「鬼」十七号
三月三日(やよいみか・やよひみか)
五節句の一。『和漢朗詠集』の朗詠題であり、「六百番歌合」の歌題。この日の行事に、曲水の宴を催す、桃の花を飾る、草餅を供える、水浜に行き祓除するなど。近世より庶民の行事として雛祭りが盛んになった。「三月三日」そのものを詠んだ詩歌としては、古くは冷泉為尹(ためまさ)『為尹千首』(応永二二年〈一四一五〉成立)に、「さらば又三月三日の月の影はやさしそへよ桃のさかづき」が見いだされる。桃の節句、雛祭り、上巳(じょうし)、重三。
節句明けてはまぐり煮出す障子哉 鬼貫
鑓もちや雛のかほも恋しらず 千代女
おびたゞしく古雛祭る座敷かな 正岡子規
悄然たる路上の馬を雛の間より 金子兜太
座敷雛向かうの空に浮かぶ島 橋本 直
夏田(なつのた)
夏田での立題は『国家大観』によれば『為家集』(文永年間成立か)、『夫木(ふぼく)和歌抄』(一三一○年〈延慶三〉頃成立)をはじめ、十三の歌集に見いだせる。俳諧・俳句においては、「青田」はあるが「夏田」の立題、例句ともに未詳。角川「図説大歳時記 夏」では「青田」の項の考証で触れ、『夫木(ふぼく)和歌抄』を引くのみ。慈円「夏の田も宮もわら屋も草のはもつくらぬほかはなしとこそきけ」(『拾玉集』)が最も古い例歌か。
穂に出でぬ夏田にまじるひえ草の引捨てられて世をや出づらん 為家
古里の雨音夏田ある限り 橋本 直
秋水(あきのみず・あきのみづ)
『古今和歌集』「み山よりおちくる水の色見てぞ秋は限りと思ひしりぬる」(藤原興風)あたりが最も古いものとなってくるであろうか。『拾遺愚草』『夫木(ふぼく)和歌抄』『題林愚抄』等に「秋水」の題のつく歌を見ることができる。和歌では「竜田川」との組み合わせが多く見られる。和歌では澄んでいるもの、紅葉や空の色を映すものとして多く詠まれるが、俳諧・俳句はその限りではない。
相模川洪落、水接スレ天ニ
狼の浮木に乗るや秋の水 其角
澄むものゝ限り盡せり秋の水 乙二
翡翠の来らずなりぬ秋の水 正岡子規
秋の水叩いてかぶるヘルメット 小倉喜郎
秋の水不在の主の肖像画 橋本 直
荻(おぎ・をぎ)
イネ科の多年草。薄に似るが穂が大きい。『万葉集』には「葦辺なる荻の葉さやぎ秋風の吹き来るなへに雁鳴き渡る」など三例。『古今和歌集』には一例もない。『古今和歌六帖』に立題。平安後期以後よく歌題とされ、先の万葉歌の類歌多数。例えば『新古今和歌集』に荻の歌十九中十五は風にさやぐ様子に秋の気配を詠むもの。なお、「浜荻」は平安以降「葦」と混同されている。古代には神を「をぐ(招ぐ)」招代(をぎしろ)だったとも。
ばせを植ゑてまづ憎む荻の二葉哉 芭蕉
荻吹くや燃ゆる浅間の荒れ残り 太祇
空山へ板一枚を荻の橋 原 石鼎
見えぬ世も戦あるらし荻の声 中村苑子
荻の穂の中を弄る持ち帰る 橋本 直
残菊(のこるきく)
晩秋から初冬にかけて咲く菊。本来は重陽節を過ぎても咲き残っている菊。宮中において事情により九月九日に行われなかった菊の宴を十月に行ったのを残菊(ざんぎく)の宴といったが、後に同日を過ぎれば十月でも十一月でも月日は一定せずとも残菊の宴とした。『菅家文草』に「残菊詩」があり、「永承四年内裏歌合」に立題。「六百番歌合」では冬の題。改造社『俳諧歳時記 秋』には「ざんぎく」と音読するのが本来のものと解説がある。
十六夜のいづれか今朝に残る菊
芭蕉
かくれ家やよめ菜の中に残る菊 嵐雪
ほろ/\と菊が残るや石のそば 高濱虚子
残菊のなほはなやかにしぐれけり 日野草城
鈍色の夜の手の中に残る菊 橋本 直
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