| 神鍋高原「スキー場歴史探訪」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「雪山という環境の厳しさ」「ハイソ(Hi Society)でおしゃれ」というイメージを併せ持つスキー。それが1987年の映画「私をスキーに連れてって」あたりから後者の方がクローズアップされるようになり、爆風スランプの「リゾ・ラバ-resort lovers-」(1989年)なるヒット曲まで世に出るようになった。 そのころから、集客力のあるスキー場では、シングルリフトの掛け替え、ロッジや食堂の改築、ゲレンデ整備の充実などのリニューアルが行われた。 その一方で、時代の波に乗り遅れていくスキー場が見られるようになり、さらに地球温暖化による雪不足、スキーブームに続くスノーボードの盛況も過去のもの、1990年代後半には閉鎖されるスキー場が相次いだ。 その少し前の1980年代初め、当時中学生の私は初めて神鍋のスキー場を訪れた。それまで長靴をワイヤーで板に固定するスキーで家の周りの土手を滑ったことしかなかった私にとって、「神鍋」地名を知っているくらい。でもその地名はスキー場の代名詞だった。 そうして訪れたスキー場が、もう今はない…。いや、あるけど営業していないのだ。 当時の思い出を胸に、誰もいないゲレンデを滑ることにした。 |
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| 今はなき懐かしのスキー場の思い出と再訪記 |
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| ◎北神鍋スキー場 ◎山宮スキー場 ◎蘇武口スキー場 ◎神鍋山スキー場笹尾ゲレンデ ◎アルペンローズスキー場 ◎大岡山スキー場 ◎カンナベファミリースキー場 ◎名色高原スキー場上部ゲレンデ |
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| 神鍋高原のスキー場の歴史 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「神鍋スキー風土記(大江茂 著)」によれば…。 関西にスキー場が導入されたのが大正7年頃。成相、牧野、伊吹、愛宕スキー場、続いて夜久野スキー場。 ところが神戸、姫路辺りからは少し遠いため、大正11年生野の段ヶ峰でスキーをする人が現れ始め、現地もスキー場を名乗りだした。しかし、雪が少なく、手入れもされてなく負傷者も出た。 そこで、段ヶ峰よりももっと北に位置する神鍋高原を、中島久太郎(浄山)氏が単身スキーで踏査を行った。
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