子規死後の一様相    

  

 子規の死後三年の後、明治三十八年に『明治一万句』という本が出た。日露戦争中、日本海海戦の後になる。内容はいわゆる類題句集。「○○一万句」という書名の類題句集は明治から昭和初期にかけて多く出版されており、本書もその一つ。が、子規の最晩年から死後数年(明治三十四年三月〜三十八年四月)にかけて『日本』『ほとゝぎす』『日本人』『太陽』に載った日本派同人の句約五万句から編者今井柏浦が一万余句を選び集めた句集となれば、いくつか興味をそそる点がある。「本書特に子規先生の高吟を加はへたるものは、作例を示して行進の為めに資せむと欲すればなり。」とあり、例えば、「雑」の部では前書きのまま目次に題を立ててある。

    松山堀端

  門しめに出て聞て居る蛙かな(春の部)

    須磨保養院

  人もなし木陰の椅子の散松葉(夏の部) 

    古白百ケ日

  蓮咲て百ケ日とはなりにけり(同)

    猫に紙袋の畫に

  何笑う声ぞ夜長の台所   (秋の部

他に、「上野」「浅草」「呉港」「金州」「大連湾」「須磨」等十五題十七句が載せられている。また、それぞれ「雑」の夏の部に二十二題二十二句、秋の部に十三題十四句、冬の部に八題十句の子規の句が載せられている。このように「雑」の部立てにたいする自由度が割合たかく、また、子規崇拝とは言わないが、子規の句が今よりは権威があるのが本書の特徴である。

 また、他者の作で、雑の題に「戦死せし人の遺吟を整理して」「巨口手に銃創を負ひ後送宇品に着せるを聞て」「鉱毒被害地二句」「日露協商断絶」など、時代を映す前書きも多く、戦争や資本家のエゴといったリアルな近代に俳句がどう向き合ったのかを示す一例と言えよう。

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