第四 俳句と四季


一俳句には多く四季の題目を詠ず四季の題目無きものを雑と言ふ

一俳句に於ける四季の題目は和歌より出でゝ更に其區域を廣くしたり和歌に在りては題目の数僅々一百に上らず俳句に在りては数百の多きに及べり

一俳句に於ける四季の題目は和歌より出でゝ更に其意味を深くしたり例へば「涼し」と言へる語は和歌には夏にも用ゐ又秋涼にも多く用ゐたるを俳句には全く夏に限りたる語とし秋涼の意には初涼新涼等の語を用ゐしが今は漸くに其語も廃れ涼の字は只夏季専用の者と為れり即ち一題の區域は縮小したると共に其意味は深長と為りたるなり

一単に月と称すれば和歌にては雑となるべし俳句にては秋季となるなり時雨は和歌にては晩秋初冬共に之を用う殊に時雨を以て木葉を染むるの意に用う俳句にては時雨は初冬に限れり従ひて木葉を染むるの意に用うる者殆んど之れ無し霜は和歌にては晩秋より之を用ゐ亦紅葉を促すの一原因とす俳句にては霜は三冬に通じて用うれど晩秋には之を用ゐず従ひて紅葉を促すの一原因となさず俳句季寄の書には秋霜の題を設くと雖も其作例は殆んど見る無し

一梧桐一葉落の意を詠じなば和歌にても秋季と為るべし俳句にては桐一葉を秋季に用うるのみならず只桐と言ふ一語にて秋季に用うる事あり鷹狩は和歌にても冬季なり俳句にては鷹狩を冬季に用うるのみならず只鷹と言ふ一語も冬季に用うるなり

一四季の題目にて花木花草木実草実等は其花実の最多き時を以て季と為すべし藤花牡丹は春晩夏初を以て開く故に春晩夏初を以て季と為すぺし必ずしも藤を春とし牡丹を夏とするの要なし梨西瓜等亦必ずしも秋季に属せずして可なり

一古来季寄に無き者も略季候の一定せる者は季に用ゐ得可し例へば紀元節神武天皇祭等時日一定せる者は論を竢たず氷店を夏とし焼芋を冬とするも可なり又虹の如き雷の如き定めて夏季と為す或は可ならんか

一四季の題目中虚(抽象的)なる者は人為的に其區域を制限するを要す之を大にしては四季の区別の如き是なり春は立春立夏の間を限り夏は立夏立秋の間を限り秋は立秋立冬の間を限り冬は立冬立春の間を限る即ち立冬一日後敢て秋風と詠ずぺからず立夏一日後敢て春月と詠ずべからず

一長閑、暖、麗、日永、朧は春季と定め短夜、涼、熱は夏季と定め冷、凄、朝寒、夜寒、坐寒(そぞろさむ)、漸寒(ややさむ)、肌寒、身に入(しむ)、夜長は秋季と定め寒、つめたしは冬季と定む日の最長きは夏至前後なり然れとも俳句にては日永を春とす夜の最長きは冬至前後なり然れども俳句にては長夜を秋とすこれは理屈より出でずして感情に本づきたるの致す所なり斯く一定せし上は日永夜長は必ず春秋に用うべし他季に混ずべからず

一其外霞、陽炎、東風の春に於ける薫風、雲峰の夏に於ける露、霧、天河、月、野分、星月夜の秋に於ける雪、霰、氷の冬に於けるが如きも亦皆一定する所なれば一定し置くを可とす然れども夏季に配合して夏の霞を咏じ秋季に配合して秋の雲峰を咏ずるの類は固より妨ぐる所あらず

一四季の題目を見れば則ち其時候の聯想を起す可し例へば蝶といへば翩々たる小羽蟲の飛び去り飛び来る一個の小景を現はすのみならず春暖漸く催し草木僅かに萌芽を放ち菜黄麥高フ間に三々五々士女の嬉遊するが如き光景をも聯想せしむるなり此聯想ありて始めて十七字の天地に無限の趣味を生ず故に四季の聯想を解せざる者は終に俳句を解せざる者なり此聯想無き者俳句を見て浅薄なりと言ふ亦宜なり(俳句に用うる四季の題目は俳句に限りたる一種の意味を有すといふも可なり)

一雑の句は四季の聯想無きを以て其意味淺薄にして吟誦に堪へざる者多し只雄壯高大なる者に至りては必ずしも四季の變化を待たず故に間々此種の雑の句を見る古來作る所の雑の句極めて少きが中に過半は富士を詠じたる者なり而して其吟誦すべき者亦富士の句なり

一或人問ふて曰く時間を人為的に限りて之に命名し以て題目となす事は既に説を聞けり空間は何故に制限して之に命名せざるか答へて曰く時間は年々同一の變化を同一の順序に從ひて反覆するが故に之を制限して以て命名すべし然れども空間の變化は毫も順序なる者あらずして不規則なる者なり例へば山嶽河海郊原田野一も順序ある者なし故に之に命名せんと欲せば人間の見聞し得る所の處一々に命名せざるぺからず地名是なり地名は時間の區別に此して更に明瞭なる區別なれば俳句に地名を用うるは最簡單なる語を以て最錯雑なる形象を現すの一良法なりと雖も奈何せん一人にして地球上の地名と其光景とを盡く知るを得ず且つ其區別明瞭なるが故に之を用うるの區域甚だ狭隘を感ずるなり他語以て之をいへば四季の名稱に對する者は地名なりと雖も地名は區域明瞭に過ぎて狭隘に失し且つ其地を知らざる者には何等の感情をも起さしむる事難し即ち四季の變化は何人も能く之を知ると雖も東京の名所は西京の人之を知らざる者多く西京の名所は東京の人之を知らざる者多きが如きなり    (日本 明治28・10・27 三)

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