| 秋葉街道しらびそ峠・青崩峠、中仙道馬籠峠 |
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| ◎アプローチ |
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| 夏が終わって朝夕が涼しくなって、三連休がやってきた。しかも今年の秋は三連休の三連発。でも、仕事やら他の約束やらで3日間をフリーに使えるのは9月の1発目だけ。ならば行くべし。あっという間に目的地は南信濃の秋葉街道へ決定。紅葉にはちと早いかな。 ネットや自転車雑誌のバックナンバーをあさり、しらびそ高原と青崩峠を走行コースに決定。それぞれを飯田線を利用して周回する日帰りコースとし、泊まりはユースホステル…などと大まかに計画を立て宿に予約を入れる。あとは旅立ってから煮詰めればいいだろう。 16日の金曜の夜に出発し、朝には目的地について青崩峠へ挑むつもりが、仕事から帰ると眠くて仕方ない。仮眠をとって結局3時前に出発。 殺気立った大型トラックが爆走する若狭湾沿いR27は小浜から広域農道に逃げる。敦賀で空が明るくなり、長距離輸送以外の通行も出てきた。武生から県道で今立方面へ抜け、R158へワープ。 美山では「福井豪雨の碑」なるものを見かけた。そういえば、2月に飛騨古川向かう途中、このR158をさけて、山間部の抜け道を通ろうとしたが軒並み通行止めで結局引き返してR158を使った。そのときは秋の台風のためかと思っていたが、7月の福井豪雨のためなのかも知れない。あまりにもあちこちに被害が出過ぎると土建屋の手が回らず、交通量の少ない道では災害復旧工事が後回しになる。我が丹後でも、昨秋の台風23号が来て1年近く経って、災害復旧工事が始まったところ、未だほったらかしの所がある。この美山の抜け道は、今は復旧しているのだろうか。 R158は信号が少なく流れがよいのだが、山間部の川沿いのため屈曲が多い。休日ドライバーが走っているのか、交通量の割にペースが上がらない。法定速度未満で走るクルマ、不自然なブレーキングのクルマなどが混じっている。 それでも、美濃白鳥に抜けるまでは比較的順調だったが、長良川沿いに南下するルートはクルマが列をなして流れる。信号一つ越えるのに結構もたつく。 美濃からは市街地が続くのでさらにペースダウンが予想される。高速道路に乗ってしまいたいのだが、実は携帯用の空気入れを忘れたことに気付いてしまった。大型のフロアポンプはクルマに積んでいるのだが、自転車に積んで走れるようなものではない。バスも列車も通らない、自転車はおろか民家もないような山間部でパンクしたときのことを思うと、ポンプなしで走るのは無謀だ。やはり、道中で入手すべきだろう。岐阜県内、中津川までが勝負だ。 県道343・63号線などをつないで美濃加茂からR21を西へ。のつもりが、なんかおかしい。道路の左を大きな川が流れている。なんと木曽川日本ライン。反対方向だ。 このタイムロスで、本日の青崩峠は完全にあきらめ(そこに至る前に完全に無理だということも、その後のわかった)。というわけでさしあたっての目標は携帯ポンプだ。 土岐市を抜けたところで電話BOXに停車。電話帳で自転車店を探す。過ぎた土岐市でなく、次の瑞浪市は。まず広告も掲載している店へ電話。「携帯用のポンプでフレンチバルブ対応の物ありますか」と訊くと、「バルブの種類によって空気入れにも3タイプあって、例えば洗濯ばさみみたいに挟むものとか…。あなたのは細いバルブでネジみたいなのを緩めて空気を入れるの」、「だからフレンチです!」、「携帯用のポンプはあるけど、フレンチのやつなんてあるの。問い合わせてみないとわからないけど、携帯用には多分ないよ」というやりとり。世の中にはフレンチバルブ用の携帯ポンプがあることを教えてあげた。「店に来たらコンプレッサがあるから入れてあげるよ」と親切な店ではあるが、携帯用を求める意図を理解してくれてない。1軒目、はずれ。 次の候補は、「サイクルショップDADDY」(http://www.ne.jp/asahi/cyc/daddy/)という、ホビー色の強そうな屋号の店。「フレンチですね。ありますよ」と頼もしい返答。店の場所の案内も的確で、しかも電話した場所から近く5分ほどで到着。ツーリングやレースの自転車主体の店で、品揃えも十分。こちらが京都府から来たことを言うと、「今日京都からのお客さんは2人目です。といっても先ほどの人は、以前うちのお客さんだった人ですけどね」。 ポンプをゲットして安心したら、腹が減った。ラーメン屋に入る。正午前というのに駐車場満車で、店内も混雑。自家製の厚切りチャーシューがたっぷり入ったラーメン大盛りで満腹。 ここまで来たらもう高速を使う気にならずR19を行く。さて、このまま宿に向かうだけでは時間も早すぎるし、なによりおもしろくないので、この後のことを考える。地図を見てぱっと目に止まったのは、妻籠・馬籠。大学時代の最後最後、14年前の冬休みと春休みに立て続けに行って以来だ。 |
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| ◎馬籠峠 |
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| サイクルショップDADDY | 県境の馬籠峠 | 馬籠の峠集落 |
| 馬籠の入り口は通り過ぎて、R19からR256に入り、さらに県道7号線で妻籠へ。有料駐車場を通り過ぎて馬籠峠へ登る道の途中に駐車スペースを発見。ここにクルマを止める。空き地の奥の林には送電線の鉄塔へと続く草ぼうぼうの小径があるので、電力関係者が作業車を止めるスペースと思われる。土曜の遅い午後、しばらく止めても問題はないだろう。 *********************************************************************** 【期 日】2005年9月17日 【行 程】[ ]はGPSレシーバーからの標高データ 長野県南木曾町大妻籠[555]13:15 - 13:27妻籠宿[431]13:30 - 14:28馬籠峠[792] - 14:43岐阜県中津川市馬籠宿[655]14:48 - 15:13馬籠峠 - 15:41南木曾町大妻籠 【車 種】MTB(TREKTREK6500)前半スリックタイヤ、後半ブロックタイヤ 【メンバー】はいかい(単独) 【距 離】16.3km 【速 度】平均:9.1km/h 最高:40.2km/h 【タイム】2時間26分(実走時間:1時間46分) 【地 図】昭文社ツーリングマップル「中部」2005年版p51 【天 候】晴(^^) *********************************************************************** MTBを下ろし、スリックタイヤを装着。そして、まずは来た道を妻籠へ戻る。下り谷という集落も伝統的な町並みが残るが人はまばら。標高差100mほど下って、妻籠の町並み保存地区までいくと、観光客がうじゃうじゃ。 保存地区の一番高いところに、14年前に友人たちと泊まった宿を発見。懐かしい。 自転車を降りて宿場街を少し歩いてから、馬籠峠を目指す。午後の日差しが暑い。 駐車ポイントについたら、タイヤをスリックからブロックへ交換。そして峠を目指す。下りは車道でなく中仙道の旧道をたどろうという魂胆だ。 駐車ポイントから標高差250m程で馬籠峠。峠の茶屋(土産物屋)がいい雰囲気。ちなみに、以前は南木曾町と山口村の町村境でしかなかったこの峠も、今や中津川の越境合併によって長野と岐阜の県境なのだ。 峠直下にはその名も「峠」集落。ここも伝統的な町並みが並ぶが、メインの観光スポットではないので、一般民家が多くそれがかえって生活感を醸している。茶店の前の「氷」の旗がまたいい。秋祭が近いのか、神社には幟が立つ。 そこから標高差100mほど下ったところが、メインの町並み保存地区。やはり観光客がうじゃうじゃ。 町並み散策は程々にして、高台の展望台で恵那山を眺める。山頂だけ雲に隠れている。 そのまま、導かれるように中仙道の旧道へ。民宿の庭を通り階段を押して下り、車道へ。先ほどの峠集落の中の道は通らず、集落を迂回する車道を行く。するとその車道からは峠集落の中の通りとそこをいく人が見下ろせる。手前のススキの穂が季節を示す近景となる。 この馬籠・妻籠の間は10km弱の手頃な距離で、この完を歩く人が多い。14年前の私も、きっちり2度とも歩いている。峠手前を歩くグループの中の女性たちは、胸元や肩を露出した身なりなのに、足下はきっちりスニーカーだ。それも、中学校指定、といった感じの。 さあ、峠からは中仙道だ。最初の階段は押して下り、すぐに地道を乗車、と思ったらすぐに歩行者。向日に気づかれる前に降りて押す。ザッ、ザッ、ザッとビンディングのクリートが砂利を噛む音がするので、気づいて道を譲ってくれる。そして自転車に一様に興味を示して声をかけてくれる。 人々を追い越してだれも見えなくなったら乗車。ブラインドコーナーでは、もちろん押し。その先に歩行者がいて、突然自転車で飛び出したらひんしゅくだ。 石畳があったり、木の橋があったりしてなかなか楽しい。また、出会った人々は皆自転車には好意的だ。「自転車通行禁止」今後もという看板が立たないように気をつけたい。 クルマに戻るころに、ようやく日が傾き涼しくなってきた。 R256の清内路峠の両側で災害復旧のための片側通行区間あり |
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| ◎下条ランドYH |
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| 下条ランド | YHから南アルプス | 名月前夜 |
| 阿智村から県道64号線で下條村へ。道の狭い区間があるが、のどかな田園風景と山の景色がすばらしい。東行きだと案内板が背を向けているので、R151まで突き抜けてしまった。引き返すとすぐにYHの看板を発見。しかしYHの看板はこの入り口のみなので、「光の園」という老人福祉施設を目指していく。県道から3kmほど登って光の園を過ぎた広大な斜面にYHを発見。 「下条ランドYH」は部屋の窓から南アルプス連峰の眺めが抜群。特に聖岳。この夜は中秋の名月前夜。南アルプスから昇った月の明かりで寝室の電灯は必要なかった。また、標高800mの夜は涼しく、夜は布団を掛けてぐっすり。 7時からの朝食は、自家製の卵が出た。また、夕食も含め、野菜は自家製のもののように思われる。実際にそう聞いたわけではないが、夕食後のお母さんの話の中に、農作業の話題が聞かれたから。 中でも一番美味しかったのは、白いご飯だった。 日本ユースホステル協会のWebページには、各YHの施設の評価(あくまでも目安)がされているが、それによるとこの下条ランドは桜マーク2つ(4段階中の3番目)とあまりランクは高くない。しかし、そのランク付けでは計り知れない良さがあるYHの典型である。ひとつは前述のすばらしい立地条件(自然環境)であり、もうひとつはソフト面である。とにかく夕方宿に到着してから(あるいは予約の電話から)おかあさんの温かい人柄が伝わってきた。食事 は、おかあさん、おとうさんが共に食卓に着く。 |
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| ◎地蔵峠からしらびそ高原 |
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| 天竜川と中央アルプス | 「日本の美しい村」大鹿村 | もうすぐしらびそ峠 |
| 8時に出発。まずはR153を北上。 やや混雑する飯田市街を抜け高森町から県道59号線で大鹿村を目指す。中央アルプス南駒ヶ岳や空木岳がきれい。天竜川を渡る橋の上から写真を撮る。 しかし、狭い道を対向車がとばしてつっこんでくるので怖い。滅多に通る人はいないから、という感じでブラインドコーナーを内回りされて何度も肝を冷やす。 R152にぶち当たったら、大鹿村。ようやく秋葉街道に突入だ。稲刈りシーズンの真っ最中で、頭を垂れた黄金色の田んぼと、刈った稲を干す稲木(イナキ)の立った田とが混在する。こちらの稲木は人間の背よりも低い。横木は3〜4段くらいか。ちなみに丹後では10段くらいの横木がある高さ4〜5m位の稲木が主流だった。上の方に稲をかけるときは、一人が上に登り、下から稲の株を放り投げて渡すのだ。 ここで言い訳をしないといけない。当初は飯田線を利用しての周回でしらびそ峠を目指すつもりだった。しかしながら、飯田線は天竜峡駅での接続を含め非常に時間がかかる上に、本数が少ない。よって、一日でそれをこなすのは不可能と判断し、大幅に計画を下方修正した。決して飯田線の駅からの標高差1500mにしっぽを巻いたのでは…、この点には触れないでおこう。まあ、せめて夏の東北の時のようにテント泊で夜明けと同時に行動開始でもしないとだめだ。 というわけで地蔵峠までクルマで登る。道は狭く、相変わらず対向車におののきながらゆっくりカーブを越えていく。 いくつもの急カーブを越えて登り、クルマを止めて道路脇の周辺案内板を見ている夫婦連れがいたと思ったら、その先にさりげなく「地蔵峠」の看板。しかし、道は登り続ける。どうやら道なりに蛇洞林道へと続いているようだ。ということは、先ほど右側に見えたシングルトラックの枝道がその先の国道152号線だろうか。 駐車スペースがなかなか見つからず、やっとクルマを止めたのはずいぶん登ってからだった。先ほどの地蔵峠を確かめに戻るには登りすぎてしまった。 *********************************************************************** 【期 日】2005年9月18日 【行 程】[ ]はGPSレシーバーからの標高データ 長野県上村地蔵峠[1463]10:15 - 10:39林道分岐点[1456] - 11:41しらびそ峠[1834]1145 - 11:58しらびそ山荘[1917]12:30 - 12:48林道分岐点 - 13:08地蔵峠 【車 種】MTB(TREKTREK6500)ブロックタイヤのオフロード仕様 【メンバー】はいかい(単独) 【距 離】19.7km 【速 度】平均:10.2km/h 最高:35.0km/h 【タイム】2時間03分(実走時間:2時間53分) 【地 図】昭文社ツーリングマップル「中部」2005年版p41,52 【天 候】晴(^^) *********************************************************************** 標高1400mを越えて非常にさわやかな空気に包まれている。周囲の緑も目に心地よい。白樺のような広葉樹の林が、標高の高いことを感じさせる。 出だしは登りだが、その後も下りがあり、トータルではあまり標高を上げずにしらびそ峠への分岐へ到着。そこからは急登となり、順調に標高を稼ぐ。後方の山並みの遥か奥には中央アルプスが頭を出してきた。日差しはまだ強く肌にジリジリと照りつけるが、湿度が低く肌はさらりとしたままだ。ペットボトルの水は、夏とは比べものにならないほど減りが少ない。 1時間半ほどでしらびそ峠へ。目の前には圧倒的な南アルプス連峰が立ちはだかる。下条ランドYHからも見えていた聖岳などの山々だが、近いだけにその迫力は強烈である。 景色を眺めているクルマの数組の観光客のうちのひと組の若いカップルが「自転車ですか、凄いですね」と話しかけてきた。でも、自転車での登り出しがかなり上の方なのであんまり凄くないのだ。 そこからハイランドしらびそ(しらびそ山荘)までは、0.9kmで700mの標高差を登る。平均勾配は8パーセントもある。 あえぎながらようやくしらびそ山荘へ。峠よりも展望がよい。 着いたとたんオートバイのライダーが話しかけてきた。三重から来た中年の男性で、やはり自転車で来たことをしきりに感心してくれた。また、ハンドルのGPSレシーバーにも反応してくれ、さらにカメラのシャッターも切ってもらった。 ここまで登ると、木々の葉も色を付け始めている。しかし、何とも申し分ない快晴だ。 高台の展望台へ自転車を担ぎ上げる。山々を示す案内図があって、どれがどの山かを同定できる。ベンチに腰掛けてパンを食べていると、入れ替わり立ち替わり観光客がやってくる。女性の2人組から、「すいません、どれがどの山かわかりますか?」とたずねられた。聖がどれが知りたいという。案内図を見てもどれがどれかわからないらしい。今見えている中では一番わかりやすいのに。そういえば先ほどの男女のグループも「描いてあってもわかんないね」といっていた。そんなもんなんだろうか。 この小高い丘からは反対側(西側)の中央アルプスも見える。今朝天竜川を渡る橋から見た南駒ヶ岳が確認できた。 景色を堪能した後は下る。しらびそ峠をあっという間に通り過ぎ、雄大な景色や紅葉の始まりかけの木を写真に撮りながら、それでもあっという間に分岐点へ。後はアップダウンを経て地蔵峠手前の駐車ポイントへ。 |
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| しらびそ峠から南アルプス | しらびそ山荘前の展望台 | 中央アルプス方面 |
| ◎かじかの湯と木曽路ふるさとYH |
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下条ランドのお母さんからは、しらびそ山荘から、隕石クレーター経由の細道を進められたのだが、そちらまで登るのは面倒なので、しらびそ峠への分岐点からは蛇洞林道で直接上村へ降りる。 屈曲の多い狭路だが、やはり結構対向車がある。しばらくすると警察のクルマが2台あがってきた。事故処理車のようだ。上で何かあったか。 下り終えたところが、矢筈トンネルへの入り口。将来的には有料化される自動車専用道路、とツーリングマップルの記述。飯田方面からしらびそ高原へのメインルートかもしれない。 実際そのトンネルへの分岐をすぎると交通量が減った。天竜川の支流、上村川にそってやはり細いぐねぐね道を行く。徐々に集落が現れ、その間隔が狭まっていくと、道幅も広くなっていく。 上村の中心集落上町は、狭い谷いっぱいに田んぼと家並みが広がっている。この辺りの稲木も3〜4段。もうかなり乾燥して青みがなくなった株が干されている稲木もあれば、まだ刈り入れられていない田も見られる。しかし、天気がいいぞ。 南信濃村の中心集落は遠山。道の駅にクルマがたくさん。 ここでR152をそれ、R418で天龍へ。しかし、狭いぐねぐね道にも飽きてきた。 天龍村の中心は平岡。懐かしい感じの商店が並んでいる。明日の輪行に備え、駅を見ておく。駅舎は…。なんと、「ふれあいステーション 龍泉閣」という村営の観光・宿泊施設がどーんとそびえ、その一部が駅となっているのだ。 その後は、下条、阿智と昨日のルートを引き返して、中津川へ。 途中、阿南の「かじかの湯」で汗を流す。結構な人出だが、窮屈を感じない大きな施設だ。露天風呂も気持ちいい。 南木曾でR19に乗ったら、クルマが多くてのろのろ運転。 中津川市街を見下ろす「木曽路ふるさとYH」は、桜マーク4つと最上ランクの設備を誇る。あらかじめYHとして設計されたまだ新しい建物だ。実は、以前丹後にも住んでいたことがあるオーナーが開設したもので、直接の面識はないが第三者を通してここのことを聞いていたのでいつか泊まろうと思っていたのだ。今ではペアレントでなくマネージャーというようになったことがあらわすとおり宿泊者も宿主も世代に差がなくなった。私と同世代の人が開設した民営のYHがいくつかあるが、いずれも施設も食事も良く、接客サービスの行き届いたものばかり。ここもそのご多分に漏れない。夕食のあとは、食堂の隣のテラスで過ごす。夜風が涼しい。町はずれなので虫の声が心地よい。名月は昨日の方がきれいだった。 |
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| ◎青崩峠 |
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| 木曽路ふるさとYH | 稲木の立つ田んぼ | 間違えて兵越峠方面へ |
| 最終日、また信州に戻らないといけない。初日に予定していた青崩峠だ。県道7号、一昨日自転車で越えた馬籠峠を越えて信州南木曾へ。その後は、昨日の夕方のコースを引き返して天龍村の平岡駅に10時前に到着。輪交の支度を整えて10:35の列車に乗り込んで水窪へ南下。山間部ののどかな単線は天竜川の流れとたまに現れる集落を横に見ながらいく。 こわだ駅は、長野・静岡・愛知の三県の境界駅。 天竜川本流の谷から支流水窪川の谷へとレーンチェンジする長い長いトンネルを越えたらすぐに水窪駅。水窪の街を見下ろす高台の小さな駅だ。さっさと自転車を組んで、駅舎をバックに記念撮影してからスタート。 *********************************************************************** 【期 日】2005年9月19日 【行 程】[ ]はGPSレシーバーからの標高データ 静岡県水窪町水窪駅[275]11:21 - 11:56途中島[416]12:08 - 12:53池島[655] - 13:43舗装の終点[966]13:56 - 14:06車道の終点(兵越峠方面へ)[1041〜1109]14:41 - 14:47青崩峠[1091]15:06 - 15:54長野県南信濃村遠山郷[419] - 16:27長野県天龍村平岡駅[320] 【車 種】MTB(TREKTREK6500)ブロックタイヤのオフロード仕様 【メンバー】はいかい(単独) 【距 離】31.6km 【速 度】平均:9.4km/h 【タイム】5時間06分(実走時間:3時間02分) 【地 図】昭文社ツーリングマップル「中部」2005年版p29,41 【天 候】晴(^^) *********************************************************************** 水窪の何とも昭和レトロの小さな町を抜け、細いR152を北へと登っていく。町を抜ける頃には、すでに標高差100m位登って平岡駅と同じくらいの高さになった。 道は山間部をいき、山村という雰囲気の小さな集落が次々と現れる。田んぼは、信州側より若干借り入れが進んでいるようで、稲木が目立つ。3段ほどの低いものの他、10段くらいの大きなものも見られる。谷間の傾斜地にあるため、一枚一枚の田んぼはあまり広くない。といっても、棚田というほど小さくもない。 小さな集落には、公民館、あるいは「コミュニティセンター」というような横文字の名の付いた住民の交流施設があり、そこの張り紙を見ながら走るのはおもしろい。「○月○日、映画上映会」「△△さん、講演会」など。 途中一人のソロサイクリストとすれ違った。今回の旅で、唯一の同志との遭遇である。私より若そうで、20代後半くらいの男性。MTBかクロスバイクのようだ。 青崩峠は、長野側から静岡へ抜けるのが一般コースである。青崩峠の車道未開通区間の乗車率が主な理由で、あとスタート地点とゴール地点の標高差の関係である。なのにあえて水窪スタートとしたのは、飯田線の輪行の都合である。2時間に一本の列車を効率よく利用したのだ。 途中島集落で、小休止。消防団の車庫の前に腰掛け、昨日買った食料を食べる。 静岡県側はかなり奥まで集落が続いているので、楽しんで登れる。 池島集落が兵越林道との分岐。R152の青崩峠までは「4km」という表示。えっ、4kmしかないの!? まだ標高差は400m残している。なんと平均勾配10パーセントである。 事実、草木トンネルの下を潜った辺りから道はコンクリート舗装の激坂に変わった。なぜか、その先で行き止まりになっているというのにエンジンを唸らせてクルマが結構追い越していく。 はじめの内は何とか乗車していたが、激坂と暑さに耐えかねて押して歩く。 しらばく行くと、「足神の名水」という山水が沸いている場所があり、そこにクルマが止まって水くみをしている人々がいた。足神神社というのもすぐそばにあった。 鎌倉時代、北条時頼が、傷めた足をこの地の住民に癒された、ということで時頼の命で祀られたとのこと。 この秋葉街道は塩などの物流のため、古くから使われていた道である。また、物だけでなく軍も通る道で、青崩峠の北西に位置する兵越峠は戦国時代に武田軍が越えたことが由来だそうだ。 標高900mを越えてやっと勾配が落ち着き乗車。もう周囲の山は低い。峠はもうすぐ。 クルマが数台停まっているちょっとしたスペースがあり、道路脇の「青崩峠へ」という道しるべの奥にはシングルトラックが登っている。 とりあえずシングルトラック入り口の丸太のベンチに腰を下ろして休憩。標高は1000mにわずかに足りない。 ここが車道の限界かと思ったが、停まっていたクルマがその先に続くダート道をさらに登っていった。国土地理院の地図で確認すると、実際車道はつづら折れでもう少し上まで続いていて、シングルトラックはそれをショートカットしている。 その先で車道が終わり上と下にシングルトラックがのびている。上は兵越峠行き、下は青崩峠行きで、そのようにそれぞれに道しるべが立っている。 ところが、兵越峠行きの方がシングルトラックも道しるべの文字が明瞭であり、また下の道は先ほどの休憩したところからのショートカットルートで、自分は上に行かねばならぬという思いこみからか、兵越峠への急な階段の登山道を自転車を担いで登りだしてしまった。峠までの標高差はもう知れているので、下から見上げる植林の斜面を登るだけと思っていたのだが、登れど登れど峠は見えない。辛い担ぎはペースがあがらないが、それでもじわじわと標高を稼ぐ。さすがに、とうとう青崩峠の標高に達してしまった。最初は植林の中でGPSレシーバーのデータが乱れているのかと思ったが、それでも峠がまったく見えないのはおかしいので、自転車を置いて少し上まで歩いてみるがやはり峠は見えない。車道の終点で撮影したデジタルカメラのデータを見て、ようやく兵越峠の方に来てしまったことに気付いて引き返す。急な階段は、下りも大変。 気を取り直して青崩峠へのシングルトラックへ。出だしだけ下りだが、すぐに下からの道と合流して登りに変わる。足場が悪いせいか、木道の区間が多い。 この青崩峠は、崩れやすさのために日本のトンネル技術が敗退、とツーリングマップルにある。そして、見ればあちこちで斜面が崩れ落ち、蒼白い土砂が顔を出している。これが峠名の由来だそうだ。 少し前を年輩の女性とその娘さんと思われる中年の女性が歩いているが、先ほどの階段の上り下りで体力を消耗し追いつけず。 あっという間に峠に到着。すべて押しで登った。MTBツーリングブックに記述がある通り、こちらを下ればほぼ乗れそうだ。 一足先についた二人組のうちの年輩の女性から、長野県側へ続く道を指して「こっちには何かあるの?」とたずねられた。さりげない峠が、一生懸命歩いてきた目的地としては少々物足りないらしい。 確かに、緑のブッシュに囲まれた峠は、昨日のしらびそ峠ほどの大展望はない。 少し話をしてから、彼女たちは静岡川に引き返し、私は長野県側へ下る。 木道や急なガレ場が続く道は、乗車不能。最後は階段でダートの車道へ。ダートはすぐに荒れたアスファルト舗装となる。 「さあ、後は下りだ!」と意気込んで自転車に跨ったが、狭い上にブラインドコーナーが続く道ではスピードが出せない。まさに我慢の下りだ。 峠からすぐに道路工事区間があり作業員の姿が見られたが、その後ずっと人の気配なし。通行するクルマも、工事関係のクルマが追い越していったのみ。やっと民家や田んぼが現れた(廃屋もあった)と思ったら、すぐに、南信濃村の遠山郷に出た。昨日より飲み物の消費が激しく、ここで冷たい飲料水を買って飲む。 南アルプスに抱かれた山村、遠山郷を後にし天龍村へ。川沿いの道は下り基調のはずだが、アップダウンの登りが脚に堪える。昨日の夕方クルマで通った道だが、川の流れや、集落や田んぼの様子は自転車の速度の方がよく見える。 民家が見えたら天龍村の中心、平岡集落。ここも昭和レトロの街並み。思ったよりずいぶん時間を費やした。 平岡駅スタート、水窪駅ゴールで、その後輪行で戻って来るという案もあったが、それでは夕方の列車に間に合わず周回終了が夜になってしまうところだった。 |
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| 青崩峠 | 水窪へ下る | 夕暮れの遠山郷 |
| ◎遠山郷かぐらの湯そして帰路 |
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| 駅に着いたらクルマに自転車を積み込む。駅前の民家の煙突から煙が上がっている。薪で風呂を沸かしているようだ。 クルマで遠山郷まで引き返す。温泉にはいるのだ。平岡駅と併設の施設にも温泉があることは、後で知った。ただし、露天風呂はない。 道の駅「遠山郷」には、昨日の通りがかりに見た時と同様、クルマがたくさん停まっている。そのなかの「かぐらの湯」も人が多いが、昨日の「かじかの湯」に負けず広々とした施設なので窮屈でない。露天風呂が心地よい。 施設内のレストランのメニューには、「鹿の唐揚げ」「猪鍋定食」など。建物の周囲に植えられた木には色づきかけているものもあった。 道の駅の近くのスーパーマーケットで、野沢菜とリンゴを買ってから帰路に就く。しらびそ方面へ北上し植村からトンネルで飯田市へ。ラーメン定食で夕食とした後、薗原I.C.から中央自動車道、東海環状道路で瀬戸まで。中央道は混雑していたが何とか流れ(併走するR19はブレーキランプが果てしなく列を作っていた)、東海環状道路はすいすい。瀬戸からのR41もすいすい。白鳥から福井まではさらに交通量が減り、誰とも出会わない。 ガソリンスタンドはどこも閉まっていて、あわやガス欠、と思われたが、何とか福井のR8まで持ちこたえた。実は、東海環状道路を降りる辺りから燃料警告ランプが点滅していた。 後は、R8・R27とつないで、深夜3時前に帰宅。翌日は眠かった。 |
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| →電脳徘徊へ | ||