晩夏の四国、山・川・うどん旅
讃岐うどん大陸「笑い地蔵共和国」へ
「香川屋本店」かけうどん特大(3玉) 「環の湯」の食堂のざる
 8月21日の遅い午後、瀬戸大橋を渡る。朝、職場から直接旅立ち、400番台の国道や県道をつないで、岡山へ。クルマが滞る岡山市内は暑かった(道路案内はハンドヘルドPCとGPSレシーバーをつないだ現在位置表示システム)。今回は経費節減のため、高速(有料)道路、カーエアコンの使用は最低限に。
 瀬戸大橋も、小島〜坂出北の最低区間。3500円からハイウェイカードの残金1500円を引いた2000円。
 県道とR438をつないで南下。途中、綾歌に寄り道して「香川屋本店」へ。朝ごはんをたべたきりなので、3玉入りの特大を食べる。洗面器のような器に入って、290円。
 遅い昼食を終えて、R32でさらに南下。財田で早い夕食。「環の湯」という温泉施設で入浴して、その施設内の食堂で、ざるうどん。
 夕暮れの讃岐山脈・猪ノ鼻峠を越えて徳島県へ。阿波池田から吉野川沿いを南下。吉野川は、濁流。数日前、上流部が豪雨災害に見舞われている。
 小歩危、大歩危を越えて高知県に入ると空にはやや黒い雲。路面も濡れている。夕立か。
 大豊町豊永からR439に少し入り、さらに町道で梶ヶ森へ。「笑い地蔵共和国」に入国だ。
 「笑い地蔵共和国」とは、この近くの定福寺という寺が営んでいたYHで勝手に名乗っていたものである。共和国内を自転車や歩きで回る5つの「修行コース」はかつ人気があり、1週間ほど滞在するホステラーが続出していたが、2年前にYHを止めている。
 標高1400mの梶ヶ森に歩いて登るのも修行の一つであったが、無線アンテナのある山頂までの車道を今日はクルマで登っていく。
 真っ暗なぐねぐね道をひた走り、山頂直下の真っ暗な「山荘梶ヶ森」を過ぎて、闇の中のキャンプ場へ。誰もいない。そして寒い。
 寝袋を持ってこなかったことを不安に思いながら、テントを張る。
 多少雲があるものの、きれいな星空を独り占め。とくに三日月が山々の向こうに沈んでからは、天の川もくっきり。
また来てしまった京柱峠
夜明直後の梶ヶ森から 静かな西峰の集落 またここに来てしまった
 5時起床。山頂のアンテナが、薄暗さとガスで景色が霞んで見える。寒さと雨音で何回も目が覚めた。結局、半ズボンから長ズボンに履き替え、合羽を着て、靴下をはいて寝た。手早くテントを片づけ、クルマに乗り込む。
 ちょうどキャンプ場のあたりに雲の固まりがあるだけで、山頂からはうっすらと景色が見える。剣山方向の山々も霞んで、どれがどの山かはっきり同定できない。吉野川もうっすら見えるが、その支流沿いにある定福寺も確認できない。
 徐々に夜が明けてくるが、大きな雲の固まりがあがってきたので、山頂を後にして下山。クルマの中で昨日阿波池田で買ったおにぎりをほおばる。
 昨日は暗くて見えなかったが、麓の川はずいぶん大がかりな護岸工事。
 R439に戻り、少し徳島側へ行ったところの道路脇に車を止める。
 自転車をおろして、京柱峠へ向けてスタート。タイムリミットは2時間。
 小さな集落をいくつか抜け、ゆっくりと標高を上げる。
 途中の林間では、たまに動物に出会う。今日はキツツキ。以前はリスに出会った。
 最後の集落が西峰。その後にも数件の家はあるが、集落といえるのはここが最後。一車線のR439を挟んで、レトロな雰囲気の家並み。その集落の奥に、キジや鶏のような変わった鳥の入った檻がある。「西峰動物園」という札が下がっている。以前はイノシシの檻もあったが、今日は鳥類のみ。
 西峰で、峠までの標高差の半分弱。まだまだだ。
 このあたりから、今まで山々の重なりで見えなかった峠が時折見えるようになる。20代前半の頃は、目標が見えれば勢いづいてここから割と楽に上れたのだが、今となっては常にだらだら登るだけ。
 集落から峠に至るまでに、一軒ずつぽつぽつと家がある。14年前、最初に登った時は春先で、このあたりの家では布団を干していたのを思い出す。標高は800mほど。周囲の山々はだいぶ低くなり、日照もそこそこあるのだろう。あたりの斜面には狭い田んぼ。
 道がヘアピンカーブの連続となれば、もう峠は近い。このあたりで、顔の周りにアブがまとわりつきだした。夏の四国の峠越えと言えば、いつもアブに悩まされていたのだが、今日は早朝のためほとんどアブに苦しめられずに済んだ。
 8:32、2時間を少し越えたが峠に到着。手早く周囲の山々を見る。梶ヶ森はずっと見えたり雲に隠れたりを繰り返していたが、現在頂は雲の中。今まで通ってきた集落が点々と見えるのが、何ともいえぬ達成感を与えてくれる。徳島側の山々もやや霞んでいる。
 少し離れたところから引いているわき水をくむ。この水は、1994年の大渇水の時にも枯れることはなかった。
 さあ、時間がない。5分ほどの滞在で、さわやかな峠を後にする。
 2時間かかった道を、30分で戻る。途中、ふと胸騒ぎがしてブレーキをかけると、ブラインドコーナーから猛スピードでダンプが登ってきた。危ない危ない。誰かに守られているようだ。
 大急ぎでクルマに自転車を積んで、R439を西に戻り粟生の定福寺へ。
定福寺からヨサクへ
定福寺から梶ヶ森 濁流の吉野川 これが本来のヨサクの風景
 約束の9時に20分近く遅れてしまったが、「この夏、なじみのホステラーさんが訪ねてこられたのは、2組目です」と住職が暖かく迎えてくれた。なんと、この後の予定をキャンセルしてもらったようだ。
 YH、そして5大修行の思い出、さらには近況などを話すこと2時間。たったの2時間であるが、住職のかつてと変わらぬ暖かく、そしてユーモアあふれる人柄を感じるには十分な時間だった。
 YHを止めてからも忙しく過ごしている住職にしばしの別れを告げ、「また帰ります。行って来ます」と定福寺を後にする。

 四万十川を目指すのだが、高知市内をエスケープするため、R439で吉野川本流に沿って土佐町方面へ。茶色く濁っているのは吉野川本流だけで、支流の穴内川は蒼く澄んでいる。
 R439はかつて定福寺の修行コースにも選ばれた細く険しい道だったが、ずいぶんクルマには走りやすく拡張された。ヨサクらしくないけども、時間に追われた今日はありがたい。
 早明浦ダムは大放流中。これが吉野川の濁流の素。この上の大川村で1週間前に大洪水があったのだ。その名も「早明浦豪雨」。道路の電光掲示板は、「大川村方面の県道不通。復旧の見込みなし」を告げている。
 郷ノ峰峠を越え、吾北村へ。このあたりは、完全一車線のヨサクと小さな集落が続く、もっともヨサクらしい区間だが、北側に真新しいバイパスが通っている。
 R194と合流し、以前修行ツーリングの時に泊まった旅館「高岩」を過ぎる。すべてが懐かしい雰囲気。
 R194との重複区間が終わり、懐かしいR439とお別れ。R194から県道18号線を経てR33へ。越知町は、それまでの山あいの雰囲気から、少し開けた風景へと変わる。佐川町の家電大型店のプロードバンド体験コーナーで、カヌー館のWebをチェック。毎日更新される「四万十川情報http://diary.cgiboy.com/d01/canoekan/」を見ると、まだ「平水より80cm増」とのこと。この一週間、秋雨前線と台風による大雨続きでいつもの増水の時より、水位の引きが悪いようだ。
 さて、R494へとハンドルを向け、連続ヘアピンカーブを下ったら須崎市でR32に合流。太平洋を見る。交通量のとアップダウンの多い幹線道路を小一時間走り、窪川町から四万十川沿いにR381へ。
 窪川町内のスーパーで買い物をして店を出ると、外はザーザー降りの雨。今夜のキャンプが心配になって、クルマの中でハンドヘルドPCと携帯電話で、気象情報をチェック(こんな感じです)。気象庁の「tenki.jp」だ。今日の夕方から夜の予報は曇りで降水確率40%。天気図を見ると、四国の南、足摺岬にかかるかかからないかの辺りに秋雨前線。雨雲レーダーによれば、九州には大きな雨雲がかかっているが、四国南西部の雨雲は小さい。局地的な通り雨のようだ。
 R381は以前狭い区間のある難路だったが、拡幅され交通量は少なく快適走行。本日の目的エリア、西土佐村の江川崎が近づくにつれて雨は小降りとなり、止んだ。
夕立の四万十川
曙さん、本当に40km? 土砂降り夕立沈下橋 明日のツーリングは大丈夫そう
 本日の目的エリアに着いたが、まだ時間があるので、川の流れを偵察する。明日は、どこからどこまで下ろうか。今夜はどこにテントを張ろうか。
 大まかには、江川崎から口屋内まで、西土佐村内の16kmのうちどこかということで、明日も天候が不安定なようなので様子を見ながら最終決定することにした。江川崎から口屋内まで往復したが、おもしろそうなのは江川崎カヌー館から下流数キロなので、スタート地点は江川崎とする。キャンプ地は、お金のかかる(350円)のカヌー館前の広場をさけて、少し南の津大橋のすぐ下流の網代キャンプ場。トイレのある国道沿いから降りたところのただの河原である。先客が一組。
 明るい内に、ファルトボートを組み立てる。3年振りで戸惑いながら何とか組んで、そのまま河原を運んで淵でテスト。船体布の水漏れもなく、ふつうに漕げて安心。これをまた、明日の早朝からの行動に備えてクルマのルーフに積んでおく。
 そして、テントを張ってから、江川崎で明日の行動食のパンを買いだし。その後、キャンプ場の近く津大橋たもとの「いわき食堂」で「四万十うどん」を食べる。手長エビや岩海苔など、四万十川産の具が入っている。
 食後は、また江川崎に戻り、「山村ヘルスセンター」で温泉に。315円。
 そしてテントに戻って寝る準備。
 ところで、夕方川の下見に訪れた口屋内には、沈下橋のたもとにはおびただしい数のクルマが止まり、河原には人だかり。止めてあるクルマには衛星放送のアンテナのようなものがついていてTV局のロゴ。近づいていくと人だかりの奥にゲートのようなものに「24HOURS TELEVISION 川下りスタート」の文字が見えたとき、「曙さんです!」という声が聞こえ、ガッツポーズを決める大男。
 その日は24時間テレビのロケだった。曙が子どもと一緒にラフトで四万十川を下るという企画らしい。
 そのときには、雨が降り出してきていて、シーンの撮影が終わったとたんスタッフが傘を差し出す。1本では足らない。
 その後、口屋内を後にして江川崎に戻る途中で、バケツをひっくり返したような豪雨。「曙は、この雨の中、そして夕方の今から下るのだろうか?」と心配したが、後日家に帰ってから川下りの本番は翌朝ということがわかった。しかし「40km川下り」とTV欄の見出しにあったが、あのスタート地点から河口まではそんなにないよね。多くのカヌーのガイドブックには、口屋内は河口から30km強とある。
短い川下り
前夜の夕食「四万十うどん」 自転車で川を見ながら カヌー館前からスタート
雨上がりの四万十川 あっという間に網代に上陸 国鉄「土佐昭和駅」前
 5時前に目覚める。しばらくうとうとしていると、パラパラとテントをたたく雨音。その雨音を聞きながら、tenki.jpに接続し、予報、天気図、レーダー、アメダスをチェック。天候は不安定だが、大きな雨雲が来ているわけではなさそうだ。今降っている範囲も狭い。
 またうとうとしてからふと気づけば、雨音がない。テントの外に顔を出すと、川の上には薄く霧がかかり幻想的な雰囲気。
 しかし、前夜の寒さに震えるキャンプとは一転、温度・湿度ともに高く蒸し暑い夜だった。テントの入り口とその反対側はメッシュにしたが、風がないのであまり効果はなかった。1〜2人用の狭い室内は、私の体温ですぐに30度近くまであがり、テントの布を押してポンプのように、あるいは呼吸をさせるようにして空気を入れ換えるという作業を定期的に延々と繰り返した。
 結局昨日の夕方、江川崎周辺では全く雨が降ることはなかった。ホンの数キロ移動したところではバケツをひっくり返したような雨が降っているのに。例えば、土砂降りの口屋内から戻り、R381を愛媛県境方面に3kmほど行った西ヶ方でもまた土砂降り。
 山に囲まれた地形のため、風の流れにより、狭い範囲で降るようだ。しかし、江川崎だけ降っていないのは、私にとって都合がよかった。
 それでも、朝の雨で多少気持ちが萎えてしまい、川下りは短時間にすることにした。江川崎から今いる網代の河原まで。その方が、その後の丹後までの長丁場も楽だろう。
 テントの中の荷物をクルマに積み、雨に濡れたテントはそのまま乾かしておいておく。まあ、テントが上陸の際の目印ともなる。
 まず、クルマでファルトボートを江川崎のカヌー館前の河原まで運ぶ。静かなテント村を横目に、河原にファルトボートを置いて、再び網代に戻る。そして、クルマからおろした自転車で江川崎へ。
 左岸の細い道を、川の流れを見ながら江川崎までさかのぼる。藤の川の合流する当たりに瀬があり(「橘の瀬」と言うらしい)、左岸側には隠れ岩。瀬の手前で右岸の河原よりにコース取りすることを頭に刷り込む。
 数組のグループがようやく起き出して朝食の準備に取りかかっているカヌー館のテントサイトのすみに自転車をチェーンロックでくくりつけ、河原に降りる。
 ファルトボートを担いで川にはいる。ここは中央に中州があり(カヌー館のWebの毎日更新される川情報によると、先日の大雨で沈んでいたが、昨日ようやく見えてきたとのこと)、左、つまりカヌー館側は浅瀬なので、右側を行くのが一般的。ただし、今日は少し水が多いとのことで、カヌー館前から、ポーテージやライニングダウンの必要はなく乗ったままスタートできた。
 多少波が立つような瀬であるが、柔らかいファルトボートは船体がサスペンションの役目を果たしてくれるので全く不安はない。
 カヌー館前の瀬を越えると、しばらく穏やかな流れとなり両側に集落が見える。そして先ほど自転車で見た橘の瀬にさしかかる。
 GPSレシーバーを持っているので、流れていく速度がわかっておもしろい。瀬ではだいたい10km/h以上、それ以外では6km/hの速さだ。
 隠れ岩を右岸よりにさけて難なく瀬を通過。最高速16km/hを記録。
 しばらくは、民家もない自然の風景を楽しみながら下る。折り重なる濃い緑の山ひだは、所々白い霧でぼやけている。そんな風景の中、うっすらと蒼い川の上を静かにカヌーは進む。河原にはサギの姿も。と思ったら、茂みの名から、黒いシャツを着た人間が現れた。手を振ってくるので、こちらも振り返す。
 そこからあっと言う間に、テントが見えてきた。網代の河原。江川崎からたったの4km、30分。
 この30分のために、いったい何時間かけてここまできたのだろう。そして、その30分は、舟を組み立てるのに要した時間より短いのだ。
 でも、物足りなさはない。川下りは最初の30分がもっとも楽しく、その後はだんだん飽きてくる(私の場合)。さらに、30分とはいえ、夜が明けた後、かつ雨上がりのもっとも優雅な時間を川の上で過ごすことができたのだ。
 ちなみに前出のカヌー館の川情報によると本日は、「水量平水より45cm増です。ツーリングには最高ですね(^^)」とのこと(最近の水量不足のせいか、少し増水気味の時がベストコンディションのように書いてある)。
 川からファルトボートを引き上げ、テントをたたんでクルマの中に。ファルトボートはルーフに積む。古くなった自転車のチューブを輪ゴムのようにしてクルマのキャリアに引っかけると、簡単に固定できる(こんな感じ)。今日はこのまま帰る(全体像)。
 江川崎で自転車を回収し、土佐大橋の上からスタート地点の瀬の写真を撮ろうと車を止めたら、反対側から自転車がやってきて「これから下るんですか?」と声をかけてきた。あ、黒いシャツ…。どちらからともなく「さっき出会いましたね」。
 なんと彼は、ファルトボートとテントを背負い、自転車の輪行袋を担いで列車でここまで来たという。そんなに筋骨隆々の大男と言うわけでもないのに…。ただ唖然とする。そして、陸路は自転車に一切合切を乗せ、川はファルトボートにすべてを乗せて下るのだそうだ。そんな彼は、私に対し「静かな早朝に、たった一艘だけで現れて、とても気持ちよさそうでした」。
 「自転車」と「ファルトボート」という共通項。さらに、彼もPDAとPHSを持った「モバイルツーリスト」であることがわかり親しみを感じた。
 これから下ろうとしている彼に、カヌー館でもらった川下り地図を進呈。そしてお互いにWebページを持っているとのことで、検索キーワードを交換(後日彼のWebにその日の川下りの写真レポートがあがっていたが、日中は天気が良く川がより青かった)。
長い帰り道
田舎の農家の佇まい「やまうち」ひやひや 豪雨でファルトを洗う 岡山「餐休」名物そば
 8:20、江川崎を出発。ようやく、江川崎のテントサイトでは人々が朝食を取り始めている。
 曇り空がありがたい。涼しさは気温よりむしろ日差しのなさによるところが大きい。クルマが温室にならなくてすむ。これで雨が降ってくれれば、ファルトボートやクルマが洗えるというものだ。
 江川崎からきた道をそのまま引き返す。土佐昭和から土佐大正へ。駅の看板の文字をJRにせず「国鉄○○駅」としているのがにくい。町並みとぴったり。
 須崎の道の駅は、日曜とあって大にぎわい。一般観光客に混じって、観光バスでやってきた白装束が目立つ。お遍路ご一行様だ。ところで、ここではカワウソがイメージキャラクターで「かわうその里すさき」が道の駅の名称。また、野外のテントは「あんぱんまん」をはじめとするキャラクター入りタオルの特設販売所。やなせたかしは、高知県の出身だ。
 須崎からは、やはり高知市内をエスケープして、のどかな山村と川の流れを見ながら行く方がいい。ただし吉野川は、まだ今日も茶色く濁ったまま。
 4時間ほどでR32の大豊町豊永、定福寺入り口通過。
 大歩危と小歩危の間にMontbellの店ができていたことを往路に気づいていたので、寄ってみた。このあたりはラフトによる川下りが盛んで、少し上流にもMontbellの施設があり、この店との間を下るのだろう。店の裏手は、濁流の吉野川へと下っていく急なスロープとなっていた。
 店を出発したとき、通り雨が降ってきたがすぐ止んでしまった。
 香川県に入ってすぐ、仲南町でR32を逸れ「やまうちうどん」へ。田んぼの中の狭い道を山に向かう。そして、手書きの「うどん」の看板。建物も田舎の民家そのもの。
 しかし、駐車場が店の手前にいくつもある。3時頃という時間が幸いして、止まっているクルマは少ないが、それだけの需要があるということ。
 店は八分の入りで、すんなり注文。その後、クルマ数台のグループやら家族連れやらがどっと押し掛け、店の外まで行列ができた。
 ここは、かの有名な宮武ファミリー(琴平の「宮武」の分家)の中の一つで、人気店なのだ。麺とだしの温度の組み合わせを「あつあつ」「あつひや」「ひやあつ」「ひやひや」と表現する。どっちが麺でどっちがだしの熱さかを考えるのが面倒で「ひやひや」を頼んだ。
 ここは、うどんの味もさることながら、周囲の景色を含めたその雰囲気が印象深い店である。
 やまうちうどんをでると、突如雨が降り出し、そのうち雷を伴って猛烈な雨足となった。視界が悪くクルマの流れが遅くなる。この雨のおかげで、後日ファルトボートを分解するときに見るととてもきれいに洗えていた。
 この雨も局地的。坂出市街にはいると道が乾いていた。
 瀬戸大橋では、横風を受けファルトボートが今までにない振動をした。その形は前後からの風には強いが、横からは弱い。ここで積み荷を落としたら大変だ、とひやひやしながらも無事通過。
 本州に上陸して、瀬戸中央自動車道をすぐに降りる。今回も最低区間。
 岡山市内に入り、R2より少し南でR30沿いの「餐休」というラーメン屋へ。人気の行列点とのことだが、やはり時間が幸いしてがら空き。確かにうまい。
 岡山市街を抜け、R53で北上。今度はR484を使ってみる。なだらかな山に囲まれたのどかな里の風景は中国山地らしい。四国山地の険しさとは対照的だ。そんな夕方の風景の中を抜け、美作でR179に合流してからは来た道を帰る。
 22:20、最後は雨の中の帰宅。557km14時間のドライブ終了。ファルトボートを積んだまま車庫にクルマを収め、キャリアに縛ってある自転車のチューブだけ解いてそのまま乾かしておく。
→電脳徘徊へ