尼ヶ崎 彬 (昭二二〜。美学者)
【人と主要著作】
〈概括〉
日本における、最初期の美学論となる、「古今和歌集仮名序」をはじめ、日本の歌論を研究し、西洋詩学とは異なるその美学理論の諸相をあきらかにしようという研究や、舞踊にあらわれる、現代芸術における最先端の美学理論の研究がある。いずれも、知らず知らず西洋における美の型を単純に受け入れがちな状況に新たな見識をもたらすものといえよう。
〈経歴〉
昭和二十二年、愛媛県生まれ。東京教育大学付属駒場高等学校を経て、東京大学文学部美学・芸術科修士課程修了。東京大学助手、学習院女子短期大学教授を経て、現在、学習院女子大学教授。日本美学専攻。主な著書に『花鳥の使 歌の道の詩学T』(勁草書房、昭五八)『日本のレトリック 演技する言葉』(筑摩書房、昭六三)『ことばと身体』(勁草書房、平二)『縁の美学 歌の道の詩学U』(勁草書房、平七)、編著書に『芸術としての身体 舞踊美学の前線』(勁草書房、昭六三)『メディアの現在』(ぺりかん社、平三)がある。
【主要著作解説】 花鳥の使 歌の道の詩学T 昭五八・一一、勁草書房刊。
〈内容〉
五章からなり、Tはレトリックという観点から和歌を再考したもので、総説的意味合いを帯び、U〜Xは日本歌論に見られる美学思想を年代順に取り上げたものとなっている。
Tでは、本居宣長の歌論における用語で、言葉の二種である「ただの詞」と「あや」ある詞のうち、「ただの詞」は「ことわざ(一首の歌が表す意味)」を伝えるには十分であるが「こころ(言うに言われぬ〈感じ〉を共有可能に結晶化したもの)」を伝えるには必ずしも頼りにならない、とし「あや」がその役割を担うとする。そして、歌とは、私的な「こころ」の型を、「あや」によって言語化し、その言語圏内に共有文化の一項(一つの新しい美)として確立するものである、と述べ、和歌の世界とは、「ことはり」の体系である日常の合理的秩序の世界(仮名として把握されている世界)に対し、もう一つの人間的世界として構築された、共有の「こころ」の体系である、とし、「あや」とは「こころ」の世界のためのもう一つの文法であると述べる。
Uは紀貫之の「古今集仮名序」の歌の様式の六分類がおおよそ『詩経』の六義の影響のもとに成ったとする従来の見解を改め、同序は貫之による和歌の地位の確立の目論見であり、その本質規定であるとし、仮名序歌論には、和歌を人生における実体験から生ずる思いの表出としたことと、形式規定において、「付託」という修辞法を要求したこととの二つの特徴があった、と述べる。
Vは前半を「歌の道の自覚」とし、藤原俊成が歌の道を説く方法を仏教の摩訶止観の方便に見いだしたことを指摘した後、俊成の『古来風体抄』が、単に秀歌の実例を並べた手本ではなく、詩的主観が創り出した〈言葉の型〉と〈価値体験の型〉の全体、新しく創り出した意味の全体を展望するという、壮大な試みであると述べ、つまりそれは、詩的共同主観性が、数百年の歳月を費して、詩的言語によって築き上げてきた、もう一つの世界の全体像を、目のあたりに見せようという試みであったと述べる。
後半では「物狂への道」とし、藤原定家の歌人としての姿と宮廷人としての姿を、後鳥羽院との関係から描き出すとともに、その歌の道に対する姿勢は父の俊成のものを受け継いでいるものの、既にできあがった歌の本意の型をさらに操作し、現実と関わらない世界のなかで展開され、歌を詠みつつある心の動きを読者の心に再現するという一見難解な新風、すなわち、鴨長明『無名抄』で言うところの「幽玄体」、定家の言う「有心体」を独自に展開したことを述べ、それは「歌の道」に伝承されてきた、「あはれ」深く、ある理想的な「心」のことである、と述べる。
Wは心敬の歌論について述べる。まず、心敬は、歌と連歌とを同質に考えるという他とは違う立場にたち、当時の縁語などの技法を駆使する一般的連歌論を退けていることを指摘する。さらに、立場上仏教に言う本当の無常観を知る心敬が、歌の世界の自然のもつ伝統的な本意とは異なる見方(美意識)を持っていたのではないかと考え、そこにこそ新しい何事かの発見があった、とする。そして、心敬の歌論は歌道を仏道の代替として捉えきることにその眼目があったと述べる。また、仏教では言語化不可能であるはずの「実相」を歌が表していると心敬が考えていた節があることを示唆する。
Xでは、近世の国学者本居宣長と富士谷御杖の歌論を取り上げ、まず、宣長が、和歌や源氏物語に対する当時の解釈の根底にあった儒教や仏教のコードに基づく読みを退け、日本的な心のあり方(大和心)の追求という前人未踏の領域に踏み込んだ軌跡について述べる。日本古典の解釈に儒教などの倫理観が影響力を持った当時にあって、「歌の道」へつながる、もともとの自然の情(本情)や「もののあはれを知る心」の面(真心)を、習い覚えた日常の暮らしに欠かせぬ実用の面(くらしの道)が束縛する状況を見いだした宣長が、古はこの両面は均衡がとれており、後者における「漢心」(仏教・儒教など中国的思考法)が障害になったと考えた結果、その一致点を「古事記」の世界に求めることになる、と述べる。
次に、富士谷御杖については、彼の制作の側から見た和歌のレトリックである「倒語」説と解釈の側から見たレトリックである「表裏境」説を両面とする言霊説の検討を主題として、その神道解釈を、「「神道」は「神(魂、精神の事)」の暴発を抑える道であり、「歌道」は「神道」の抑えきれぬ「神」を鎮静させ、他者の共感を通じて「神」を満足させる道である。この故に「歌道」は「神道」の補完」であると述べる。また、用語の違いはあれ、宣長と御杖の思想が同じ枠組みであることを指摘する。
〈意義〉
中世以来の和歌における美学の中心であり、いわば日本の詩的言語である、和歌における「あや」ある詞と「こころ」の世界をとりあげ、各時代のおもだった歌人や学者達がどのように受け継ぎ、論じたのかを、その思想面を中心に整理してあり、また、論の所々にいわゆる記号論による言語学や詩学の成果を踏まえた上で、難解な中世和歌の理論・思想面をわかりやすく解説した新しい視点による中世和歌論といえよう。本編の続編『縁の美学』には、和歌の詩学と西洋詩学との違いについての論がおさめられている。また、日本の伝統文学におけるレトリック個々の面については、「仕立て」「掛詞」「本歌取」などを取り上げてわかりやすく解説した『日本のレトリック 演技する言葉』があり、参照されたい。
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