俳句表記と個
俳句と言葉について考えるとき、表記の面と音声の面についてそれぞれ分けて考えるのが妥当と思われるが、ここでは筆者が当面の課題としている表記の面の問題について述べてみたい。 俳句は短詩形文学の中でも最短であるがゆえに、文字の視覚効果が出やすいジャンルであろう。たとえばもし、韓国においてハングル表記にこだわったように、日本語が漢字表記をやめてしまっていたら、おそらく今のような形で俳句は存在しなかったのではないか。漢字とひらがなは脳内でそれぞれ別の場所で処理されているとする説には根拠が無いらしいが、書道に顕著にあらわれるように、我々は日本語において文字を単なる記号と割り切っていない。肉筆であれば筆跡や書体。活字であれば書体の選択、さらに漢字と仮名の選択、新仮名と旧仮名の選択、繰り返し記号の使用の有無等々、文字の組み合わせによって生み出されるたたずまいを重視し言葉を紡いでいく。このセンスは遺伝子の一種とさえ言っても差し支えないだろう。
一方で、幕末、前島密が大まじめに「漢字御廃止之儀」を慶喜に建白しなければならなかったように、また、明治期の国字改良、言文一致運動、戦後の旧かな表記廃止等がその運動の当事者にとっては必然と信じられたように、さらにさかのぼれば、古代の権力者において「真名」が漢文で「仮名」が和語であることが当然と思われていたように、政治情勢の変化に言葉は絶えず揺さぶられ、その時代に生きる人々に見合った(とされる)性能が求められる。例えばかつて、すべて日本語をアルファベットで書くべきだ、とする運動があったように、また、日本語を捨て英語を話すべきだ、と考える人々がいるように、鳥瞰的に見ればおよそ愚かしい論であっても、時代の要請から日本語の改造をしようとする動きはこれからも発生するし、言語とはそのようなものだ。
さて、それらのすべてを日本語という言葉の総体としてみるとき、俳句はそのなかから俳人が俳句にふさわしいとした表記法を選んでいくことになるわけだが、先に述べた情勢による言葉の変化を詩的言語としての俳句の言葉とは次元の違う物として峻別することは事実上不可能であろう。たとえば戦後の旧仮名廃止は文化の継続から見れば明らかに無茶な行為だが、だからといって俳句の仮名表記は新仮名は全く不適切で旧仮名が適切であるかといえば、たしかに歴史の積み重ねがあってこその表現となれば、新仮名にできないことが多いのは当然であるが、逆に旧仮名にポップな表現が似合うとは思えない。それはそのようにならされてしまった、いわば気分のようなものだが、表記には純粋に芸術論に基づくだけではない不易と流行のようなものがある、と言えよう。
さてそこで、一般的に、一俳句作品のなかに新仮名と旧仮名が混じることは許されないとされる。それは文法が紛らわしくなるおそれがあるからもっともだが、では、一作家が新仮名と旧仮名の作品を同時に詠むのはいけないことだとされるのはなぜなのだろうか。詠みたいテーマごとに似合う仮名遣いがあると思うのだが、それを選択したいのにどちらかに統一しなければいけないというのはひどく不自由だ。不似合いな仮名遣いで一句の作品の完成度を落とすことになるのではないのか。仮名遣いも個性というなら、そんな個性が果たして本当に必要なのか、と問おう。
たとえば種田山頭火の最後の句集『鴉』を調べていた時、雑誌に発表した段階や公にする予定ではない記録、私信等のなかでは新仮名遣いであった句を、句集にまとめるにあたって漢字の使用頻度を増やし、新仮名を旧仮名に改める傾向が見受けられた。戦前の作家とはいえ、自由俳句を標榜する彼にしてこうである。果たしてこれは「推敲」なのだろうか。好意的にみれば、まさに冒頭述べた文字の視覚効果の故の推敲である。すこしでもかっこよく見える体裁を整え、さらに旧かな表記の系譜に連なることで、芭蕉以来の俳句の歴史の流れの中に自作をゆだねてその評価を待つ覚悟だったと考えられよう。が、逆に言えば、一句一句の完成の追求ではなく、山頭火という個人を世に評価されんが為に表記法を統一している訳で、一個人には一表記法しか許されない掟のあるごとく見え、結局言葉に縛られ絡め取られてしまっているのではないか。
やや歴史をさかのぼると、たとえば旧仮名表記の歌で『万葉集』の「春過而夏来良之白妙能衣乾有天之香来山」〔巻一の28〕が、平安末から江戸時代にいたるまで、その時代の読み手によって、その時代においてふさわしいと考えられた読み方がなされてきたわけで(「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣乾したり天のかぐ山」、「春過ぎて夏ぞ来ぬらし白妙の衣乾かす天のかぐ山」、春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山」、「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」等)、結果として表記も異なっているが、だからといって派生した歌は唯一の起源一つを残してあとはすべて誤り、というような質のものではなかったはずだ。それにこだわるのは、「作品」とそれを所有するべき唯一の「作者」に価値を置きたいからこそであり、近代的風景の所産に他ならない。
筆者の問題視する旧仮名、新仮名の一作家の使い分けは、不易流行の問題ではなく、いまだ「近代的自我」意識に束縛されるかされないかということにつながっていくのではないか。例えば私は、書きたいように書いていたものが後代の読み手に伝わったとして、それらがまたその時代にあった表記に書きかえ読みかえされて行けばいいものなのではないのか、と思っている。一作家として同時代に評価される個性の一貫性より、一つ一つの作品の完成度の追求を優先したい。少なくとも作句においてはそのような意識の元にあってよいと考えているのだが、それは果たして没個性的な姿勢なのだろうか。
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