成田三樹夫遺稿句集『鯨の目』鑑賞
一、はじめに
何だか気になる悪役、というのがいて、ハリウッドではウィレム・デフォー、日本だと成田三樹夫。任侠物や時代劇の悪役で存在感があった。といってそれが何だか気になる理由ではない。強いて言えば、ドラマ「探偵物語」の松田優作とのからみかもしれない。が、それも違う気がする。とにかく何だか気になるのである。一九九〇年没。四月九日が忌日である。 この成田の遺稿句集が「鯨の目」。昭和五八年七月からの「第一綴」から没年の平成二年「第五綴」まで、定型も自由律も仮名遣いもないまぜに、けっしてうまい句集ではないけれど、並んでいるのは、ひとつひとつ真剣に詠んでいる句である。以下、そのなかから気になった句を取り上げて鑑賞してみようと思う。
二、「第一綴」〜「第二綴」
肉までもぬいだ寒さで餅をくい 「第一綴」
俳優は、役のためには時として肉までも脱がねばならない。まさに「俳」の実感そのものの一句ではないだろうか。
目が醒めて居どころがない 「第一綴」
ある日ふと昼寝から覚めた場面なら、滑稽な場面かもしれない。人生の夢から覚めてしまったのなら、悲しい一句。
冬の陽やとっぷりと柴の犬 「第一綴」
手練れの俳人ならちょっとつきすぎ、と言うだろうか。「とっぷり」が柴犬にかかることで、冬の夕日と長い柴犬の影が立体化する。作者はその犬を牽いているのだろうか。ちょっと絵になりすぎるくらい映像的である。
奴の背中におぶさっていたあの異形のもの 「第二綴」
彼が見た「異形のもの」ってなんだったのだろうか。具象性のない「あの」が、かえって確かに見えていることを示す。
あの落椿この夜の風にまろぶかも 「第二綴」
この句にも「あの」が使われている。一瞬不思議な、でも正直な作品だ。昼間見た落椿をその瞬間に句にするのでなく、夜になって風にまろぶ様子に思いをはせて詠んでいる。落ちた椿のその後のことなど、普通の俳人はあまり考えない。美しくないからだ。だから、こんな句はあまりない。夜に不意に来た強い風に、そんなことをつい気にする個性と、見て、記憶して、ふと浮かぶという、俳句の作り方がそのまま出ている一句。
五十億年寝返りうつやこぞことし 「第二綴」
○○億年、で連想するのは谷川俊太郎「二十億光年の孤独」や高橋新吉「るす」。谷川の詩は好きな詩だが、ここで紹介の必要もない超有名作だろう。教科書に載り、しまいには曲がついて中学校でやってる合唱コンクールで歌われたりしていて、私にはちょっと違和感がある。高橋新吉「るす」は私の母校に詩碑がある。
留守と言へ
ここには誰も居らぬと言へ
五億年たつたら帰つて来る 高橋新吉『高橋新吉の詩集』等
という、ステキな詩だ。理屈を言えば、弥勒菩薩が出てくるのだけれど、それを言っちゃあおしまい、という気がする。過剰な個をもった新吉の姿が透けて見えるほうが楽しい。「○○年」、「留守」つながりで、
千年の留守に爆布を掛けておく 夏石番矢『Metropolitique』
これも良い句だと思う。しかし、言葉では新吉の詩と関連する(引用と言っても良いかもしれない)ものの、この句の中には、新吉に負けぬ過剰な個を持つはずの夏石の姿は薄い。こんな具合に、詩句に永い「○○年」を使うのは珍しい事ではないのだけれど、成田の「五十億年」も、つまりは地球誕生以来というぐらいなわけで、使い方は高橋や夏石と同じ系譜だ。が、えらく退屈な神かつ私/あなたである。
何十億光年もの距離が0になる不思議
青葉と風と日光に征服されてゆくおののき
ちゃわんをしっかりおいてぞっとする春夜
夕顔のつるのきつさに身構えり 以上四句「第二綴」
これらの句はほんとうに、思ったままを、口をついて出たそのままに句にしている。基本的には、「第二綴」までこのような作品が圧倒的に多い。この人は五七五の定型なら、言い過ぎって言われてしまう「不思議」「おののき」「ぞっと」「身構え」なぞを、臆面もなく使えてしまう。我流のゆえだが、この時期はまだ習作期でもあったのだろうと思う。
脚を抜かれしパンツに手がとどかない
鳥達のとんでいった石の上に腰をおろす 以上二句「第二綴」
のように、これもまた自分の身辺のあったそのままを言葉にしたもの。さらに、
静かさや千々に乱れし夢を喰え 「第二綴」
これは、身も蓋もなく言ってしまえば、芭蕉の有名な句を張り合わせに「喰え」だけがぶら下がっている句だ。芭蕉をくっちゃえって感じなのだろうか。乱れ、かけめぐった人の夢を食うことは、簡単ではないだろうに。
古池に小雨あそんで円や円 「第二綴」
これも、古池といえば芭蕉を連想させ、しかも、池に小雨の円(まる)なんて、浮世絵の風景画を思わせる。「あそんで円や円(まるやまる)」ていう表現はきいていて躍動感があるし、案外におもしろい。
八方つつぬけの極楽 「第二綴」
一瞬何だかわからないが、ただ露天風呂に入っているときの気分のようにも感じられる。しかし、極楽ってみんながそろってあれが極楽だって思わないと極楽ではない。確かに、八方つつぬけなんだろう。
四、「第三綴」〜「第五綴」
鶲一声静冬の午の恐怖
ひそと動いても大音響
丸石のぬくみに溶けん山胸に入る
春ゆくや鮮明なるや海中の蟹
牛の眼におじぎする気持ちで通る 以上五句「第三綴」
「第三綴」あたりから、少し玄人の嫌う表現が減ってはくるが、例えば、三句目のような、俳句ではしつこい感じのでる、「〜溶けん〜入る」のような動詞の言い回しや、四句目の「〜や」の反復があるように、いわゆる俳句のルールは無視しているし、自分がこうだと思った叙情で作品は綴られてゆく。あまり世間へ出すつもりで書いていたものではなかったこの句群から見えてくるのは、過敏すぎる感受性だ。鶲の一声にもひそと動くことにも、案外な春の海の透明度にも作者ははっとさせられているし、牛の存在感の前には、おもわずおじぎする気持ちになるのだ。たぶん、作者の演じた役のイメージとはかなり遠い。なかでも、
色々の人々のうちにきえてゆくわたくし 「第三綴」
の句は、その意外性のある句のなかで最も出色であろう。(この句の解説は「現代俳句データベース」(http://www.haiku-data.jp/work_detail.php?cd=12842)に書いたので、そちらを参照されたい。)
岩の馬の背遠くの富士を乗せている 「第四綴」
一瞬アンリ・カルティエ=ブレッソンの馬の背中の背景に山の稜線が写っている写真が浮かんだ。たぶん、馬の背中と山の取り合わせはつくんだろう。類似の発想を所々でみる。
よじよじと這っている蛾をソプラノで送ってやる 「第四綴」
蛾の這い上がる感じと、水族館でエイが這い上がる感じはよく似ている。
物云いたげな急須の口や秋深し 「第四綴」
この人は放哉的自由律が多いのだが、第四綴から定型にも良い雰囲気が出てくる。なにげなく共感できる句だけど、人に見られてナンボである職業であるゆえの、対象への意識の働きは独特のものがあると思う。
ものみなにこりと笑っている戦慄 「第四綴」
一瞬、中学校の国語の教科書に入っている「素顔同盟」を思い出した。笑顔とは所詮相対的な物に過ぎない。
恋終り空のひろさや 「第四綴」
この後に猫の恋の句が二作続くことを考えると、猫のことを詠んだかと思われる。が、成田の風貌と組み合わせて読むとなんだか面白い。
おおきい意志にて氷柱まがるぞ 「第四綴」
この人の対象把握は、まわりから見られてナンボという職業で培われた意識の先に、日本的自然観がのっかった擬人化じゃないかと思う。そこでこういう面白い把握がでてくるんだろう。
雪解音病の床の逍遥す 「第四綴」
中塚一碧楼の絶句「病めば蒲団のそと冬海の青きを覚え」を思い出した。病んで床に伏す者がみる幻の野はどんなものであったろう。
小綬鶏をはじいてわらう大地かな 「第四綴」
さわやかな把握の句。子規の虚子評を思い出す。コジュケイは一九一九年頃に狩猟用として中国から持ち込まれたものが野生化したのだそうだ。場所は神奈川。で、ブラックバスも同じ頃(一九二五年)に芦ノ湖に持ち込まれた。大正時代の持つ意味ってその辺から考えると面白い。まもなく虚子が「花鳥諷詠」を唱えはじめるのって無関係ではないだろう。
「第五綴」の扉には平成二年二月からとあるが俳句の日付と一致しない。同年四月九日病没(五五歳)。詞書(句の後ろにあるけどこう呼んでおく)に「病中」と付された句がとても多い。
鶯の首まきついて梅ちらず 病中 「第五綴」
素直に写実ととれば、鶯が梅の花に巻き付くように首をつっこんで蜜を吸う風景、というところか。私はメジロ(たしかヒヨドリも)でしか見たことはないけど、けっこう乱暴にツンツン花に顔つっこんでいたと思う。実際に鶯はどうなのか今度気をつけて見てみよう。一方で、病中吟ということと「まきつく」というしつこい語の感じから鶯を病、梅を命とみる見方も可能かもしれないが、前者で解しておきたい。
あとさきもなき不意打ちの誕生日 平成2年1月31日 「第五綴」
「あとさきもなき」がとても不思議である。この作者のもっている人生観がとてもよくあらわれていると思う。
地上にてはや天上大風良寛忌 病中 「第五綴」
良寛は天保二年一月六日(一八三一年二月一八日)没。「天上大風」は良く知られた良寛の書。HP「良寛と貞心尼」http://www2.tokai.or.jp/mm/西蒲原郡の項に由来と書の写真があるので参考まで。凧が良く揚がるようにという願いがこめられているそうだ。ゆえにたまたまこの年の良寛忌が大風の日であったということであろう。ついでのようだが、「天上大風」は同名の源氏鶏太の新聞連載小説より一九五六年池辺良主演で映画化されており、監督は瑞穂春海。この人はのちに成田の入社した(一九六三年)ころの大映でメガホンをとった人なので、もしかするとすこしは関係があるかもしれない。ちなみに小説は良寛の話ではない。
六千万年海は清いか鯨ども 病中 「第五綴」
鯨の目人の目会うて巨星いず 病中 「第五綴」
ともに鯨を呼んだ句。うち、後者がこの句集のタイトル「鯨の目」のもとである。この句集の巻末に「綴りの余白から」と題された一章があり、読んだ本のメモや詩などが記されていて、成田三樹夫という俳優がとてもインテリであったことがよくわかるけれども、そんななか第五綴に「『巨鯨』写真集 水口博也 講談社」とあって、病床でこれを見て詠んだ句と推測できる。正確には「巨鯨 WHALES&DOLPHNS」というタイトルらしい。この写真集をみてないのでなんとも言えないところがあるが、作品と読者の関係としてみると、作品世界の中へ入っていっていることがよくわかる気がする。映画をみる時と同じ気分だったのだろうか。
目あくれば晒した顔(つら)をまだ見せている妻 病中 「第五綴」
病気の夫をつきっきりで看病する妻は、もちろん素顔を晒していよう。そしてその死を恐れてもいよう。「晒した顔」という言いように男側の古風な夫婦意識(お互いの心がよくわかっていて、かつ屈折している)を感じる。同時に、病の深刻さも。
朧世の底をつきぬけ櫻は散るぞ 病中 「第五綴」
「夜の底」は「羅生門」の下人が落ちていった場だが、「朧世の底」とははたしていったいいかなる場であろうか。「朧世」はあまり用例を見ない。が、やはり無常を感じさせる語感である。無常と桜は付くけれども、漠とした世界の底を桜の花弁は突き抜けてみせるのだという。力強い面白い把握。翻れば、流される人の弱さを思ったものか。
寝返れば背中合せに痛む人 平成二年病中 「第五綴」
最後の一句。しかし、辞世の句、というにはあまりに普通で、この時は死ぬ予感がなかったのかな、と思ってしまう句。はなから辞世の句詠もうなんて念頭に無かったかもしれないが。それにしても、この句に詠まれた場面は、その直前まで隣の痛みに苦しむ人の背中を見ていたはずである。どんな気持ちで見つめていたのだろう。事実として、死が身近であったことに違いはないのだが。
本稿はブログTedious Lectureに断続的に掲載した記事を改稿したものである。
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