| 但馬矢田川・岸田川流域山村巡り | ||
| 氷ノ山・鉢伏山の山域を源とし、兵庫県香美町を南北に貫いて流れる矢田川。旧村岡町区間の右岸の山間部には、和佐父、山田、小城、宮神といった集落が点在し、それらを巡ると程良い峠越えのある魅力的なコースとなる。そういったコースを走りながら気になっていた、対岸の稜線にみえていた道。その気になるルートを走る。 この辺りを走る際の絶好の拠点、旧村岡町長瀬の道の駅「あゆの里 矢田川」にクルマを停めて支度をする。朝はひんやりと冷え込んだが、日中は30度を超えまだ暑い。夜には雨が降りやすい空模様との予報の通り、午後になって薄い雲が空を覆い始めた。昼前のからっとした空気も、やや湿度を帯びてきたようだ。 今回は、全面舗装のコースと見込んで700Cタイヤのクロスバイクを選択。しかし、3つのうちの1つの峠はダートかも知れないという不安もはらんでいる。 安全策をとるならばまずその峠を目指して走行可能かどうかを判断するべきなのだろうが、あえて行程の最後にしておく。引き返せない状況を作って、無理矢理にでも越えていくのだ。 ああ、どうなることやら。 ************************************************************************** 【期 日】2007年9月11日 【行 程】 村岡町長瀬:道の駅「あゆの里 矢田川」[86]15:04 - 15:09味取[93] - 15:51桧尾[353]15:59 - 16:14大熊[128] - 16:20仁蓮寺[56] - 16:35大熊 - 16:56温泉・浜坂旧町境の峠[246] - 17:01久斗山[117] - 17:58新温泉(浜坂)香美(村岡)町境の峠[380] - 18:35道の駅「矢田川」 【車 種】クロスバイク(SPECIALIZED SIRRUS) 【メンバー】はいかい(単独) 【距 離】32.5km 【速 度】平均:12.1km/h 【タイム】3時間31分(実走時間:2時間38分) 【天 候】晴れ(^O^) ************************************************************************** |
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| 味取から沢沿いに登る | 桧尾の分校跡 | 棚田を縫って下る |
| まずは、矢田川本流沿いに県道4号線を遡上。味取で左岸に渡り、支流に沿って西へ。すぐに集落を抜け、沢沿いの緩やかな登りとなる。香美町から新温泉町の境が近付くにつれ勾配が急になり、息が切れ、汗が噴き出す。インナーローのギア比をうんと低く設定しているMTBやランドナーになれているので、これはきつい。 峠は新温泉町側にあり、町境を越えてもまだまだ登りが続く。これほどの山間部の傾斜地にも田んぼがあり、収穫作業をする人の姿が見える。コンクリート舗装の完全一車線だ。林間で日差しが遮られるのが救いだ。背後からエンジン音が聞こえ、軽トラがやってきた。自転車を降りて、路肩に避けてやり過ごす。軽トラの運転席から、道を譲った礼が帰ってくる。 やがて林間を抜け道幅が広がり開放的な雰囲気になる。路面もアスファルトになって桧尾(ひのきお)の集落だ。家並みはあるが、人気はない。廃村だろうか。集落は道路沿いでなく、左の枝道を一段下ったところだが、見に行く気力がわかない。集落の入り口の建物が気になったので、かろうじてそこまで下ってみる。 周囲を身の丈ほどもある雑草に囲まれた、木造2階建ての廃屋。一戸建ての民家ほどの大きさだが、その作りはまるで学校。表札などはなかったが、2階の窓から部屋の前後に黒板が見えて、学校と確信。2階には教室が二室。それも、前の壁から後部の壁までが3間。こぢんまりしている。 そのさらに下の集落までは見に行かなかったが、熊谷小学校のWebページによれば、H18年4月現在で桧尾集落の世帯数は2。人口も2名。児童数はゼロ。ちなみに廃屋となった校舎は、熊谷小学校の分校だったこともわかった。 桧尾から道祖神のある峠までは目と鼻の先だった。 峠を越えると、道は棚田の中を縫って下降していく。稲刈り真っ盛り。作業しているのは高齢者ばかりなので、平日でも関係なし。 | ||
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| 伊角の地蔵堂 | 峠には道祖神 | 稲木が立つ |
| 川の両岸の棚田を抜けて、伊角へ下る。道沿いには地蔵堂。地蔵盆からあまり日が経っていないせいか、それとも年中そういう状態なのか、中には花などが飾ってある。 熊谷川の流れに沿って下り、大熊集落を過ぎる。下校中の小学生4,5人の集団が私に気付いて振り返る。付き添いの年輩の男性がにっこりと笑って会釈してくれた。 仁蓮寺のバス停で気付いた。コースミスだ。大熊で県道257号線へ右折しなければならなかった。引き返す。先ほどの下校中の小学生の集団とすれ違う。栃谷口にあるのが彼らの通う熊谷小学校。かつての桧尾の分校の本校だが、昨年度のデータでは全校で20名余りの小さな学校だ。桃色の校舎は小さくてかわいらしい。 そして大熊に戻る。道ばたに腰掛けるおばあさんが私を見ているので、「こんにちは」と声をかけると笑顔で返事が返ってくる。風景も、人も本当に素朴な雰囲気だ。 分岐に到着。下りの途中の狭い枝道、見落としたのがうなずける。その分岐から50mほどで善住寺という立派なお寺。立派な山門があり、その手前には錦鯉が泳ぐ池。 善住寺を過ぎるとすぐさま登り。分岐から峠までの標高差は100m余りなので一息だ。この峠にも道祖神が祀られていた。 峠を越えると久斗山の集落。今はどちらも新温泉町だが、かつての温泉町から浜坂町へと抜けたことになる。今日のコース中では大きな集落で、九斗川に沿って家並みが続いている。かつては小学校もあった(現在は統合により移転)。 集落を抜け、谷間の田園風景を抜ける。ここも収穫真っ盛り。作業を終えたおばあさんと挨拶を交わしながら行く。 この辺りの田んぼには稲木(いなき)がたくさん立っている。刈り取った株をかけてもみを天日で乾燥させるため、竹や木で組んで田んぼの隅に立ててある。現在では機械乾燥が主流になって余り見かけなくなった稲木がとても懐かしい。ちなみに北陸以東では「稲架(はざ、はさ)」と呼ぶようだ。 20年あまり前には、丹後の農家でも稲木による乾燥が主流で、子どもの頃にはおじいさんの農作業をよく手伝ったものだった。稲木の高い位置に株をかけるときには、おじいさんが稲木に登り下から稲の株を放り投げて渡すのが私の役割だった。 台風が来て強い風が吹くとたまに稲木が倒れてしまうという被害があったが、比較的台風の被害そのものが少ない日本海側の丹後地域では、収穫期になると高さ3メートルくらいある立派な稲木がたくさん見られた。材料の木や竹の竿は、普段田んぼの脇にトタンなどをかぶせて置かれている。 今では、おじいさんもなくなり、我が家の田んぼは人に任せてしまった。 9月の連休によその地域に出かけるとたまに稲木を見かけるが、四国など勢力が強いままの台風が上陸してくる地域では、人間の背丈程度の低い稲木が主流のようだ。 さて、田園地帯を抜け本谷。数世帯の小さな集落だ。集落の奥には「本谷焼尾製鉄遺跡」の案内板。江戸時代のたたら場跡だそうだ。 | ||
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| 崩落地を越え | 藪をこぎ | 舗装路へ |
| 本谷を過ぎるとすぐに本格的な登りに差し掛かり、道路の幅も細く心細くなってくる。舗装はずっと続いているのだろうか。「町境付近、法面崩壊のため通り抜けできません」という案内があるが、車止めは脇に避けられているし自転車だし何とかなるだろう、と構わず行く。とにかく、ここで引き返すのは大変なのだ。 ぐいぐいと標高を上げ、周囲の山が低くなった。少し離れた稜線に道が見える。あれは、矢田川沿いの小原から久斗山へ抜ける池ヶ平林道、つまりこれから越える峠に平行する一本北のルートだ。あちらは深いバラスのダートで、4年前にMTBで越えている。 「創造の森」というなの野外活動の施設が現れた。東屋、トイレ、運動場などが道沿いにある。周辺には遊歩道(登山道)も整備されているらしい。 そして、その施設の先で舗装は終わっていた。そして今度は道の真ん中に「通り抜けできません」。無情だ。 しかし、やはりここまで来て引き返のは大変なことなので、突破するしかない。 荒れている区間がたまにあるが、何とかおおむね乗車で進む。GPSレシーバーの告げる標高値からして、もうあまり登りはないはずだ。 やがて、法面の崩落地点に到着。崖が崩れ土砂が山となって道を全面的に塞いでいる。よく見れば、その手前も崩れた土砂を撤去したような跡があった。自転車を担いで土砂の山を越える。 崩落ヶ所を越えたら、その先の路面は草ぼうぼうの藪になっていた。また一難である。半ズボンにサンダル履きで藪こぎは大変だが、4輪車の轍が草を踏み固められてくれていて助かった。その轍のそこの草はまだ青い。それは、矢田川沿い(香美町側)からも4輪車が通れる状態になっているということを物語っている、ということと推測し心の支えにする。ああ、夕暮れが近付いて不安だ。乗車は困難なので押しで進む。よって、ペースが落ちてなかなか登りが終わらない。 どうにか道が水平になり、落石や穴に気をつけながら乗車可能になる。気付くと左側のブッシュの向こうが大きく開けている。鞍部を越えて、矢田川の谷側に出たのだ。しかし、素直に下りが始まるというわけでなく、斜面をトラバースする形で前方に延びる道は目線の高さを保っている。路面も相変わらず荒れているが、根っからの未舗装でなく痛んだ舗装という感じがしてきた。一応これでも県道(257号線)である。 水平区間を進んでいくと人間の頭よりも大きな落石がごろごろ転がっていた。クルマでここを越えることはできない。さっきの轍はどうやって付いたのだろう。 その落石区間を越えると、路面ははっきりとした舗装区間となった。ただし、路面にはこぶし程度の石が転がり、両側の路肩と中央から茂る背の高い草が路面を覆い隠していてスピードは出せない。それでも格段に走りやすくなったことは確かだ。 じわじわと雑草の勢いが弱まり、本格的な下りが始まる。対岸の斜面の目線の高さよりもやや下に水力発電所の施設が見えてきた。さらに進めば、ブッシュの隙間から矢田川沿いの県道4号線が見え、さらに矢田川の流れ、本日の収穫作業を終えつつある田んぼの様子が見えてきた。反対側からの通行止を知らせる案内を過ぎればもう安心。普通の舗装路を下って長瀬の集落。県道4号線に突き当たれば、道の駅までもう1kmもない。 |
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