第二 俳句と他の文学
一俳句と他の文学との区別は其音調の異なる処に在り他の文学には一定せる音調有るもあり無きも
あり而して俳句には一定せる音調有り其音調は普通に五音七音五音の三句を以て一首と為すと雖
も或は六音七音五音なるあり或は五音八音五音なるあり或は六音八音五音なるあり其他無数の小
異あり故に俳句と他の文学とは厳密に区別す可らず
一俳句と他の文学との音調を比較して優劣あるなし唯風詠する事物に因りて音調の適否めるのみ例
へば複雑せる事物は小説又は長篇の韻文に適し単純なる事物は俳句和歌又は短篇の韻文に適す簡
樸なるは漢土の詩の長所なり精緻なるは欧米の詩の長所なり優柔なるは和歌の長所なり軽妙なる
は俳句の長所なり然れども俳句全く簡樸精緻優柔を欠くに非ず他の文学亦然り
一美の標準は美の感情に在り故に美の感情以外の事物は実の標準に影響せず多数の人が賞美する者
必ずしも美ならず上等社曾に行はるゝ者必ずしも美ならず上世に作為せし者必ずしも美ならず故
に俳句は一般に弄ばるゝが故に美ならず下等社曾に行はるゝが故に不美ならず自己の作なるが故
に美ならず今人の作なるが故に不美ならず
一一般に俳句と他の文学とを比して優劣あるなし漢詩を作る者は漢詩を以て最上の文学と為し和歌
を作る者は和歌を以て最上の文学と為し戯曲小説を好む者は戯曲小説を以て最上の文学と為す然
れども是れ一家言のみ俳句を以て最上の文学と為す者は同じく一家言なりと雖も俳句も亦文学の
一部を占めて敢て他の文学に劣る無し是れ概括的標準に照して自ら然るを覚ゆ