雑感2007

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12/16
地元(神奈川県)の古代史を勉強しよう!てなわけで,我が家から一番近い古墳群へ行ってきました.ホントは,買い物のついでに寄っただけなのですが.いやぁ,今日は風が冷たかったんですが,良く晴れていたので,墳丘上からは丹沢の山々が良く見えました.丘の下の川沿いには田が広がっていたんだろうなぁ,集落や豪族の居館はどの辺かなぁ,古代東海道がこのすぐ近くに開かれたが,そのころは,この古墳はどんな状態だったんだろうか…などなど,妄想.やはり,古墳は登らなきゃ!
で,左の写真は,県立市ヶ尾高校からも程近い,稲荷前古墳群.開発で現在残っているのは3基のみ.前方後円墳もあったんですが,それは消滅.16号墳は,前方後方墳.全長38メートル.そんなに大きくはないけど,ちょっと特長的な形をしています.文章では説明しにくいなぁ….四角と台形の組み合わせが,普通の前方後方墳ですが,



↑こんな感じで,四角と四角をつないだ形.主体部の発掘もされていないってことで,どっちが前方でどっちが後方か,アタシにはよくわかりません.最近,ちょっと前方後方墳が気になるんですよねぇ.ほぼ冬休み突入ってことで,ちょっと神奈川県内をウロウロしてみます.次は海老名の秋葉山古墳群だ!ここも前方後方墳がありますな.

11/18
川崎市市民ミュージアムの企画展,「つわもの」どもの光と影-稲毛三郎とその時代-を見に行ってきました.今日は,上杉和彦氏の講演もあり盛況でした.「稲毛三郎重成」は,川崎市中原区あたりを本拠とした鎌倉初期の御家人です.ちょっとローカルな存在ですが,今回の展示は,重成だけではなく,平安末からの「つわもの」に焦点を当てたもの.川崎とその周辺の製鉄遺跡とか館の遺跡からの出土品,武具の復元品なども並んでいます.
高校の授業で,こういうローカルなこともやりたいなぁ.ただ,私の勤務校は東京と神奈川の境にある私立校.川崎市民も多いけど,世田谷区民もいれば,厚木市民も,府中市民もいます.相模国のことも勉強もしなきゃなぁ.鎌倉を除く相模で,オススメ遺跡・寺社,何かありませんか?

11/12
今年の春に行われた大学入試問題をパラパラと見ていました.その中で,気になる文章が.清和源氏に関する問題文.源満仲が摂津・多田に土着した,云々.保立道久氏が,「中世初期の国家と荘園制」(『日本史研究』367,1993)で書いていますが,満仲は「土着」ではなく,地方に拠点を持ちつつも,京を中心に広範囲に活動する「留住」.平高望とかは「土着」で良いんだけど.左に多田院の写真を載せようと思ったら,写真のファイルが見当たらない.前に行ったのは2000年3月.あのころはデジカメ持ってなかったんですね.久々にフィルムカメラ使いたいなぁ.

11/4
昨日,カルチャーセンターで将門の乱の話をしてきました.2時間で語るのは,やはり無理があったなぁ.乱の経過を紹介するだけになってしまった.将門伝説や,営所や合戦地の比定とかの話もしたかった.反省反省.
カルチャーセンターは横浜駅前.受講生の方々は,神奈川県民.やはり地元と絡めたいのですが,神奈川と将門の乱ってなかなか難しい.『将門記』は北関東のことしか書かれていないんですよねぇ.でも,将門の弟が相模・甲斐で討ち取られているんだから,当然,こっちの方でも合戦とかがあったはず.次回は純友の乱を話す予定.さすがにこれは神奈川県とは結びつかないなぁ.

10/27
千葉県印旛郡栄町の竜角寺古墳群を見てきました.前々から行こうと思っていた場所です.いやぁボコボコと一杯ありますねぇ.100基以上あるなんて知りませんでした.そこらじゅうに「古墳は昔のお墓です登らないで下さい」と看板があるんですが,やっぱり登りたいよなぁ.社会科見学の小学生とかがいたから自重.岩屋古墳は本当にデカかった.同時期の用明天皇陵よりも大きいって,印波国造ってのは何者だったんだろうか.副葬品とかが全然ないってのが残念ですね.川尻秋生「大生部直と印波国造」(古代東国史の基礎的研究』塙書房,2003,初出は2001)は,印波国造氏は大生部=壬生部で,上宮王家との関係で大方墳が造られたのでは,としています.『日本書紀』だと壬生部の設立は推古天皇15年(607).岩屋古墳は,それ以降のものってことになるのかな.上宮王系の関係で方墳となると,以前にも書いたことがありますが,聖徳太子の墓と伝えられているものが円墳なのは,やっぱりヘンですよねぇ….
まぁ東国の古代史を考える上で,非常に重要な古墳群.一度足を運んでみてはいかがでしょうか.

10/13
ちょっと京都に行ってきました.平日だってのに,一杯いましたね.とくに嵐山.
1日目に回ったところは,西寺跡,羅城門跡,吉祥院天満宮,鳥羽離宮跡公園,城南宮,安楽寿院・近衛天皇陵・鳥羽天皇陵,白河天皇陵,桓武天皇陵,醍醐寺・上醍醐,朱雀天皇陵,醍醐天皇陵.
2日目は,大覚寺,嵯峨天皇陵,清凉寺,仁和寺,禎子内親王・後朱雀・後冷泉・後三条天皇陵,一条・堀河天皇陵,円融天皇火葬塚,宇多天皇陵,北野天神,船岡山,神泉苑.
相変わらず行き当たりばったり.お寺中心に回るつもりだったのに,こうやって見ると,天皇陵参詣ツアーになってますな.2日とも天気が良かったので,ちょっと無理して山登りしました.良かったのは,清凉寺の釈迦像をはじめて見られたことかな.それから,回収前日に「赤福」を買ったこと.これは良かったことか?

9/19
仁明天皇の父は嵯峨天皇,母は橘嘉智子.諱は正良親王.弘仁元年(810)生まれ.淳和天皇の皇后の正子内親王も,嵯峨天皇と嘉智子の子.生年は弘仁元年(810).同母で,同年に生まれ,正良と正子.そう,双子です.
古代史で双子というと,このペアと,ヤマトタケルぐらいしか思いつかないなぁ,と従兄妹が産んだ双子の写真を見て思っただけ.

8/21
国立科学博物館の「失われた文明 インカ・マヤ・アステカ展」,東京国立博物館の「京都五山 禅の文化」,東京都美術館の「トプカプ宮殿の秘宝」,を見に行ってきました.3本はしごは,ちょっとキツかった….中南米が一番混んでいたかな.恐竜に見来た小学生とかがいたからね.対して,京都には子供いなかったねぇ.でも,やっぱり私は水墨画が性に合いますわ.チャックモールも興味深いものがありますが,如拙・周文・雪舟の方が,ずっと見ていたいと思いますね.雪舟の「破墨山水図」の展示は,先週までということで,見られず.残念.今回のは「五山」なので,水墨画がメインではなく,五山僧の頂像がメインでした.いや,足利義満御忌600年記念なので,義満像がメイン?最近,CSで「一休さん」を見たりしたんで,あの麻呂っぽい義満があたまから離れないんですが,今回出ていた義満の彫刻は,モミアゲが凄いことになっていて,なかなか面白かったですね.あと,「Let's ZEN」という標語を入れるのはやめてほしいね.以前も東博の仏教系の企画展で,こういった安っぽいのがあったなぁ.どうせナウなヤングは見に来ないんだし,「Let's ZEN」って感じな展示でもないんだからさぁ.

8/19
日にちに意味がある行事は,その日にやるべきでしょう.旧暦の祭日を,新暦でやるのは好きじゃない.七夕を新暦の7月7日にやるのはオカシイ.梅雨真っ盛りじゃないの.かなりの確率でデートできないじゃん.まぁ他人のデートなんて潰れたほうが…いやいや,かわいそうじゃない.だからといって,単純にひと月遅れの8月7日にやるのも,またおかしい.
何が言いたいかというと,今日,新暦の8月19日が,旧暦の7月7日なわけですよ.今日こそが真の七夕.夕立はありそうだけど,夜のデートは出来そうですな.

7/11
さて,ぼちぼち夏休みということで,大募集.「夏休みの高校生にオススメの古代史本!」夏休みの宿題は,もう出しちゃったんですが,なにかあればお願いします.私が高校生の時は,『天平の甍』とか『この世をば』とかを読みました.これらは宿題で.あとは,寺とか仏像の本とか読んでましたかね.当時は仏教に興味があったんだよなぁ.だから仏教系の高校を選んだりしたんですがねぇ.ま,ともかく,みなさまのオススメする,中高生でも読める古代史の概説書・小説・マンガなどなど,なにかありましたら,左下の「web拍手ボタン」をクリックしてください.メッセージを書き込む欄が出てきます.岩波ジュニア新書の吉田孝『飛鳥奈良時代』とか,保立道久『平安時代』とかが適当かなぁ.歴史が苦手な高校生に読ませるのは酷かなぁ.

7/6
昨日から期末テスト開始.この2週間ぐらいは,ちょっとキツかった.明日,150人分の答案が一気に来るけど,今夜はなんとかのんびりできそう.さて,そんな忙しい最中の先日,国立西洋美術館に「パルマ−イタリア美術、もうひとつの都」を観に行きました.美術にさほど興味があるわけでなし.パルマの画家は,みんなはじめて聞く名前.そもそもパルマの位置さえ知らないという有様.さらに,このホームページは日本古代史を扱うところ.てなわけで,美術館レポートはヨソで.
で,観た後,駅前で古本を物色.ワゴンで坂本太郎『菅公と酒』(中公文庫,1981)を見つけたので購入.「まえがき」に,随想の刊行をためらった理由として
>天のどこかに声があって、
>学者は研究にこそ全力を注ぐべきだ、
>そんな横道の遊びをしているから、
>ろくな論文も書けないのではないかと、
>叱られそうな気がするからである。

と書いてありました.あぁ,ボクも学者を志していたころがあったなぁ.気がついたら,どれが横道で,どれが本道だかわかんなくなっちゃったや….

6/20
江戸東京博物館でやっている「発掘された日本列島2007」を見てきました.古代のものとしては,徳島の観音寺遺跡や,岐阜の美濃国府跡,宮城の東山官衙遺跡などが出ていました.でも目玉は,茨城の小組遺跡の水晶の尖頭器ではないでしょうか.初めて見たんですが,コレは何なんでしょうかね?実用品とは思えないなぁ.おもしろい.一個ほしい….
その後,江戸モノは,とりあえず千両箱を持ち上げるだけで通り過ぎ,上野へ移動.東京国立博物館に「天皇の書」という特集陳列を見に行きました.これが,私の思い描いていたものと,ちょっとズレました.公式ホームページには,
>歴代からは聖武、嵯峨、伏見、後陽成(ごようぜい)などの
>傑出した「能書」が登場します。
>奈良から江戸時代にかけての歴代の中でも能書の聞こえ
>高い天皇の自筆作品
と書いてありますが,聖武は古筆切の大聖武で,真筆じゃないらしいし,平安時代の天皇のは一つもない….ちょっと残念でしたね.

6/8
横浜市歴史博物館の特別展「ヒトが移る モノが動く〜古代の東国にその痕跡を探る〜」を見に行きました.展示を見る前に,環濠集落・方形周溝墓群の遺跡として著名な大塚・歳勝土遺跡で昼食を取ろうと思い,ハンバーガーを買って行きました.木陰のベンチで,墓を見ながら食べようと思いながら,坂道を登ると,小学生の群れ.特別展の時の平日には,小学校が社会科見学に来るんだよねぇ….木陰は断念し,日当たりの良いベンチに着座.すると,別の小学校の一団が出現.私が食べている目の前に行列.荷をまとめて別の場所に移るというのは,負けた感じがする.というわけで,引率の先生が,昼食時の注意事項や,集合時間などを説明している脇で,フライドポテトをモグモグ食べる.平日の真昼間に公園でダラダラする大人.怪しいというか,変だろうなぁ,などと思いつつ,ダラダラしました.

5/11
「どっか行きたい病」が炸裂.思いつきで静岡・三島に行ってきました.三島大社・伊豆国分寺跡・市ヶ原廃寺跡・揚原神社あたりを回遊.んで,うなぎ食べて帰りました.高校の歴史研究部の合宿以来の三島.ということは昭和63年の夏以来か.あのとき,三島大社について調べたりしたんだよなぁ.最初から現在地にあったわけじゃない,とか何とか呼んだ記憶があります.あと,うなぎは神の使いだから,大社の神職はうなぎ食べない,とか読んだような.

4/28
<竪穴式住居跡>慶大日吉キャンパスで見つかる 横浜(Yahoo!ニュース)
通常の5倍ぐらいの大型竪穴住居だとか.
横浜市港北区日吉は,古墳の集中している地域です.日吉観音松古墳(前方後円墳,全長90メートル,4世紀後半),日吉矢上古墳(円墳,径20メートル,5世紀中頃)が代表的なもの.矢上川の対岸の川崎市幸区には,加瀬白山古墳(前方後円墳,全長87メートル,4世紀後半)もあります.ここは,三角縁神獣鏡(京都の椿井大塚山古墳の同笵鏡)が出てます.関東・南武蔵とヤマトのつながりを考える上で,非常に重要な地域で,今回の住居群は注目ですね.
ちなみに日吉矢上古墳は,規模は小さいものの,被葬者は歯から20歳前後の女性だと分かっています.首長の家族ではなく,女性首長の可能性アリ.西暦400年代中頃.倭の五王の時代.教科書なんかでは,「倭王武の上表文」や,古墳の副葬品に多く見られる武具・馬具から,「首長の性格は軍事的」としていますが,日本が全部そうだったとは限らない.かといって,女性首長がみんな巫女というのも思い込みでしょうね.ここはひとつ,戦う美人首長(20歳)を妄想してみましょうか.

4/14
新学期がはじまりました.今年は高3と高1の日本史を担当.で,新1年生に軽くアンケートをとったら,「好きな歴史上の人物・・・藤原行成(大好きハート)」と書いているツワモノあり.新1年ってことは,先月まで中学生.私は,そのころ行成なんて知らなかったわよ.高校の日本史で三蹟の一人として名前だけ知ったけど,ちゃんとどんな人物か分かったのは,大学院の授業で『権記』の講読をやってから.あの回答をした生徒は,どこで行成を知り,行成の何に惹かれたのであろうか.もしや行成が出てくる小説・マンガとかがあるのだろうか?行成が主役?毎日毎日,結成やって,陣定でて,道長第いって,為尊親王室のところいって,頼まれた和歌の書写して・・・.つまんねぇよぉ.

4/3
左の写真は東京・調布市の布多(ふだ)天神社.先月,調布に行く用事があったので,そのついでに参拝しました.祭神は少彦名と菅原道真.延喜式内社で,「神名帳」にも「布多天神社」と記されています.
で,ちょっと待て,と.菅原道真の左遷は延喜元年(901).『延喜式』の完成は延長5年(927).天神は将門の乱に登場するから,承平・天慶年間には板東にも広がっていたわけですが,「天神」を祀る神社が『延喜式』の成立以前に,板東に造立されるか?北野天満宮でさえ,10世紀中頃よ.
ということで,「神名帳」を良く見ると,「フタテ」「フタマノ」とルビがふってある.答えは簡単.「布多」・「天神社」ではなく,「布多天」・「神社」なのね.天神信仰が広がった影響で,いつだかわかりませんが,社の名にひっぱられて,天神も祀るようなったんでしょう.

3/23
昨日,法隆寺に行ってきました.6時ごろに家を出て,10時すぎに到着.昼まで法隆寺をウロウロし,門前で昼食をとった後,貸し自転車で法起寺・法輪寺・上宮遺跡公園・藤ノ木古墳・竜田神社を回りました.上宮遺跡公園は初めて行きました.説明板を見なければただの公園.小学生たちがカードゲームに興じておりました.2時間ほど自転車で回った後,再び法隆寺の境内をウロウロ.もういいか,ということで,3時ごろに斑鳩を離れました.
さて,どこに行こうか.帰りの電車の切符は取っていないので,自由自在.聖徳太子つながりで四天王寺へ行くか,奈良市内へ行くか.とりあえずJR法隆寺駅へ行くと,奈良行きの電車が来たので,奈良に決定.昨夏,奈良を徘徊した時,興福寺に行かなかったので,見てやろうかと.で,5時ぐらいまで約1時間,興福寺をフラフラしました.興福寺は「寺」というよりも,「公園」という感じなので,仕方ないのかもしれませんが,境内でイチャイチャすんな.アシュラバスターかますぞ.

3/17
類例のない埋葬施設=ホケノ山古墳の「原形」か−徳島県鳴門市の萩原2号墓(Yahoo!ニュース)
徳島に行ったのは昨年末のこと.萩原2号墳は,近くを通り過ぎました.事前に調べた時,道路工事で破壊されたとあったので….で,左の写真のように,萩原墳墓群の東の宝幢寺の境内に,その石室が移築されていると.が,今改めて調べてみたところ,破壊されたのは萩原1号墳だけで,2号墳は現存すると….だぁーもったいないことをしたなぁ.地図見ながら,この辺にあったんだなぁと,通ったんだよ.大麻比古神社から,延々と3駅分歩いたんよ….ともかく,今週末に現地説明会があるとか.行けませんけどね.ホケノの原型と書いてありますが,墳丘の話ではなく,石室の話.ヤマトの古墳は,各地の技術や思想を取り入れて造られたということで,鳴門のあたりの文化もその一つだった可能性が出てきたと.マキムクの墳墓群との比較も知りたいところだなぁ.非常に面白い.

2/25
Yahoo!ニュースより.
<寺院火災>後醍醐天皇滞在の国分寺本堂全焼 島根・隠岐
火災の原因は書いてありませんが,乾燥してますから注意がひつようですね.隠岐も行ったことないなぁ.行きたくなってきた.5年以内には行こうかね.

2/10
年に数回,史跡めぐりに出てます.しかし,冬の北方は避けています.寒いのが苦手というのもありますが,雪で遺跡が埋もれていては,行く意味がないというのが理由.でも,一度ぐらいは冬の様子も見てみたいとも思います.幸か不幸か,今年は暖冬.3月末ぐらいの青森ってどんな感じでしょうか?三内丸山遺跡と弘前城に行ってみたいんですがね.

2/6
NHKの大化改新の番組を見ました.私は改新政治を肯定しているのでねぇ.蘇我氏が大王家を守ろうとしたと言うのには賛同しますが.
・舒明3年の唐使送り返し事件,
・飛鳥から飛び出した舒明天皇の百済宮の存在,
・前期難波宮の特殊な構造,
・難波朝立評という記録の評価,
・天武紀にみられる難波朝立礼の記事の評価,
・斉明朝の工事・征夷の意義,
そのあたりが語られていなかったかな.この辺を語れば,「天智朝以前に中央集権の構想はなかった」という結論にならないと思うんですけどね.まぁ本当の学者の先生&NHKが言うことと,私の言うこと,どちらを取るかとなると,敗北は目に見えていますかね.でも,「あるある」ってこともあるしねぇ.どちらにしろ,1時間番組で語りつくせる内容じゃありませんね.

1/30
新しいウィンドウズでは,正字が表示されるとか.新聞に出ていましたが,「葛」「騨」が正しく表記されると言う.漢字好きとしては,うれしいことです.「卿」「祇」「禰」あたりも出てくれると良いんですけどね.電子辞書類も従って欲しいなぁ.最近の高校生は電子辞書を持っていて,「センセイ,字が違うよ」とか言ってきます.「どっちでも良いけど,こっちが正字なのよ」と,私が間違っていないことだけは主張してます.まぁ面倒なので,みんな正字にしてくれることを希望.

1/7
昨日,仕事始めでした.カルチャーセンターで遣唐使の話をしました.組織や,目的,具体例などなど.留学生・僧で有名どころといえば,阿倍仲麻呂とか吉備真備・玄ムあたりでしょうかね.それと,「井真成」.しかし,私が好きなのは弁正.『懐風藻』に彼の詩がとられ,また彼の略歴が記されています.「性滑稽」とだったと.入唐後,即位前の玄宗の囲碁の友となったという僧.どうも,あちらで還俗したようで,2人の子をもうけました.うち次男は日本に渡り「秦忌寸朝元」と名乗り,その後,遣唐使判官として入唐.玄宗に拝謁した時,「天子以其父故、特優詔、厚賞賜」されたという.玄正と長男の朝慶は,唐で没しました.仲麻呂,井真成,藤原清河以外にも,向こうでなくなった方は沢山いるようですね.

1/1
あけましておめでとうございます.
たぶん今年もコンテンツの更新は,全くないと思いますが,「ちょーてー君」と旅行写真の掲載は続けていきますので,お見捨てなきよう,よろしくお願いいたします.