛びこむ水の音」を詠んで《やつし》てみせているように、あるいは鶯の糞を詠んで見せたように、《雅》をただまねるのではなく、イメージを換骨奪胎してゆかなければならない。そうしなければ雅趣はたちまち古び、生気を失う。
近代以来、写生や花鳥諷詠によって、また第二芸術論によって、俳句はあまりにも生真面目になり、ベーシックなところで俳諧を意識する俳人がことのほか少なくなってしまった。しかし、著名な俳人は、ことごとく最終的にはどこかで必ずそれを消化し、重要性を説いているではないか。
ここでは、そんな大上段に構えた大げさな話ではないけれども、日常のなかの俳句ですら、取り澄ました表情をしたものが多すぎる昨今に、青衣俳句はそのような物事やひとをとらまえて《やつし》て見せ、笑いを誘っているのである。
俳句や短歌は、仁平勝氏の言うように、俗謡に流れやすい音調を持ちながらも、首の皮一枚で《雅》な側にいるものだから、ひたすら季語に忠実になってしまったり、変に《俗》を排除したりする。また逆に、《俗》なふりをし過ぎてしまって、わざとらしく、あざとくなってしまう句も多いのではないだろうか。本質的にみんなとてもまじめなのだ。でも、伝統などを振り回してあまり《雅》な側のふりをするのは実は伝統などではないし、あざとく滑稽なふりをしてみせるのも同様である。
《俗》のふりをする雅人こそ、本当の意味で《雅》を志向できる俳人なのであって、《いき》なのである。その意味において、小宮山青衣とは、現代においてマイナーとなってしまった《やつす》ことにあえて挑戦することを志し、実践しているちょっと《粋》な人なのである。
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