曉雨堂古代史研究室
ぎょううどう こだいし けんきゅうしつ
ここは日本古代史の私設研究室です.
文献史料を用いた基礎的作業を通して,古代国家・社会を考えてたいとおもいます.

箸墓古墳(奈良県桜井市)
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(2009/5/29)
奈良・桜井の箸墓古墳、卑弥呼の墓か…死亡時期と一致(YOMIURI ONLINE)

新聞各紙,さらにはNHKの夜のニュースでもやっていたので,
ごらんになった方も多いのではないかと思います.

わたしはマキムク遺跡を重要視しています.
直接発掘に関わったどころか,考古専攻ではないんですけどね.
でも,同時代の日本列島に,マキムクのような遺跡は見つかっていない.
マキムクがかなり広い地域を統率する地位にあったのは間違いないでしょう.
箸墓古墳は,そのころの日本列島で突出した巨大な墓です.
ここから吉備の特殊器台が発見されていたり,
出雲や阿波の影響や技術が見られていたりするってのも,
ここの被葬者が広い地域と関わりを持っていたことを証明しています.

『魏志倭人伝』というのを,わたしはあまり信用していないんですが,
もしもヤマタイ国が倭でナンバーワンの国であったなら,
それはマキムク以外に考えられないでしょう.
卑弥呼が大連合を形成した初代の王であるならば,
同時代最大の箸墓古墳こそが,その墓にふさわしいでしょう.

ただし,本当にナンバーワンかわかりません.
クナ国に苦戦していたところを見ると,
ヤマタイ国連合が最強だったとはいえません.
ただし,その戦いの様子も所詮『魏志倭人伝』.
どこまで信じて良いのかわからん.

もう『魏志倭人伝』なんて忘れよう!
あんなもんに引きずられてるから,見えるものが見えなくなるんだ.
箸墓が卑弥呼の墓か,マキムクがヤマタイ国か,んなのはどうでもいい.
箸墓が異常にでかくて,マキムクが特殊な場所であった,
日本の国家形成史では,そっちの方がはるかに重要だと思うんですけどね.






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6/3

0時 穀倉院別当につきました。前は山陰道節度使です。変な職を回されるなーw
名前だけ見ると倉の管理人みたいですけど,結構重要な職なんですよ.
摂関期の内定経済の中心で,本当は摂関もしくは筆頭公卿が兼任する職でした.
正一位で穀倉院別当に補任とかだと,ちょっとあれなんで,かってに相当位を下げちゃいました.

14時 五色塚古墳、明石海峡を見下ろすロケーション、築造当時に復元してるし。表紙の写真が変わってません。
今では当時の状況に復元する古墳も増えてきましたが,やはりここがその先駆のような感じですね.
行ったことはありませんが,ぜひ海から眺めてみたいものです.
写真変わっていませんか?写真も送信したことになっているので,ブラウザの更新ボタンを押してみてください.

6/9

10時 平凡な答えでなんですが、大仙陵古墳です。伊丹の離発着便からみると、鍵穴のような美しい形の御陵が見えて本当に印象深く記憶に残っているものでけれど、それほど運が良くない古墳の中には、記録にもとられずに崩されちゃったのもあるんでしょうね
伊丹からの話は,先輩から聞いたことがあります.飛行機で大阪に行ったことないもので,また未見です.
古墳の破壊は馬子の時代から行われていますからねぇ.ガンガン壊されているでしょうね.
前近代だと農家の土取りとかでも壊されていますしね.
何年か前,NTTが古墳と知らずにアンテナ建てちゃった(建てかけた?)とかありました.

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